聞こえてはいけないもの
遺体が焼き終わり、遺骨を骨壺に納める段となった。専用の長い箸を使って、二人ずつ骨を骨壺へと入れていく。全員が終わると、後は職員である火夫が骨についての説明をしつつ、骨を粉まで残さず骨壺へと注いでいく。
納棺の頃には泣いていた者達も、いざ遺体を焼いて骨となったのを見た後にはどこかすっきりしたというか、諦めがついたような顔をしていた。別れの儀式とは死者を送り出すだけでなく、送る側の者が自身の中で区切りをつける意味合いも併せ持つ。
もう泣いてばかりもいられない。遺族も、友も、恩師も、誰もが悲しみから前を向こうと思い始めていた。
火葬が完全に終わると、互いに深々と礼をして解散となった。
「新堂君、一緒に帰る?」
彩音が新堂に訊く。その顔に暗い影はない。傷が消えているはずなどないのだが、そもそもが心の強い女性なのだろう。
「いや、俺はちょっと野暮用が」
「そう。じゃあ、また連絡ちょうだいね」
その後にも何か言いたそうだったが堪えたようだった。分かっている。旦那の仇は取ってやる。
「しかし……」
新堂は火葬場を前にしばらく立ちすくしていた。
「伊吹よ、なに死んでるんだよ」
自分で言ってから、途轍もない寂しさが胸へと押し寄せてきた。
伊吹は自分にとってライバルでもあり、目標でもあった。高校入学早々に叩きのめされ、いつか倒してやろうと毎日真面目に練習してきた。今の新堂が練習の虫と呼ばれるのは伊吹にやられた一件があったせいだ。
プロで雪辱を果たそうかと思えば判定で競り負けた。自分なりに全力は尽くしたものの、ついぞ追い付けぬまま伊吹は世界戦へ赴き、そして散った。
まるで自分の生きてきた道を丸ごと否定されたような気分だった。
ロブレス。体重超過によって伊吹を死に至らしめた男。あの男を無視して得たベルトなんて何の価値も無い。
「伊吹、ロブレスが世界王者なんて嫌だろ」
『まあな。あいつ、そんなに悪い奴じゃないみたいだけど』
「は?」
新堂は驚いて周囲を見渡す。誰もいない。
今しがた聞こえた声、その持ち主はついさっき焼かれたはずだ。
「伊吹、お前なのか?」
『ああ。なんか理由は分からないけど、そうみたい』
新堂に返事をした声を主は、死んだはずの伊吹丈二だった。
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