伊吹丈二対ファン・カルロス・ロブレス3
4ラウンド目。伊吹はある確信を抱いていた。
――この試合はどちらにせよ判定決着は無い。
先ほどのラウンドで確信した。ロブレスはジャブを巧みに突くテクニカルな試合運びも出来るものの、その本分は野獣だ。相手を狩り、仕留めることに意義を見出している。拳で会話して、それに気が付いた。
――倒すしか、勝つ道は無い。
当然の帰結。この野獣を最終ラウンドまでいなし続けることは不可能だ。伊吹は覚悟を決めた。
構える。迫り来るロブレス。圧力が桁違いだ。それでも打ち返さなければならない。
伊吹もガードを固める。距離が詰まる。
「離れろ! 足を使え!」
トレーナーが声を送る。残念ながら、ダメージが残っていて足が使い物にならなくなっている。どう考えても最終ラウンドまで持たない。それならば、ありったけの力を短期決戦に詰め込むのみ。
ロブレスも何かを感じ取ったのか、少しだけ慎重な足取りになる。褐色の戦士は左右へと動き回り、踏み込んできた。
刹那、伊吹の右ストレートがカウンターで入る。腰の入った強いパンチ。思わず被弾したロブレスは少し驚いた顔をしていた。こんなに無謀な戦法を取ってきた選手が今までにいなかったのかもしれない。
だが、明らかなダメージングブローだ。観客は蘇ったように沸き立つ。伊吹コールが復活する。
伊吹はジリジリと距離を詰めていく。明らかにいつものスタイルとは違う。だが、伊吹本人の直感としてもこのスタイルで闘うのが最も勝算がありそうな道だった。
ロブレスのような選手を相手にする場合、一般的には距離を取る方がスタンダードな戦法になるだろう。だが、伊吹はここで距離を詰めた。
この相手の場合、足を使っても驚異的な踏み込みですぐ捕まる可能性が高い上に、そもそも前のラウンドで受けたダメージが原因で足が動かない。それであれば、最初から至近距離で斬り合うような闘い方を選択した方がいい。
セコンドも伊吹の状況や意図を察したのか、静かに成りゆきを見守りだした。
二人の身体が密着する。すぐに伊吹は得意の左ボディーを連発した。伊吹のボディーは下からせり上がるような角度で突き刺さるため、受ける側からすると非常に見えにくい。ボディーは思惑通りに連続で当たる。
ボディーを打たれる経験はあまりないのか、ロブレスの顔が歪む。明らかに効いていた。観客が沸く。伊吹コールで背中を押す。
だが、ロブレスも負けていない。サウスポー特有の、えげつない角度の左ボディーを伊吹の腹めがけて強振する。リング上でドス、ドスと重い音が響く。バケモノ達の我慢比べの音だ。
伊吹は左のボディーアッパーも交えつつ、右のショートフックやショートアッパーも織り交ぜる。致命傷ではないにしても、少しずつロブレスにダメージを与えていく。ほんのわずかな間、ロブレスのガードがおろそかになった。
左ボディー。ヒジの裏側から巻き込むように打った。大きな衝突音。ロブレスの身体が沈む。観客が喜びを爆発させる。効いた。明らかに今の左ボディーは効いた。
「いけるぞ。倒せ、伊吹!」
トレーナーが声を張り上げる。
だが、無情にもラウンド終了を知らせるゴングが鳴った。今度はロブレスの方がゴングに救われた。
何か不思議な生き物でも見るような視線を遣って、ロブレスは自陣へと引き返していく。
伊吹はセコンドに引きずられるような形で自陣へと戻っていった。
「すげえじゃねえか」
トレーナーが伊吹を絶賛する。
「新堂との試合でハラを効かされたんでね」
新堂との日本タイトル戦で、サウスポーから放たれるボディーブローでダメージを負い、そこから連打を許してダウンを奪われた経緯があった。それを反省事項として、伊吹はボディーを喰らった時の耐久度を上げていた。お陰で接近戦を恐れずに打ち合うことが出来た。
「闘い方は今のままでいい。どうせ足が動かないんだろ? 斬り合いみたいな試合になると思うが、先に倒してこい」
「はい」
セコンドアウトの笛。ロブレスコーナーを見やる。いくらか焦っているようにも見えた。
「ラウンド5」
ゴングが鳴った。
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