BOND SHORT 華麗なる一族の勃興

Green Power

壺の中身

事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。俺は死ぬ前、病に伏していた。半年前に検診を受けた際にステージ2の大腸癌と診断されたのだ。最初は抗がん剤治療をしながら闘病生活を続けた。抗がん剤の副作用で髪は抜けて、手足に走る痛みに耐え続けた。そのおかげか、三か月の闘病生活を過ごしたころには、癌はほぼ完治するほどに病状は回復していた。しかし俺を苦しめる悪魔はまだ死んでなどいなかった。むしろ抗がん剤の量が減るまで、身を隠していたのだ。


自宅治療となってから四カ月目、俺は呼吸が苦しくなり突如入院する事になった。検査の結果、医者からは肺癌だと告げられた。大腸癌が転移したのだろうと。ステージはすでに3にまで進行していた。抗がん剤治療のせいで、俺の身体は既にボロボロだった。


でも死にたくなかった。

だから苦しみに耐え続けた。


嘔吐や呼吸困難に苦しみながらも、俺は生への執着から逃れられなかった。死にたくない。全てが無になるという恐怖が俺を生にしがみつかせていた。


しかしどれだけ苦しみ耐えようとも、肺に移転した癌は俺を苦しみ続けた。ステージは進行し、進行levelは5になっていた。俺は医者と相談し、抗がん剤治療を止めた。もうそのころには生きることへの希望や望みなどはなかった。ただ、せめて死ぬ前は安らかに死にたいと思っていた。


相変わらず癌は俺を苦しませたが、抗がん剤による副作用への苦しみはなくなったことで、俺の病院生活にも久しぶりの安寧が訪れていた。


それから二週間後、俺は死んだ。

死んだらしい。父と話しをしたあと、急に眠たくなって寝ただけだったんだが、どうやら死んだようだ。死んだのになんで自分が死んだことが分かっているかと言えば、俺が今生きているからだ。


誰が言ったか、事実な小説よりも奇なり――と。

俺は癌で死んだあと、別の世界線の地球にて生まれ変わったのだ。


死んだ後、俺は暗く、それでありながら暖かい世界にいた。周りは何も見えず、手足は全くと言っていいほど動かせなかった。


しかしここが死後の世界ならば、随分と居心地がいい場所だと思った。少なくとも、もう癌にも抗がん剤にも苦しまずに済むのだから。それに動かせなかった手足も少しずつ自由に動かせるようになっていった。その時からだろうか、暗闇の世界で小さな光が見え始めたのは。


それで初めて自分がいる世界に”天井”があることに気づいた。その天井の真ん中には小さな穴があって、そこからたまに光が見えることがあった。真っ白な光で、それ以外は何も見えなかったが、手を伸ばすと簡単に穴に手が届いた。

どうやら、自分は思った以上に背がデカくなっていた。


俺はその穴の先がどうなっているのか、気になって気になってしょうがなかった。だからその穴をこじ開けようと、俺がその穴に指を突っ込んだ時だった。


急に俺が居た世界が動き始めた。

地面が揺れ、指を突っ込んだ穴は、俺が力を加えずとも勝手に開き始めた。

すると床と天井が俺を包み込むように収縮し始め、ついに俺は押し出されるようにその暗闇から産み落とされたのだ。


その時、俺は寂しかった。

あの暖かく、誰からも傷つけられない、そんな素晴らしい世界から見捨てられたのだと。それが悲しくて、悲しくて、寂しかった。だから俺は性懲りもなく泣いてしまった。その時、初めて自分が声が出せることを知った。


 自分の口から発せられた産声と、泣き叫ぶ女性の声を聞いたとき、俺はやっと自分が誰かの”子宮”に居たことに気が付いた。泣いている俺を女性が必死に抱きかかえる。彼女から感じた温もりは、あの時の暗闇に包まれた世界と似ていた。俺は安心感から、彼女の腕の中で直ぐに眠ってしまった。


