第二十二話 『同じようで違うリスタート』
「──どうしたの? 変な顔して」
霞がかっていた視界が晴れ、目の前には洞窟が広がる。
エレナの質問に、アッシュは微笑む。
「変な顔なんて失礼な……それより、今日は三階層まで行こうって話だったよな?」
「ええ。三階層までなら、危険もなく戻って来れると思うわ。アッシュがどれだけ動けるかにもよるけどね。出来れば四階層まで行きたいんだけど……得られる魔石の質も変わるし、実入りが段違いだから」
「四階層か」
エレナの言葉にアッシュは思案する。一応は以前のループでエレナと共に四階層まで降りた事がある。
四階層は三階層とは違う点がある。
迷宮が変化するのだ。通っていた通路が突然行き止まりになったり、帰り道があった筈の場所に壁が出現したりする。
そのせいで、五階層に降りる階段を探すのが非常に困難だったため、アッシュとエレナは長らく四階層に留まっていた。
そのせいでアッシュとエレナは離れ離れになり、アッシュが再びエレナと出会った時、彼女はもう既に息を引き取っていた。
頸動脈を切り裂かれて力なく首をもたげるエレナの姿を見て絶望した記憶が蘇る。
だが、考えてみるとおかしな話である。
エレナは五階層まで降りた事もある探索者だ。ジークやライゼン、リシャもいたため、彼女一人の力ではないかもしれないが、少なくとも荷物持ちとして同行していたアッシュには、四階層程度は危なげなく見えた。
あの時のエレナの首の傷を鑑みるに、カマキリの様な魔物であるウェザーマンティスにやられたのだと推測しているが、エレナは果たしてあの魔物に遅れを取るだろうか。
「……なあエレナ。やっぱり今日は四階層を目指してみないか?」
「私としては願ったり叶ったりだけど、無茶してまで潜りたいわけじゃないわ。私は兎も角、アッシュは今日がほとんど初めての攻略でしょ?」
「まあな。じゃあエレナが見て判断してくれ。三階層まで行った時点で、二人で四階層に行けるのかどうかを」
アッシュの言葉にエレナは素直に頷けない様子だった。
きっと心配してくれているのと、もしも無理だと思った時にはっきりと実力不足を伝えるのに躊躇しているんだろう。
だが、アッシュとしても迷宮の最深部を目指して攻略する事を決めた以上はいつまでも尻込みしてはいられない。
エレナの目を見ながら返事を待っていたが、彼女は根負けした様にため息混じりに口を開く。
「……わかった。言っておくけど私が無理だと判断したら、それに従ってもらうからね?」
「ああそれで構わない。それなら三階層の安全地帯で答えを聞かせてくれ」
アッシュは話は終わりだという風に、洞窟の中を進んでいく。
始めは恐れを感じていた洞窟も、もう慣れた道である。
「無茶しないでよね」
小声で聞こえたエレナの言葉に、アッシュは微笑みかけるだけで返した。
――――――――――――
キラーホーネットが羽音を響かせながら接近してくる。
「ふっ!」
焦らず剣の腹を野球のバットのように使って叩く。
キラーホーネットは飛行能力は高いが、それもこんな狭い通路では無用の長物だ。
黒板を引っ掻く様な機械室な音を鳴らすキラーホーネット。その身体を足で押さえつけ、頭部と胸部の間に剣を突き入れる。
「かってえなっ……!」
キラーホーネットは牙をガチガチと鳴らして暴れるが、先端に針のついた部位はアッシュの足に踏みつけられて碌に動かせない。
アッシュは剣の柄を両手で握りしめ、レバーを倒す様に前方に力を加えていく。
頭部の真下の関節に引っかかった剣が、テコの原理によってぶちぶちと頭部と胸部を切り離していく。
不意にかかっていた力が抜け、キラーホーネットの頭部は勢いのまま飛んでいった。
「まだ動いてるのか。凄い生命力だな」
ピクピクと痙攣するキラーホーネットを見ながら、アッシュは剣についた汚れを布で拭う。
「アッシュ。あんた……本当に初めて?」
三階層までやってきて、ジャイアントバットを何匹か殺し、そして単独でいたキラーホーネットを今しがた始末した。
それまでの間、エレナはスムーズに動くアッシュを見直したかのように目を輝かせていた。
「まあ、初めてかどうかは置いといて、そろそろ安全地帯に行こう。時間も丁度いいしな」
「時間?」
「ああ。頼りになる奴らが来る時間なんだよ」
不敵に笑うアッシュを見てエレナは困惑した様子だった。
死して抗う異世界迷宮 新田 青 @Arata_Ao
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