現地集合

 ――伊吹の世界戦当日。有明の大会場。


「よう」


 会場前に立つ彩音を見つけると、新堂は声を掛けた。彩音も気が付いて、手を振って寄ってくる。


「予想より早く来たね」


「まあ、日崎はいつも早めの時間に来るからな。待たせたら悪いだろ」


「そんなことも言うようになったんだね~。昔は遅刻の常習犯だったのに」


「うるせっ。何年前の話だっつーの」


 軽口を叩き合いながら会場入りする。


 この日の3大世界タイトル戦の興行は日頃ボクシングを観ない人々の間でもそれなりに話題となっていた。大会場ということもあり、後楽園ホールとは規模の違う人数が会場入りしていく。


「昨日の計量は見たか?」


 移動しながら新堂が訊く。


「うん。というか、帰ってきて丈二、すごい怒っていたし」


「そりゃそうだろうな。ありゃあ最初っから体重を落とす気が無かったと言われてもしょうがないレベルだな」


「ねえ、今日、丈二は大丈夫かな?」


「まあ、なんだかんだ伊吹って強豪を倒してきているし。今回も勝っちゃうんじゃないか」


「なんかテキトーだね」


「そりゃテキトーだよ。確率計算なんかでボクシングの勝敗が決まってたまるか」


 そう言うと、二人は会場入りして自分の席を見つけた。伊吹の用意したチケットなので、彩音と新堂は隣同士の席になる。周囲の人間も、何かしら伊吹の関係者である可能性が高い。


「こりゃ~いい席だな」


 二人の席はリングを真正面にした、ほとんどリングサイドの席だった。適度にリングと距離が開いているので、長いこと上を向いて首が痛くなる心配もない。


「ちょっとトイレ行ってくるね」


 彩音が席を立つと、伊吹はその場でスマホをいじりはじめた。今回の試合についての記事を見ていると、SNSやコメント欄で好き勝手な戦前予想が書かれていた。


 予想の大半はロブレスが勝つという内容だった。あとは判定かノックアウトになるかの違いぐらいしかない。


 伊吹もパンチ力はあるが、ロブレスのそれは桁が違うという意見もあった。


「まあ、世間的にはそうだろうな~」


 新堂は厳しいコメントに目を通しつつ答える。こういったコメントはアンダードッグに手厳しくなるものだというのは知っていたので、全く感情的な反応は無かった。彩音や伊吹本人には絶対に見せたくないが。


 しばらくすると、彩音が戻って来た。


「ウンコ出た?」


「セクハラですー」


 彩音が軽く新堂をはたく。下らないことをやっている内に一試合目が始まった。

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