 あれから8年、ぼやけていた世界は光に包まれていた。

窓を眺めると、美しい木々が並ぶ庭園が見えた。その先には通りの向こうに建てられた家々の壁が見える。この地域ではごく一般的な赤煉瓦の家だ。家令のアベルから聞いた話では、この赤煉瓦は俺たちが暮らすレールから北東のハンブルク市で生産されたものらしい。この村も含む帝国北部では、赤煉瓦を使った建築様式が30年前から流行り出したという。同じころに建てられたこのレールも、他の人間たちが暮らす街と同じで、赤煉瓦を使った建造物が多く建てられている。


「アムシェル、窓の方ばかり見てどうした」


父が俺の名前を呼んだ。

「ごめんなさい…ずっと勉強続きでしたから」

6歳になったころから俺は母から離され、毎日館の中で勉強続きの日々になった。勉強は学生のころから好きだったが、なにしろ全く見慣れない文字であったから最初は苦労した。


 それでも数学的や物理学的な知識などは地球とさほど変わらない。唯一違うとすれば、そこに”魔法”という法則が存在することだけだ。しっかしこれがまた厄介なシロモノで、通常の物理法則や数学知識が通用しない部分が多くある。それでもこの魔法を、数式や物理学の観点から理解を深めようとする人たちもいるようだ。特に俺の住んでるレールには学者や技術者が多く住んでいる関係で、その手の話を関係者の人たちから聞くことはある。


まぁだからといっても、8歳の子供にである俺が受けている学問レベルはたかが知れている。march合格兼、勇退の俺に言わせてもらうと、小卒でも出来る問題ばっかだ。ああ、小卒って言っても幼稚舎のほうね。普通の小学校のレベルだとちょっと難しいかな?


文明レベルで言ったら150年前ぐらいだけど、逆に言うとそれぐらいしか離れてない。なんならこのレールは学者や技術者が多く住んでいる関係上、一部の専門分野では既に前世の現代社会のレベルに迫る分野すらある。あくまでもまだ理論上や実証実験の段階ではあるがな。


 だからは俺は一人で動けるようになってからというもの、この世界について知るために父の元に訪れる人々から話を聞いていた。その情報からおおよそだが、俺が生まれた地域というか大陸の文明レベルは、前世でいうところの、19世紀前半から半ば頃の西欧文明に該当するということは分かっている。見せてもらった大陸の地図も、多少異なる部分はあれど、大部分はヨーロッパ大陸と変わらなかった。


 この大陸に住む人々は自分たちが住んでいる大陸のことをエレニア大陸と呼んでいるらしい。これは民族や人種問わずだ。なにしろ太古の昔に存在し、その後に海へ沈んだとされている帝国の名前から由来するらしいが、詳しくは知らない。現地の人々も聖書に記述された伝承をもとにそう呼んでいるだけでのようだ。


たしかヨーロッパという名前もローマ帝国かどっかの神話が起源だったはず。まぁそこらへんはどうでもいいんだが、大切なのは今父から学んでいる歴史についてだ。父はどうやら俺に帝王学を学ばせたいらしい。それで俺や父が属しているエルフィニア人という民族や、エレニア大陸の歴史について学んでいるわけだが、なんとなく俺には違和感と言うか、見覚えがある話が多かった。


「昨日は古代エルフィニア王国が二分し、北エルフィニア王国と南シェラン王国に分かれた話はしたな。今日はその続きからだ。第二章、三節目を開きなさい」

「はい」


父に言われて開いた本の名はタルムルクと呼ばれている。エルフィニア人がかつて暮らしていた王国が滅んだことにより、エルフィニア人は南方のエレニア大陸へ離散する羽目になったんだ。その時に自分たちの民族としての伝統や歴史を忘れないために、エルフィニア人の各部族の法典や伝承をまとめた書がタルムルクとなっている。

 内容はとても難しいものばかりだが、これが面白いんだ。


 タルムルクは太古に滅んだ王国の法典や伝承、規律をまとめたモノとされているんだけど、それだけじゃない。それを元に先人たちの経験談に沿って書かれているんだ。タルムルクがエルフィニア語で”知恵の書”と呼ばれているくらいには、エルフィニア人の教えはとても現実的であると同時に、実用性や汎用性が高い。


