もう会えぬ君は友とリングへゆく

新堂対ロブレス１

　大歓声の中、初回のゴングが鳴った。

　両者勢いよくリング中央へと飛び出す。構えは互いにサウスポー。右構えの選手同士を鏡で映したような構図だ。

　ロブレスは暴露の件を怒っているのか、すぐにでも強烈なパンチを新堂の顔面に打ち込みたいという風だった。身体を左右に揺すりながら、しょっぱなからプレッシャーをかけまくってきている。

　――望むところだ。やってやるよ。

　伊吹の声に耳を傾けながら、この日に向けて死ぬほど練習してきた。現在の新堂は自信に満ちている。

　元々タイプの似ている二人だ。近距離で殴り合うのが好きで、野性とスピードで相手を圧倒する。そんな二人が並んでフェイントを掛け合うと、それだけで迫力があった。

　全身を揺らしてフェイントをかけると、すぐに新堂が踏み込む。ジャブ――初めて放ったパンチが、いきなりロブレスの顔面を撥ね上げた。

　たかだかジャブ一発を当てただけなのに、観客が盛大に盛り上がる。その声に押されて、新堂はさらに前へ出る。すでに会場には新堂コールが鳴り響いていた。

　ロブレスは少し驚いたのか、高いガードの間から覗き見る形で反撃の機会を探していた。守りに徹して相手の動きを観察している時のジャーボンテイ・デービスと似たような動きだった。

　新堂は構わず踏み込んでいく。パンチ力であれば新堂も十分バケモノのレベルだ。固めたガードの上に全力の左ストレートを叩きつけると、そのまま距離を詰めて右フックを返し、さらに左ストレートから右ボディーアッパーへと繋げた。

　最後の左ストレートは浅く当たり、右ボディーは脇腹を叩いて大きな音を立てた。ロブレスの顔がかすかに歪む。リターンの左をすぐに打ち返したものの、新堂はすぐサイドステップでそこから消えていた。

　観客が沸く。初回から新堂があのロブレスをスピードで翻弄している。前情報であれば考えられない光景だった。

　新堂はなおも攻撃の手を緩めない。リードブローになる右をゆらゆらと揺らしながら、攻撃のタイミングをずらして幻惑していく。ロブレスはリズムを掴むことが出来ない。右フックの予備動作を見せて、左ストレートで突っ込んだ。

　ロブレスはフェイントに引っかかり、左ストレートが直撃した。思わず衝撃で天井を向かされる。一気に距離を詰めて左右から連打を打ちまくった。防戦一方となるロブレス。初回ラウンドから観客のボルテージが最高潮となる。新堂コールに背中を押されながら、悪党ボクサーを懲らしめる時間が始まった。

　連打はボディーへ、そして顔面へと散らされていく。ロブレスのガードは決して悪くないが、その隙間を縫って新堂の強烈なパンチがダメージを与えていく。

　――もしかしたら１ラウンドで全てが決まるのではないか。

　多くの観客の脳裏に、そのような考えがよぎった。

　その時、ゴングが何度も鳴らされる。もっと前からラウンド終了のゴングは鳴っていたが、あまりにも歓声が大きすぎて掻き消されていた。

　残念そうな「ああ」という溜め息が会場から漏れる中、レフリーは両選手を自陣へと帰していく。新堂はいかにも「俺が勝つぞ」とでも言いたげに右腕を上げて自身の存在をアピールした。

　その背中を、呆然とした目で見送るロブレスがいた。

　信じられない光景だった。あのフアン・カルロス・ロブレスが、世界的には無名の新堂零というボクサーに圧倒されて初回を終えた。