12 分断の根っこ
三人の男たちがオープンテラスの端で酒を叩きつけながら大声で議論を交わしていた。イヤでも耳に入ってくるような響きだった。
「そもそも緑化手術というのはキリストの意志に反している。何故神が人の生をお与えになったかそのことを微塵も理解していない!」
一人の大男がだんっとテーブルを叩いた。
「百年前の偉大なるアダマス・ヒュランデルの提言を聞かなかったのか。地球を壊したのは人間だ、だからこれはその贖罪だ」
「受けていないものがどうして贖罪を唱える! お前にはその覚悟があるというのか」
「ああ、受けるさ。いつでも緑化手術を受ける準備なんて出来ている! 今時子供でも」
「バカをいえ。罪を作ったのは我々ではない。過去の歴史を紡いできた人々なのだ。それを未来の人間がなぜ。過ちに加担するというのか」
「おい、あんたたちいい加減にしてくれ。酒が不味くなっちまう」
通りすがりの店員がイヤげに注意した。彼はサイカたちのテーブルに注文の品を置いて、「今日は別の店にした方がいいかもしれないな」と吐いていった。
男たちが帰り、しばらく楽しくしていただろうか。イツキも食べているし左程気にしてはいなかったのだが。酔ってきて会話が弾んだところでノンアルコールのカクテルを静かに飲んでいた彼が疑問を呈した。
「さっきの人たちのアレ何」
みんな一瞬固まったようにした。
「ああ、ごめん。気分を害したでしょう」
店にはすでに人があふれ、先ほどの席には別の客が座っていた。みんな何事もなく楽しそうに飲んでいる。
「プランティア内じゃ少ないけれど、ブラジル国内では結構あるのよ」
「日本じゃ、ああいう議論はないのかい」
マフィアスが問いかけた。
「日本人ってあんまりそういうのに消極的だから」
サイカはあちこちの媒体で報じられていることを思い出した。プランティア内では情報統制がされていてすべての社会情勢を知ることは難しい。ネットならば詳しくあるがイツキがそういうことに関心があるとも限らなかった。
「争いがあることくらい知っている。でもあんなにリアルに会話しちゃうなんて」
「まあそういう国民性だからしょうがねえよな」
マフィアスは飲み切ったビールジョッキを置いた。気まずい沈黙が流れ、サイカもいうべき言葉を探した。
「一世紀前にヒュランデル博士が緑化手術を提言した時、社会で大きな分断が起こった。戦争こそ起きなかったものの、一部の緑化手術を受けた人間は殺害されて、日本のような平和な国ですら議論は起こった」
そうだなとマフィアスが相槌を打った。リリンとケインの若い二人はそれを聞いていたようだった。
「科学界でも緑化手術の是非が巻き起こって。緑化手術をよしとしない従来型の研究者と緑化手術関連の研究を扱う未来型の研究者に分かれて未だにみんな喧々してる」
先日までの学会でのやり取りの本質は、リリンに愚痴った以上に深刻なものだったろう。サイカにとってそれを感じた休暇でもあったのだ。
「聞いてもいい。植物くんはどんな事情で緑化手術を受けたの」
「決まってる。お金なかったからだよ」
うん、そか。とリリンはうつむいた。実際に世のなかには政府から支出される補助金をめがけて緑化手術を受けるものも多い。芯から環境問題に貢献したいなんてほんの一部で、被験者となった彼も例外ではないのかもしれない。
「あんたたちはどんなスタンスで研究してるんだよ。これだけ社会で分断が起きていて殺された研究者だっている。それなのに」
「わたしたちっていっていいのか分からないけど、わたしは緑化手術によって全能性に侵された人々を医療の面から救いたい。それだけよ」
「ボクもです」
「オレも」
「うん、わたしも」
イツキは目でうなづいたようだった。あんたたちが羨ましいよといって。どういう意味とサイカは問い返した。
「どうしてそんなに結束してるのかなって。みんなで出来るって固く信じあってる。同じ目標に向かってすごく。そういうのって」
「…………」
みんなが沈黙してしまった。リリンがぼそっといった。
「それは、ユーリくんを救えなかったからだよ」
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