俺は父に言われた通り歴史書のページを開いた。


「――紀元前200年前、残虐王レハニダムの死後、北エルフィニア王国は魔王軍に侵略された。南部のシェラン王国も抵抗したが翌年には併合され、この時から我らエルフィニア人の”苦難の二千年間”が始まったのだ。しかしエルフィニア人とてただ魔族の支配を受け入れたわけではない。まず第一に起きたのがシュランの反乱だ…しかしこれはすぐに鎮圧された。その後に第二次シュランの反乱がおきたが、この反乱は内通者による裏切りで失敗に終わった。そしてその後に魔王軍によって引き起こされたのが”ロスキンの虐殺”だった。この時に30万もいたエルフィニア人の同胞のうち、半数以上が殺され、残りの半数の同胞たちも魔王軍によって祖国を追われた。そして最終的に、この人族共が暮らす、暗黒のエレニア大陸へ離散するに至ったのだ…」


その後も父の話は続いていく。祖国を追われたエルフィニア人の苦しい生活。しかしエルフィニア人に安寧は訪れなかった。先祖が逃げた南方のエレニア大陸にも、逃れ魔王の脅威が迫り始める。紀元53年、人間国家の中でも有数の軍事力を誇った”東ロマニア帝国”が”パンノニアの戦い”で敗北すると、人類の勢力圏はライン川とアルプス山脈以西にまで後退してしまう。


しかしここで現れたのが勇者だった。勇者は元々別の世界に居た人間であったことが分かっている。紀元60年、彼は突然と西ロマニアの帝都、オルレアンの宮殿に姿を現したと言われている。勇者は神から人類を救えという使命を授かったと言い、時の皇帝の目の前で死者を蘇生する奇跡を起こしたと伝えられている。その軌跡を見た西ロマニアの皇帝は勇者の言葉を信じ、西ロマニアに伝えられている王家の剣を与え、聖女と共に魔王軍の討伐を命じたようだ。


勇者は聖女を連れて、仲間を結成する為に旅に出た。

ゆくゆく先々で暴れまわる魔族や魔物たちを討伐しながら、levelを上げ、有望な戦士や魔法使いを仲間にしていく。そしてついに、7人の勇者パーティーは魔王軍の部隊との戦闘にいたり、遂にこれを撃破する。魔王軍の軍勢は五百ほどと、決して大規模な軍勢でも戦闘でもなかったが、東ロマニア滅亡から魔王軍に連敗続きだった人類にとっては、この戦いの勝利が暗闇の中で光る、小さな光に写ったことは確かである。そしてその奇跡をたった7人だけの勇者のパーティーが成しえたのだ。


勇者一行の勝利の後、西ロマニアの皇帝は勇者を帝都まで呼び戻すと、勝利の凱旋を祝いながら市民へこう叫んだと言う。


”我々には神の奇跡がついておられる。たった一人の勇者と、六人の従者たちで五百の兵を討ち取ったのだ。もしこれに十万の神の教えに忠実で、勇敢な僕が付き従えば、我々は百万の魔王軍にも勝利を収められるであろう。神はそれを望んでおられる!なぜなら神はオルレアンの地に勇者を遣わしたもうたのだから”


帝の勅令と勇者を旗印に、ロマニアには人類各国から多くの英雄級や軍が派遣されはじめた。そして同年の10月ごろには、西ロマニア皇帝を総大将にして、人類の連合国は20万人の魔王討伐軍を編成するにまで至たる。


人類国家が勇者を筆頭に、連合軍を結成する動きを見せると、当初ライン川以西への侵攻を控えていた魔王も、自ら30万の魔族と魔物たちの軍勢を率いながらパンノニアを出発した。同年の2月、雪が微かに降りしきる平原にて、両軍は対峙した。冬の最中、両軍とも20万を超える軍勢を4カ月以上も行軍させて来たのだ。すでに群も披露は蓄積しており、食糧も底をつきかけていた。


