前を向いて

そんなことがあっても、教室での環境は何も変わらない。



 少しだけ違うのは、イヤホンから流れる音楽が私のお気に入りの音楽なくらいだろうか。



 去年と変わらない席、変わらない教室。


 違うのは、周りのクラスメイト。


 もう苦しくない、なんてそんなことは絶対に言えないし、きっとこれからも私は沢山泣くのかもしれない。



 それでも、もう昼休みは嫌な時間じゃなくて。


 好きな音楽も聴けて。


 たまには、「笑顔」だってある。



 そろそろ次の授業が始まるので音楽を止めようと携帯を開けば、友達からのメッセージが入っていた。


「今度、一緒に遊ばない?」


 私は、「遊びたい!」と短く返信する。次に会ったら、少しだけ……ほんの少しだけで良い。いつもより、素直な笑顔で会えたらいい。



 携帯を片付けて、次の授業の教科書を机の上に出そうとして、机の中に入っていたノートを落としてしまう。

 通りかかったクラスメイトの女の子が拾ってくれて「どうぞ……」と渡してくれた。


「ありがとう!」


 私が笑顔でお礼を言うと、その子が少しだけ笑い返してくれる。



 もうそれだけで十分だった。



 何も変わらない苦しい教室でも、きっと小さな幸せはあるはずで。



「おーい、授業始めるぞー」



 教科書を開く。


 すでにマーカーで淡いピンク色の線のひかれた教科書のページ。


 私は昨日買ってきた新品のマーカーを取り出す。同じ淡いピンク色のマーカー。


 二重でマーカーをひけば、色が濃くなる。きっともっと濃い色のマーカーだったら、文字は読みにくくなっていただろう。




「でも、これなら重ねて塗ってもいいよね」




 だって、こっちの色の方が今は綺麗に感じる。



 だから、明日もその次の日もこの席でこの教室で教科書に線を重ねられたらいい。




 前を向いて過ごせたら、それだけでいいから。



fin.

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マーカーを重ね塗れ、同じ席同じ教室で 海咲雪 @umisakiyuki

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