新堂対ロブレス2

「すげえじゃねえか! 大したもんだ!」


「皆さんに散々ロブレス対策の練習をしてもらったんでね」


 新堂が答える。言外には、その「皆さん」に伊吹も含まれていた。


「今のラウンドは最高だった。現状戦略は変えなくていい。なんなら向こうがこっちに慣れる前に倒しちまえ」


「はい」


 水をもう一口飲むとセコンドアウトの笛が鳴った。セコンド陣がリング下へと降りていく。


「ラウンド2」


 2回目のゴングが鳴った。


 先ほどの失地挽回とばかりにロブレスが勢いよく飛び出す。ガードを上げたまま左右に身体を振り、マイク・タイソンを思わせる動きで一気に距離を詰めてくる。


 新堂は冷静に右方向へと回りながら強い右ジャブを突いていく。大砲のようなジャブは、二発目で早くもロブレスの顔面を撥ね上げた。


 ――ジャブも当たる。


 新堂はより強い確信を得た。ボクサーにとって、早いラウンドで自分の攻撃が当たると確信が持てると、それだけ試合運びが有利になる。


 当然ながら当たると思って打つパンチの方が当たる。新堂は伊吹との対話でジャブにも改良を加えていた。ムチのようにしなるフリッカーに、ストレート並みに肩を入れて打つダメージングブロー型のジャブ。使いこなせば、相手にとって非常に厄介な武器となる。


 先ほどのラウンドで、ペースは依然として新堂の方が掴んでいる。ロブレスとしてはもっと慎重に距離感を自分のものにしていく必要があったが、今まで強引に行っても上手くいっていたせいか、握られたペースを強引にひっくり返そうとロブレスは不用意にも前へと出た。


 一見勇敢ではあるが、その実は思慮が浅く雑な戦略である。試合の距離感は1ラウンド目を掌握した新堂の方が把握出来ている。自ら突っ込んでくるロブレスを、ただ狙い打ちにしてカウンターを取ればいい状態になっていた。


 伊吹戦であれだけの獰猛さを見せたロブレスが、新堂のジャブでものの見事に止められている。ジャブは強弱を付けて自在に放たれ、時折ロブレスの顔面を撥ね上げる。そのたびに会場には大歓声が上がった。


 焦ったロブレスが右フックを打ちながら飛び込んだその刹那、逆に外側から右フックを打ち込んだ。フックはロブレスの側頭部を巻き込むような形で当たった。ロブレスがバランスを崩して一瞬足元がおぼつかなくなる。


 効いた――観客達がそう確信した瞬間にまたゴングが鳴った。会場には歓声と悔しそうな声が同時に巻き起こる。


 ロブレスは両肩をいからせて、肩で風を切るように自陣へと戻っていく。精一杯の強がり――その後ろ姿には明らかなフラストレーションがとって見えた。


「お前、何やってるんだよ!」


 陣営のセコンドが不甲斐ないロブレスを叱咤する。


「うるせえ」


 ロブレスはかなりイラ立っていた。プロになってから今までの時間で、こんなに屈辱的な気分は味わったことがない。


 当たれば一撃であの世送りに出来るはずなのに、そのひと振りをする機会にも恵まれていない。


 ――あのジャップが。黄色い猿の分際で、この世界に君臨する王を愚弄しやがって……。


 ロブレスの中で、ドス黒い感情が育っていく。


「ひでえ顔だな」


 闇の世界に入りはじめたロブレスの顔を見て、セコンドが本気でドン引きしている。


「とにかく、雑に正面から入るな。お前の才能を考えたら、あんな極東のボクサーになんか負けるはずがないんだよ。分かるか?」


「もちろん分かるさ」


 ふいにロブレスの口調が落ち着きを取り戻す。


「確かにその通りだ。初回から潰してやろうと雑になっちまった。まあいい。最初の2ラウンドはハンデだ。後は俺の時間さ」


「セコンドアウト」


 場内にアナウンス。セコンドが声を掛けながら椅子を片付けはじめる。


「それでこそチャンプだ。あのクソガキにお仕置きをしてやるんだぞ」


「もちろんだ」


 セコンドがリング下へとはけた。何度も鳴らされる笛。それとともに観客がブーイングで早くしろと煽る。


「ラウンド3」


「遊びは終わりだ」


 ロブレスがそう呟いた時、第3ラウンド開始のゴングが鳴った。

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