 両軍共に、決戦前の儀式や小細工、駆け引きなどをする気はさらさらなかった。彼らは偵察兵から先遣隊、本陣が互いにに接敵する度に戦いを始めていく。当初、人類側の先遣隊2万の軍勢が前哨戦に敗れ、戦線が後退するも、総司令官の西ロマニア帝はここで勇者パーティーを戦線に投入させた。勇者の活躍もあって、すぐに後退した戦線は押し戻せたものの、魔王はこれに三万の巨人兵を戦線に投入した。人間の三倍以上の背丈をもつ巨人の軍勢に、連合軍の先遣隊は木っ端みじんとなった。


 先遣隊が文字通り”踏みつぶされて消滅”したとき、連合軍の本軍十五万と、三万の巨人兵の間には微かな空間が出来ていた。そこに居たのは勇者たちであった。彼らは勇者と聖女を中心に輪を組み、迫りくる巨人兵を討伐して屍の山を築いていく。そしてその屍の山を壁にして、彼らは敵軍に包囲された中でも戦い続けていた。


 結果的に自軍の内側に勇者が入り込む形となったのを見て、魔王は連合軍の本軍と、勇者によって精鋭の巨人兵が挟み撃ちになることを恐れ、巨人兵の侵攻を止めざるを終えなかった。次第に魔王軍の前線が後退し始めたのを察した帝は、ここで三万の騎馬兵を先方に、巨人兵に向かって全軍突撃の命を下す。


 巨人兵の足音で仲間の声すら聞こえない勇者たちの耳に、まるで大地を揺らすほどの轟音が鳴り始めた。しかしそれが本当に大地が揺れていて、それが巨人兵ではなく、味方の騎馬隊の突撃だと勇者が気づいたころには、騎馬隊の先遣隊が勇者を囲む巨人兵の足元にまで入り込んでいた。


 三万の騎馬兵は巨人たちの足元を縫うように、サーベルを振り回しながら、勇者が巨人の死体によって築いた”英雄の丘”めがけて馬を走らせていく。この勢いに押された巨人兵の戦線は後退していき、ついに勇者は包囲網から脱出する事ができた。


 しかしこの時、連合軍は窮地に陥っていた。

皇帝が全軍の突撃の命を出しても、騎馬兵以外の部隊の足取りは遅かった。まず12万の歩兵を迅速に動かすことは、各国ともに当時の技術と練度からして不可能に等しかった。また指揮官の多くが各国の貴族であったことから、ここで本陣では各国の首脳たちが早々に勝利後の領土分配についてもめるはめになっていたのだ。この事から本軍の足並みが崩れていた。


 この動きを見ていた魔王は、すぐに自ら前線へ乗り出すと、後退していた巨人兵をまとめ上げ、素早く防衛ラインを構築していく。しかしこの時、この魔王の動きに気づいていなかった勇者たちと騎馬兵は、のちに来る本軍のためにと、敵戦線に穴をあける事を目標に、守りを固める巨人兵に向かって突撃を開始してしまっていた。


 巨人兵は勇者たちの突撃に耐えきれず、ゆっくりと後退を進めていく。それに合わせて後方にて、横に長蛇を連ねていた魔王本軍も撤退の動きを始めていた。


 この勇者たちの突撃と、それが成功し始めたことに気づいた各国の首脳たちは、ここにきてやっと領土分配の話しは後回しにし、急いで軍を巨人兵にむかって進軍させていく。しかし魔王はこの時を待っていたのだ。


 人類の連合軍が足並みを揃えられず、ゆっくりと進んでいくと、突如として巨人兵の防衛ラインの後ろにから、魔王本軍が連合軍を包囲するように現れたのだ。


 魔王は連合軍を勇者ごと完全包囲して殲滅するために、わざと撤退する動きを見せ、体の大きい巨人兵の後ろに本軍を隠すと、包囲の為の陣形を築いていたのだ。そして準備が完了したのち、魔王軍は一斉に姿を現した。


 既に撤退を始めていたと思っていた魔王軍の本陣が巨人兵の後ろから現れ、両翼を包囲するように展開し始めると、連合軍の首脳たちは混乱と恐怖で包まれていく。しかし12万の軍勢を一度行軍させてしまうと、それを停止させ、後退させるには最低での数時間はかかる。これのせいで各国がバラバラになって前進と後退の指示が飛び交った結果、連合軍の動きは大混乱となってしまっていた。


