18 キャンパスの回廊
赤レンガに鮮やかな紅葉が散っていた。乾いたグラウンドの端では建築測量が行われていて、ホームベース側では野球を楽しんでいる学生の姿もある。中央のオアシスの縁では実行委員会が楽しそうにクリスマスのイルミネーションを準備していた。
「可愛かったなあの女子」
「日本人はダメだ、あれは……」
留学生が笑いながら身振り手振りで会話している。第二言語でポルトガル語を履修していた樹には、それが断片的に聞き取れた。視線の先にはミニスカートの数名の女子大生の姿があって、その美醜を品定めしているようだった。下品で無配慮。すべてがそうじゃないけれどもキャンパスに転がる大抵のものには嫌気がさしていた。
誰とも感情的に交じり合うことなく、日々が過ぎてゆくだけ。授業を受けて、一人の下宿に帰って、レポートだけ作成して。朝がくればまた授業に出席。
浦賀樹はこの三か月一人も友人を作れずにいた。
樹は社会循環科の一回生だった。「緑化社会の実現を日本でも!」という立派なスローガンに魅かれ入学した学科だったが、いざ入ってみるとキャンパスは卒業へ向けてただ通過していく箱ものでしかなく、他人も他人でしかなかった。
反面、授業では己のエゴを垂れ流しに授業する教師が多くて、樹自身はそういう態度が嫌いではなかった。気になる言葉は書きつけてノートに溜めて下宿に帰っては一人ほくそ笑んでいる。
変な奴、たいていの学生ならそう思うだろう。
何のために来ているんだろうな、と内心思っていた。講義棟の端で一人コンクリートに腰かけておにぎりを食べる。二つ。それが済めばすることもない。みんな楽しそうにしているというのに。
手持ち無沙汰で授業でもらったリーフレットを繰っていると学生の声が聞こえた。ドキリとして片づけた。キモいと悪口をいわれているのではないかと。
そうではないことに気づいて安堵していると声が脳内にリフレインした。
「浦賀! おい、浦賀。目が死んでるぞ!」
どっと笑いが起きた。忘れもしない、高校時代の担任教師だ。それをからかうクラスメイトの楽しそうなこと、罰ゲームで告白を仕掛けてくる女子だっていた、イスを後ろから蹴ったあいつ。あいつって誰だっけ、ともはや思うが。
ダメだ、コートをかき寄せた。傷口が開きかけている。堪え切れずに呼吸が荒くなる。
それに冷や水を打つようにあの言葉が聞こえてくる。
「樹の好きにしたらええんよ、あんたお父さんもお母さんもおらんのやきね」
祖母は両親のいない樹を引き取ってくれた唯一の人だった。だが祖母の言葉には遠慮がなかった。心をえぐられて一人きりのときに涙が出た。理解してくれるものはなく、辛かった。うずくまっていると余計に虚しくて、寂しさで凍えるように眠ったあの頃を今でも忘れられない。
午後になって、B―101の教室にいくと教授がスクリーンを下ろしてプレゼンテーションの準備をしていた。今日は学生が二人、違うテーマについて発表することになっている。一人のテーマは緑化手術のもたらした好循環について、もう一人のテーマは製品の環境評価指標について。それぞれが発表を終えたあとに講師が見解を述べて、学生側は後日どちらかのテーマを選んでレポートを提出する。そうすれば単位がもらえる。
授業に向けてのスタンスってそんなものだろう、とネットで誰かが知ったように語っていたことを思い出した。
休み時間が終わる間際になると生徒が集まった。学生が履修して最初の頃は本当に多かったが、大学に慣れていくにしたがって減った。今では半分くらいかと小さな部屋を見回した。担当教師が何を思っているか知らないけれど、もしかすると無関心な日本の未来を嘆いているのかもしれない。
発表する生徒二人がデータの入ったUSBフラッシュメモリをノートパソコンのUSBポートにつっこんで準備を始めた。データを移送している。始まるまでの間もみんな和気あいあいと過ごしていて、バイトやバラエティ番組、クリスマスのホームパーティーの話が交わされている。樹にはすべての会話が耳障りだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます