第2話 御伽話と信じた神話

 

 昔々、神代の時代の話。日本書紀や古事記とは違う、我ら一族に纏わる起源のお話。

 世界には、神々を総べる《天帝》と呼ばれる偉大な神がいました。抜きん出た力を持っていた《天帝》は、叡智を司る母神と理を定義する父神の才を受け継いでいたばかりではなく、人柄も器量もたいそうよかったそうです。そのため、彼が神々の王となることに反感を抱く神は一柱とていませんでした。

 やがて、流れる悠久の時の中で、《天帝》は大地を従えながら生命を育む力を持つ《大地の女神》に心惹かれ、彼女を妻に娶りました。ふたりはたいそう仲睦まじく、その愛の結晶としてほどなくして二柱の娘が生まれました。

 姉の方は、《天帝》の血を濃く受け継ぎ、天候を自在に操りました。彼女の意志ひとつで、世界の命運は揺らぐだろう。そう謳われるほどの力を有していました。そのため、彼女は《天の姫》と呼ばれるようになりました。

 妹の方は、《大地の女神》の血を濃く受け継ぎ、大地や重力などを操りました。地に根差す命の行く末を左右して、豊穣と飢饉を齎すのが主な力の使いどころでした。それゆえに、彼女は《地の姫》と呼ばれるようになりました。

 姉妹の仲は良くも悪くもありませんでしたが、互いの意思疎通は誰よりも計ることができました。必然的に性格もおおまかな部分では似ていましたが、それぞれの感受性の微妙な差異はあったようで、まるっきり同じとはいきませんでした。

 ふたりには、それぞれ三柱の従者が与えられました。《天の姫》には、風の力を継ぐ者、炎の力を継ぐ者、光の力を継ぐ者が与えられ、《地の姫》には、闇の力を継ぐ者、音の力を継ぐ者、幻影の力を継ぐ者が与えられました。いずれも年の近い者が選ばれたので打ち解けるのは早く、また八柱全員で遊んだりするなどその絆は日増しに強くなっていきました。

 平和で、平穏で、幸せでした。

 諍いがなかったわけではありませんでしたが、幸福な時間を築いていたのです。

 幸せの崩壊が訪れるなど、誰も考えていませんでした。

 だから、誰もが耳を疑ったのです。目を疑ったのです。

 《天帝》と《大地の女神》が突如として不和を起こし、怒り狂い、互いを傷つけ始めたことに。

 止めに入った娘と守護者に呪いをかけたことに。

『濃い血の味方に。お前たちが争え』

 いかに神の娘と言っても、その力の差は歴然たるもの。言霊の命令に自由を絡め捕られた姉妹と六柱の従者は否応なしに血を流し、笑いあった仲間を傷つけました。

 殺しを穢れとする神でありながら、不必要な死闘を演じ続けるうちに、その不浄の対価として永遠を生きる命は刹那の命に変わり果てました。

 不死の存在は、限りある未来しか歩めなくなったのです。

 けれど、悲劇はそれでは終わりませんでした。

 幾千の年月を費やし、幾千幾万の戦いが終わっても決着がつかないことに業を煮やした《天帝》が、新たな言霊を放ちました。

『姫が二柱在るたびに、永遠に続けよ!我々の気が済むまで……!』

 未来永劫解けない可能性もある、忌まわしい呪縛。

 そして、長い闘争の果てに《地の姫》が負けました。

 なぜ負けたのか、その理由は語り継がれていません。

 《天の姫》が殺したのだと大半の神々は信じていましたが、一度とて《天の姫》が肯定したことはありません。

 ただ《天の姫》は姉妹が生まれるたびに繰り返される悲劇を防ぐために、神々の間にひとつの禁忌を作りました。

 姉妹を生してはならないと。

 双子でも年子でも、どれだけ年齢差が開いても。

 姉妹だけは生してはならないと。

『いつの世も、天地の怒りは冷めず神の娘たちは仲違い。濃い血の命に従って、諍いの種となるが故』

 御伽噺にも似た伝承と短く残された遺言だけが、永劫を生きられなくなった神々の子孫に受け継がれました。

 そして、従者六柱の家系には、同じ伝承に加えて語り継がれてきた誓いがあります。

『もしも禁忌が犯されて、神代の到来となるならば』

『重き使命を枷として生まれてくる姫がいるのなら』

『全力で護れ、己が仕えし姫たちを。何者からも、朋と袂を別つことになろうとも』

 本家も分家も関係なく、強く力を継承した者が護る使命を抱く、と。

 純血を守り続けられる家系はそれほどないと踏んだ上での、《姫》の為の誓い。

 薄れることなく、忘れられることなく継承されてきたその誓約だけが、従者を《姫》と繋ぐ絆のようなもので、永久にその誓いが果たされる日が来なければいいと誰もが思うのです。従者たちの存在意義が《姫》を護ることにしかなくても、惨劇を繰り返すぐらいならば、と誰もが禁忌が破られる日を恐れていました。

『――けれど、私がそう望んでも、運命は無慈悲だから、この遺言は無駄になる』

 しかし《天の姫》は予言したのです。この均衡が崩れる日はいずれ訪れ、絶望しか見えない未来を歩まねばならない子孫が現われる、と。

 《天帝》と《大地の女神》の理由さえわかっていない諍いのせいで運命を狂わされた八柱の年若い神々。

 延々と連鎖する理を断つ術は、未だ見つかっていないのです。


 

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