 その隙を魔王軍が逃す訳もなく、12万のうち、後方にいたことで包囲を逃れられた皇帝直属の数万の兵を除き、10万人以上の連合軍が魔王軍によって包囲させてしまう。


 これにより全方面が前線となり、魔王軍からの十字攻撃を食らいはじめた連合軍は、次第にすり潰されていく。オークの軍勢が斧を振り回しながら襲い掛かり、ゴブリンたちが足元に入り込んで、敵の方へ引きずり込まれていく。空からはドラゴンの息吹が王家の旗ごと連隊を燃やし尽くしていく。


 これを見た勇者は自らの死期を悟ったのか、勇者パーティーたちと自らに付き従ってくれていた騎馬兵たち千騎を共に決死隊を結成すると、前線中央にいる魔王に向かって最後の突撃を開始した。


 前線の巨人兵の足首を切り倒し、勇者たちはただ一つ、魔王の首を狙って進軍していく。途中で付き従った騎馬兵の多くは巨人兵によって踏みつぶされ、共に冒険した仲間たちの半数もが亡くなっていた。


 いくつもの死線を潜り抜け、戦いの最中でも強くなっていった勇者の刃が魔王の首にまで届いたころには、勇者の周りに居たのは聖女と、最初の冒険で仲間にした戦士と魔法使いだけであった。


 勇者がついに魔王の心臓を突き刺し、首を刎ねたその時、仲間の、聖女の悲鳴が聞こえた。勇者が彼女の方を振り向くと、そこには魔王の副官であったエルフィニア人の男が聖女の首に剣を押し当てていた。


 魔王の首を握りしめながら動きが止まってしまった勇者にたいし、エルフィニア人の副官はこう叫ぶ。


”勇者よ!聖女の命が惜しければ魔王陛下の首とお前の命を我らに寄越せ、そうすれば聖女の命を奪いはしない。お前たちの仲間を包囲する軍もすぐに引き上げ、この戦争を終わらせよう”


 この要求を勇者は何の迷いもなく飲んだと言われている。勇者と聖女が濃い中であったと言うような記録は、当時の人々の証言や日誌などから窺い知れず、彼が簡単に自らの命を犠牲にした理由は未だに分かっていない。


 しかし勇者が自らの命を代わりに差し出したことで聖女は助けられ、魔王軍による連合国軍の包囲網が解かれたことは事実だ。彼の死によって五万人以上の兵士の命が助かる事になった。魔王軍はパンノニアの遥か東、ドナウ川にまで後退していき、連合軍は占領地を拡大していく。


 その後は我々がよく知る人類史の始まりだ。各国の結束はゆるまり、また互いに足を引っ張り合いながら領土をめぐって争い始める。しかしこれ以降も続いて行く魔族との戦争の時だけは互いに戦争をやめ、同盟を結成しながら対抗していった。


 そして、その度に虐殺の標的になったのがエルフィニア人だった。理由は簡単だ。勇者を張りつけにし、その心臓を貫いたのが、魔王の副官として働いていたエルフィニア人だったからだ。この事実こそが、人間たちがエルフィニア人を人類の裏切者として差別し、迫害する理由である。


「少し…話が長くなったな…」

声に熱が籠っていた父は、我に返ったように俺の顔をじっと見つめた。窓の方を眺めると、昼頃だった空は夕焼けに変わっていた。もう少しで日が沈む。


「お前ももう8歳だ。この歳になると、エルフィニア人でも年月が過ぎるのを早く感じてしまう」


 父は今年で250歳になる。エルフィニア人の平均寿命は大よそ300歳と言われている。人間で言うと40後半から50代前半だろうか。長生きしても殆どの人が60代で死ぬ時代では、もうかなりの年配になる。そう考えると俺が生まれたのも随分と歳をとった後だな。エルフィニア人は人間と比べて性欲が少ないだけじゃなく、女性の月経周期は5年に一度になる。だから種を仕込むのは大変だ。高齢出産や晩婚化が進んでいるのは我が家だけではない。


