暴露の前日計量

 ――そして、決戦の日はあっという間にやってきた。


 伊吹と同じく、世界戦は有明の大会場で行われることになる。


 世界戦は新堂とロブレスの一戦だけだが、前回の因縁や伊吹と新堂の関係性が大々的に報じられたことにより、この試合に感情移入している人間はかなりの数いた。


 もちろんボクシングは純粋なスポーツではあるものの、それ以外にも人間ドラマやプロレスさながらの煽り合いを楽しみにしているファンもいる。


 ロブレスは悪役としてはこれ以上にない存在であったので、当然のこと新堂には悲劇のボクサー伊吹丈二の仇を討ってほしいというのが国民の感情になる。


 そして、その流れは海外へも広がっていた。王者らしくない振る舞いや数々の素行不良で嫌われ者だったロブレスは、当初より一定数のアンチを抱えていた。


 そのアンチ達は日本からの情報も収集しており、伊吹の親友であった新堂が仇を討ちに行くストーリーを知るや「彼こそ真のサムライだ!」と涙を流したと言われている。


 感動した彼らは新堂のサポートを始めるというまさかの展開をはじめて、大会の開催に必要な経費を一部負担してくれたとのことだった。


 そんな追い風も受けつつ、新堂は世界戦の前日計量に来ていた。都内某所の計量現場および会見場所で、計量開始の時を待つ。


 前段階であった会見だとロブレスは別人のように大人しかった。伊吹が亡くなったことを申し訳なく思うと言っていたので、本当に心を入れ替えたのかもしれない。ロブレスはその件で世界的なバッシングを受けている。


 机の下から足を延ばしていることもなく、会見中のスマホいじりもなかった。それが当たり前なのだが、前の時と比べるとあまりにもまともな振る舞いだったので逆に不気味だった。


 それもあり、ロブレスを待つ間の新堂は「また一階級分落とせないで来ちゃいましたってことじゃないよね?」と記者達にマイクで問いかけて笑いを誘っていた。


 下らないことをやって遊んでいるとロブレス陣営が来た。遅刻無し。奇跡だった。


 両者でボクサーパンツ一丁になって、順番に秤に乗る。


 新堂もロブレスも一発クリア。スーパーフェザー級のリミットである130ポンドの体重を下回った。


「おい、伊吹よ」


『どうした』


 新堂はこの状況でなぜか伊吹を呼び出した。


「なんか、ロブレスがいい奴になっているぞ」


『騙されるな。それは演技だ』


「そうか~?」


 計量が終わったので両者フェイスオフになる。


 新堂は真剣な面持ちで、ロブレスは遺恨戦には似合わない笑顔で互いの顔をじっと見つめている。何秒も相手の顔を見つめている間に、ロブレスが小声でボソボソと何かを言った。


『あ、新堂、こいつ殺していいわ』


 伊吹がフェイスオフ中で急に話しかけてきた。新堂は顔だけ変えずにテレパシーでその真意を訊く。


「何か言ったのか?」


『お前もカマを掘り合ったダチと一緒に地獄へ送ってやるって英語で言っていやがった』


「ほう」


 新堂の目つきが一気に鋭くなる。大量のフラッシュがたかれる。記者達にとっても新堂の急激な変化は何かがあったと分かるようだった。


 ロブレスはバカにしくさったような顔のまま新堂を見ていた。


 ヤバいと思ったのか、主催者が割って入ってフェイスオフを取りやめた。各自が席へと戻される。


「よく英語が分かったな」


『勉強もしていたんでね』


「バケモノだな、お前も」


 席に戻って準備が出来ると、記者との軽い質疑に入る。


「新堂選手にお聞きしたいのですが、先ほど急に眼つきが鋭くなったのはどうしてなんでしょうか?」


 マイクを握った新堂が答える。


「あ~それはですね、ちょっとバラしておきますね。あいつ、向き合っている時に『お前もカマを掘り合ったダチと一緒に地獄へ送ってやる』って言ってきましたので、それで頭にきました。どうせ英語なんて分からないだろうって思っていたんでしょうね」


 会見場が一斉にどよめく。驚いた記者が思わず訊き返す。


「それは本当なんですか?」


「はい、本当です」


 ざわつく記者団。陣営のトレーナーから「それマジなの?」と訊かれ、新堂は「間違いないです。英語だと分からないだろうと思っていたんでしょうね」と答えた。


 トレーナーがふと訊く。


「ところでお前、英語出来たっけ?」


「あーそれはーそのー、アレですよ。そうそうアレ。映画でおんなじことを言ってた悪役がいまして、その時の英語を憶えていたんです」


「マジか。お前、地頭はいいのかもな」


「そりゃどうも」


 なんとか伊吹の存在を隠したはいいが、会場はまだ混乱していた。


 ロブレスも通訳からことの次第を聞かされたようで、眉間に深いシワを寄せて首を横に振りまくっていた。化けの皮が剥がれたせいもあってか、何をやっても白々しかった。


 結局ロブレスは「そんなことは言っていない」と徹底抗議し、不快感をアピールしながら勝手に質疑を打ち切って帰ってしまった。


 混乱のまま終わった計量であったが、新堂の発言はネットに潜むロブレスのアンチ達によって徹底的に証明されることになる。


 フェイスオフの間の音声を拾って解析すると、完全ではないものの確かに新堂の指摘した暴言を吐いていることが分かった。


 それが暴露されるとアメリカ国内からロブレスの暴露が次々と発信されてくる。ロブレスの肉声が録音されており、「伊吹が死んだことについて俺は何も悪くない」「なぜ俺ばかりが叩かれるのか」「俺は自分の仕事をしただけだ」といった内容の音声が流れた。


 友人との会話とのことだったが、その「友人」がロブレスをどう思っていたのかは一発で分かるようなリークの仕方だった。


 確かにボクシングでは相手を叩きのめすのが仕事になるが、ロブレスの場合は一階級上の体重で試合をして相手を死へと追いやったわけである。これらの暴露を知った世界のボクシングファンが怒りを爆発させた。


 ただちにすさまじいロブレス叩きが始まった。


 SNSではロブレスへの公式アカウントに対して攻撃的なリプライがサブマシンガンの銃弾よろしく大量に撃ち込まれ、関係者達もその影響で大炎上していた。


 試合までは一日も残っていなかったが、世界中が新堂の味方……というよりはロブレスの敵になった。


 その流れで新堂を応援するコメントが世界中から届くようになった。勝負こそ純粋なボクシングで決めるものの、世界的なヒーローショーを行う下準備としてはこれ以上にない効果をもたらした。


 後は期待に応えるだけだ。それが一番難しいのだが。


 決戦は明日――

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