11 プランティアの散策

 プランティアはエリア開発が進み、蛇の寝床のようなショッピングモールがある。ヤシが天井まで届くほど伸びた広い通路の両側にショップが立ち並んで、食料品店、衣料品店、スポーツジム、ドラッグストアなどなど。居住者はそこを生活圏として日常的に利用している。

 ドラッグストアは二店舗あって、中国系が一店舗、もう一つはブラジル資本の店だ。


「面白いでしょ。ブラジルのドラッグストアって」

「日本とどう違うか分からない」


 イツキが素気無く返事をしたのでリリンは一個薬を手に取って見せた。


「ブラジルでは箱の下に引かれた帯の色でね、薬を区別してるの。赤、黒、黄色。帯によって処方箋が必要かどうかが一目で分かる」

「医薬分業してる国の仕組みね」


 あったこれ、とサイカは手に取った。


「国で認証された緑化促進剤がコレ、裏にはサイトカイニン誘導体って書いてある。購入するにはあくまで病院の処方箋が必要だけどね」


 ポルトガル語と英語の二か国語で成分表示がされていた。白いパッケージの箱をふるが軽い、中身はもちろん入っていない。


「違法の促進剤ってのは置いてないのか」

「植物くんってデリカシーないね。ここってちゃんとしたドラッグストアだよ」


 リリンが不服そうにいった。


「違法の促進剤はアンダーグラウンドでしか手に入らない。複雑な入手経路かといわれればそうでもないけど。キミには必要ないでしょう?」

「威圧的」


 イツキがそうこぼしたのでサイカはくすりと笑った。




 モールを歩いてシュラスコの店の前でマフィアスたちと合流した。シュラスコはブラジリアンバーベキューのことで縦に串刺しにした牛肉をそいで食べるブラジルの伝統料理だ。ココスヤシがところどころ飾られた店内には時間が早いためか人は少ない。二階部分がオープンテラスになっていてモール内がずっと見渡せる。ああ、疲れた。久しぶりだな、ビール飲もうとそんな会話を口々にして入店する。


 グリーンのパラソルの席に案内されて人数分の大ジョッキと料理を少し頼んだ。注文が来るまでに手持ち無沙汰でアレコレと会話する。イツキは混ざらずに何かを見ているようだった。


「食べたことないかな、シュラスコ」


 サイカはタッチパネルでメニューを見ながら対面に座った彼に問いかけた。


「別に」

「すぐに植物くん別にっていうよね」


 サイカは呆れたようにいった。


「別にだから、別に」


 サイカはああ、そ、と思いながらメニューのタッチパネルを消した。


「あのさ、聞きたかったんだけど。臨床試験っていう割に来てるのオレだけ? 他の被験者がくる気配がないんだけど」

「来ないよ」

「はあ?」


 今頃? とサイカは表情を作った。


「臨床試験は基本的に病理医学が担当してるの。あるでしょう、七階に。あたしたちのところで直接スキャニングして調べるのはキミだけ。大々的なことは病理医学のほうに任せるしちゃんとデータは届くから」

「化学系の実験室だからあんまり必要ないんだよね、ほんとは」


 隣で聞いていたリリンが付け足した。


「だったら何でオレはわざわざ来てんの」

「キミ、被験者に応募するときに細胞のデータ提出したでしょう。それをケインくんが見つけて面白いから彼だけは是非ともこっちでっていい出して」

「病理医学に掛け合ったんだよ、全人類のためにウチで診させてくれって」

「全人類……」

「ご自分が特異体質だって理解してます?」


 ケインがまるで実験室の続きのような顔をした。イツキはげんなりしたように頭を抱える。


「クロロフィルが尋常じゃなく濃いってことは葉緑体の増殖能力がものすごくよくて」

「はい、おしまいだ。ビールが来たぞ」


 マフィアスがグッドタイミングで割り込んだので仕方なくケインは口を噤む。サイカがふっ、と吹いてビールジョッキを掲げた。 


「とりあえずは薬の臨床試験も始まるから良しとしよう。今日は成功しない日! 成功しなかった何でもない日を祝おう。サウージ!」


 サイカは故郷の偉大な作家の言葉を引用してジョッキを煽った。


 酒の席では仕事の話をしない、それが暗黙の了解で。マフィアスは飲むとよくしゃべるので実家のあるイタリアの話を聞いて、今度観光に行くならどこがいいとかみんなでおすすめし合って。イツキは日本の事情を話しにくそうにしていたが、もしかすると旅行が好きではないのかもしれない。

 シェフがシュラスコを席で切り分けてくれて、料理が運ばれてくるとシェアして食べた。こういうの慣れないのかなとうかがうと、イツキは食べるのも止めて机に手を置き、静かに何かを見ていた。

 視線の先には怒鳴りながら議論している男たちがいた。

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