全校集会

 次の日の昼休みに浅沼くんに会うと、いい意味でいつも通りだった。

 昨日のことには、もう触れずにいてくれる。


「そういえば野中さんさ。結構、音楽聞いてるよね。昼休みに俺が遅れるといつも音楽を聴いて待ってるし。どんな音楽を聞いてるの?」

「えっと……実は、なんか流行りの音楽のプレイリストを適当に流してるだけで」

「じゃあ、音楽全般が好きな感じだ」

「いや、好きな音楽はあるんだけど……」

「……?」


 浅沼くんが不思議そうにこちらを見ている。


「好きな音楽を学校で聴いたら、嫌いになっちゃいそうで」


 あははと、私は笑って誤魔化した。


「聴けばいいじゃん……って、言いたいけど、その気持ちちょっと分かるわ」


 と、浅沼くんも少しだけ笑った。でも、すぐに「でも、やっぱり聞いた方がいいと思う」と言い換えた。


「だってさ、野中さん。俺らは勝手に教室に居づらくなってるだけで、本当は何も悪いことしてないし」

「……」

「野中さん?」

「あ、いや本当にそうだなと思って。なんで、私たちこんなに肩身が狭いんだろうなって思ちゃった」

「あはは、確かにそうだよなぁ。俺ら、本当なんでこんな教室に居づらいんだろ。なぁ、野中さん。変なこと聞くけど、俺と話すの嫌じゃない?」

「嫌なわけない……!」


 浅沼くんの声を遮るように否定した私を見て、浅沼くんはどこか嬉しそうだった。


「……やっぱり、野中さんは優しいよ。俺にいつも勇気をくれる」


 浅沼くんに貰ってばかりは嫌だった。私も浅沼くんに少しでも「勇気」を返せていたのだろうか。


「さ、午後からも頑張るか」

「うん」


 浅沼くんの嫌味のない「頑張る」に、また私は勇気を貰うのだ。


 その日の午後、全校集会があった。

 元同級生と同じ体育館で話を聞く。前の全校集会では、顔を少し下げて、視線を下に向けて、どうか誰にも見られませんようにとただただ願って終わった。

 昼休みにあんな話をしたからだろうか。

 整列した後に少しだけ顔を上げてしまった。無意識に元同級生の列を視線で追ってしまう。

 見慣れた顔が当たり前だけど全員で、見慣れた雰囲気のままだった。


 本当だったら、あの列に「私」もいたはずだった。


 私の本当の居場所は、今並んでいる列じゃない……なんて、哀れな感情が顔を出す。その時、去年同じクラスだった友達と目が合った。私が交通事故にあってからも、留年してからも、連絡をくれ続けた友達。


 友達は私と目が合うと、当たり前のように笑顔で手を振ってくれる。そして、私が手を振り返すと、さらに笑顔になってくれる。


 涙が溢れそうで、下を向いて唇を噛む。


 浅沼くんは、私を優しいと褒めてくれた。


 違うよ、本当はそんな資格ないの。



 本当は、どれだけかなんて表現出来ないほど世界を恨んだ。



 何故、私がこんな目に遭わなければいけないんだと、他の人だったら良かったのに、と思わないなんて無理だった。


 それでも、やっと分かったことがある。






 ねぇ、私、よく聞いて。






 どうか覚えておいて。






 そして、絶対に忘れないで。






「貴方は何も悪くない」






 涙で滲んだ視界はぎゅっと目を瞑って、涙を落としてしまおう。

 そして、見えた世界はきっと前とそんなに変わらないでしょう?


 大きく変わった二度目の高校二年生。


 それでも、今見えている景色は周りの高校生が見ている景色と同じなんだ。


 ねぇ、だから私だって「笑顔」で過ごしてもいいはずでしょう?


 全校集会が終わって、ホームルームが終わった後、私は先ほどの友達に連絡を送った。


「久しぶりに会えて嬉しかった!」


 すぐに既読がついて、帰って来たのはたったの二文字。



「私も」



 私を幸せにしてくれる言葉は、すぐそばに転がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る