決戦の前に
試合の日になった。
この日の興行は新堂対ロブレスのスーパーフェザー級の世界王座決定戦がメインになる。そのため、実際に試合をするのは午後7時前後ぐらいと見られている。
午前中いっぱい寝た新堂はスマホの通知をチェックする。SNSに大量のメッセージが届いていた。
昨日の件で炎上でもしたのかと思ったが、逆だった。来ていたのは新堂を応援する内容のものがほとんどだった。
「ヘイ伊吹」
『Siriじゃないって言っているだろう』
伊吹のツッコミをスルーして新堂が続ける。
「なあ伊吹、俺は思ったよりも愛されているようだぞ。世界レベルでな」
新堂は昨日の計量後に自分を応援してくれる勢力が出てきたことを説明した。
『そうか。みんな新堂を応援してくれているんだな。理由はちょっとアレだけど』
「まあ確かに。お陰で変なプレッシャーにはなっていない」
『なあ、新堂』
「どうした?」
『これは俺の予感でしかないんだけど、今日の世界戦が終わって無事全てのことが終わったら、俺はきっと消えると思うんだよな』
「え? なんでだよ?」
『予感でしかないから確定的なことは言えないけどさ、新堂がロブレスに勝ったら俺の役目が終わると思うんだよな。なんか、それで戻って来た感じもするし』
「いや待て。だって火葬場でみんなに伊吹伊吹って呼ばれてたら戻って来たとか言ってなかったっけ?」
『最初はそう思ったんだけどさ、やっぱりやり残したことがあったんじゃないかなって後で思ったわけ』
「そうか。なら日崎との結婚についてはどうなんだ? あれだってやり残しているだろ?」
『ああ。でも、俺の体はもう燃えてしまったし、どうすることも出来ない。だから前にも言ったけどさ、新堂が彼女を嫁にしてくれた方が俺も安心して逝けるんだけどな』
「いや、そうは言うけどよ……」
新堂は言葉に詰まった。今日は世界戦なのに、面倒くさい問題を持ち込んで来る厄介な霊だ。
『頼むわ新堂。こんなことを頼めるのはお前ぐらいしかいないし』
「まあ、分かった、分かった。いきなり結婚は急すぎるからさ、まずは日崎の意向を聞くよ。そもそも俺のことを男として見ているのかすら怪しいからな」
『ありがとう。恩に着る』
その後、出発時間まで新堂はずっと伊吹と談笑していた。もしかしたらこんな時間を過ごせるのもこれが最後なのかもしれないと思いながら。
夕方になると、トレーナーが車で新堂を迎えに来た。新堂はリラックスしたまま現地へと向かうことが出来た。
興行自体はもう始まっている。たくさんの人が会場へと詰めかけ、新堂がロブレスを退治してくれる瞬間を待っている。有識者の第三者的な分析で見ればロブレスが勝つ可能性の方が高いようにも見えたが、それでも多くの人々が新堂の勝利を願っていた。
新堂が会場入りすると、チケットを得られなかったファンが熱烈に歓迎した。国内では珍しい状況なので、新堂は車内で方々に手を振ってこたえた。
ハンドルを握りながらトレーナーが口を開く。
「大人気だな」
「想像以上です」
「それだけみんなロブレスが嫌いなんだろうな」
「でしょうね。負けたら何を言われるんでしょうね」
実際のところ、下馬評では3対7で新堂が不利になっていた。応援したい感情と冷静に戦力を分析した結果は違うということだ。
「でもお前、ずいぶんとリラックスしているんだから負けるなんて考えてもいないんだろ?」
「まあ、五分五分じゃないですか」
「あらそう」
トレーナーは意外な言葉を聞いたという顔で、車で会場入りしていった。
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