見届ける女

「なんて試合なの」


 客席の彩音は思わず呻いた。


 激戦になることは予想していたが、ここまでのシーソーゲームになるとは思っていなかった。


 どのラウンドでどちらが倒してもおかしくない。一瞬も気を抜けない試合展開となった。


 彩音は複雑だった。一ボクシングファンとしてはこれ以上にないほどエキサイティングな試合だが、闘っているのは伊吹と新堂だ。正直、どちらを応援していいのか分からない。


 伊吹から告白は受けていたが、だからと言って伊吹寄りになるのも違う気がした。なにせ高校時代は打倒内海で三人いつも一緒だったのだ。


 試合が始まってから、いや、起きてからずっと微妙な不快感が胃に残っている。吐き気めいたそれは、間違いなく今日の試合について感じている何かだった。


 この不快感は試合が終わったら消えるのか。複雑な思いを抱えていると、インターバル終了の笛が鳴る。


「ラウンド5」


 ゴングが鳴る。


 こうなったら最後まで見届けてやるしかない。脳裏をよぎる誰かの声。その言葉に従って、彩音は全てを見届けようと思った。


 どんな結果でも受け入れるしかない。それが自分達の歩んだ道なのだから。

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