「もう少しで夕飯の時間だ…」

「ええ、そうですね父上」


 我が家は金持ちだ。なんといっても父はこの地の領主なのだから。エルフィニア人はこの国で自由に土地すら持てないというのに、父はどういうわけか貴族の爵位と領土すら持っていた。まぁ豊かな生活が出来ているのなら、別に理由はどうでもいいんだけどな。


しかしこんなにもお金持ちだというのに、家族の食事は母が毎日作っている。使用人の食事は別でコックが作っているし、食事以外の家事は召使たちが行っている訳だが、これのせいで我が家が毎日食べている食事は使用人たちよりも質素だ。専門の料理人たちが作っている使用人のご飯の方が豪華なのはなんとも理解できない。


 しかしこれはエルフィニア人のタルムルクに書かれている”家族の時間を大切にせよ”という教えや、”妻は家族によく尽くせ”という教えがあるかららしい。妻が料理を夫や子のために振る舞わなければ、家族のつながりが薄れてしまうという訳だ。エルフィニア人の教えは家族や血族のつながりを重要視している。長年にわたり、迫害や弾圧を受けて来たからだろうか。


俺が夕焼けを見ながら黄昏ていると父が声をかけて来た。


「夕飯出来る前に少し外の風を浴びよう」

「いいのですか?」


目を輝かせながら問う俺に、父は静かに頷いた。

「お前に、見せておきたいことがある」

「え…」


なにか少しだけ嫌な予感がして、席を立とうとした俺の腰が止まった。立ち上がっていた父は俺の方をじっと見つめていた。


「先にあの木の近くで待ってなさい」


 俺は父に言われたと落ち、庭園に生える木の根元で夕焼けを眺めていた。父が話したい事とはなんだろうか。正直、俺はこの一家のことを殆ど知らない。昔に事業で成功して富を築き、貴族になったということだけだ。周りの召使に聞いてみても、あいまいな返答しか返ってこない。まぁ8歳の子供に難しい話は分からないと思っているだけかもしれんが。


俺が呆然と地平線の先へ落ちていく太陽を眺めていると、後ろから足音が聞こえて来た。振り返ると、父がなにか小さな壺のようなものを持って、俺の方へ歩いて来るのが見えた。


父は木の根元に腰かけた。俺も父の隣に座る。

「父上、その壺はなんですか?」

「私の母と、最初の妻の遺骨だ」


父から帰ってきた答えに俺は何かを言おうとして喉の奥が詰まった。聞き間違えなのか、もしそうでないのなら、これが俺に見せたいと言っていた物だったのか。ならなぜそれを見せようと思ったのか。頭の中が混乱と不安でいっぱいになる。


「父上のお母さまと、最初の妻…ですか?」


父から聞こえた最初の妻という言葉、なによりもそれが気になった。今の妻、つまり俺の母と結婚する前に父は別の女性と結婚していて…死別していたということなのか…そんな話は知らなかった。父からも、母からも、使用人の人だって一度もそんな話は聞いたことなかった。なによりエルフィニア人は土葬文化だ。なんで母と前妻の遺骨を壺に仕舞って、屋敷保管しているのかも分からない。


「お前がアベルから色々と我が家のことで探っているのは聞いている」



げっ、あの野郎チクりやがったのかよ。


父が今言ったアベル・レイバンってのはこの屋敷で家令を任せられている老人のことだ。父よりも年配だから、俺が産まれたアシュケナム家の歴史にも詳しいかなと思って、ちょっと前に話を聞いていたんだ。


 もっとも肝心な事になるとすぐはぐらかすから、最近は話しかけることもしなくなったがな。もともと俺が勉強をさぼったりするとすぐに父に報告するから嫌いというか、少し苦手だったんだが、まさかこんなことまで父に報告するとは…ウゼェジジイだ。


「私に前妻が居たこと知ってるのはお前とアベルだけだ。シャロンも他の使用人やこの地の住民たちも、私が以前の妻と死別したことは誰も知らない」


父は遺骨の入った壺を抱えながら、夕焼けを眺め始めた。


「……今から50年前のことだ。オルレアン王国で革命が起きたのは…あの日…私がもっと…早く家に帰っていれば…あんなこと…などならずにすんだのに…」


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