第1話
四月のある日、一廉の表情は暗かった。そう、この日は実力テストの日だったからである。一廉は頭を抑えながら呟く。
「う~ん、進級してすぐにテストとはな……」
「……一廉さん、その程度ですか?」
「え?」
一廉の前の席に座る不二静が振り返る。
「どうやら貴方のことを過大評価していたようですね……」
「ええ?」
「この聖英学院は他校よりも教育面に力を注いでいます。この時期に各生徒の学力を見極めるテストを行うことは至極当然のことです」
静が眼鏡をクイっと上げる。
「は、はあ……」
「ふう……」
一廉の反応に静はため息をつく。一廉は面食らう。
「ろ、露骨なため息!?」
「どうやら私の完全なる見込み違いだったようですね……」
「み、見込み違い? どういうことだい?」
「昨年度の貴方はちょっとばかり出来過ぎだったということです」
「で、出来過ぎ?」
「今日のテストで完全に貴方と私の違いがはっきりとするでしょう……」
「む……」
「先日も申しましたが、私は負けませんから……」
「……」
静と一廉が見つめ合う。
「おお~早速バチバチだね~」
一廉の右隣に座る四恩が笑う。
「若干不二ちゃんの一方通行っぽいけどね……」
四恩の後ろに座る大五が苦笑気味に呟く。
「……テストを配ります」
教師が声をかける。テスト用紙が配られる。
「……全員に渡りましたね? それでは、はじめ……!」
全員がテストに取り掛かる。
(まずは国語! 得意科目です。ここでつまずいていられない……!)
静が問題にとりかかる。
(む! こ、これは……!)
静の顔がちょっと険しくなる。
「……はい、そこまで。十分の休憩後、次のテストです」
休憩が終わる。
「……では、次のテストです。用紙は行き渡りましたね? ……はじめ!」
(次は数学! 一応文系のクラスとはいえ、この聖英学院は〝文理両道〟を生徒に求める学校! 理数系の範囲もしっかりと学習済です!)
静が問題用紙を見る。
(むむ! こ、これは……!)
静の顔が少し険しくなる。
「はい、そこまで。休憩後、次の科目です」
休憩が終わる。
「次の科目です。用紙は行き渡りましたね……はじめ!」
(次は社会科科目! 歴史は得意です。日本史だけではなく、世界史もばっちり! 地理も完全に頭に入っています! 『歩くメルカトル図法』とは私のことです!)
静が問題用紙に目をやる。
(むむむ! こ、これは……!)
静の顔がやや険しくなる。
「はい、そこまで。昼休みを挟んで、午後一時から次の科目です」
約一時間の昼休みが終わる。
「それでは次の科目です……はじめ!」
(次は理科科目! これも網羅しています! ノーベル賞全部門総なめを狙う私にとっては通過点に過ぎません!)
静が問題用紙に目を通す。
(むむむむ! こ、これは……!)
静の顔がかなり険しくなる。
「……そこまで。休憩後、最後の科目です」
休憩が終わる。
「それでは最後の科目です……はじめ!」
(最後は外国語! 英語だけでなく、中国語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、ヒンディー語、アラビア語などに精通している私には簡単なことです!)
静が問題用紙をじっと見る。
(むむむむむ! こ、これは……!)
静の顔がだいぶ険しくなる。
「そこまで。お疲れ様でした……6限目は自習時間ですが、お静かに。その後ホームルームもありますので、帰らないように」
教師が答案を集めて、教室の外に出る。約一時間後、教師が戻ってくる。
「……お待たせしました。ホームルームですが、採点した答案用紙をお返しします」
「も、もう採点が終わったのか、早いな、いつものことながら……」
「教員の皆様は優秀でいらっしゃいますから……」
一廉の呟きに静が反応する。
「……皆さんの一層の奮起を促す意味でも、科目ごとに成績優秀者を何名か発表させていただきます」
「縁のないことだね……」
一廉の後ろの席に座る六花が苦笑する。
「……成績不振者も何名か発表しますか?」
「あ、悪趣味では? 美術科ならあり得なくもないが……」
六花の反応に教師がふっと笑う。
「冗談です。それでは、まず国語から……不二さん、98点。一廉君、95点……」
「よっし!」
静がガッツポーズを取る。右隣の三冠が声を上げる。
「驚かすな、不二! 大体、テスト中から『むむっ⁉』とかうるせえんだよ!」
「あら、声に出ていましたか?」
「ああ、お陰で集中出来なかったぞ!」
「それは申し訳ありません」
静が三冠に向かって素直に頭を下げる。
「ま、まあ、小さい声ではあったけどよ……」
「しかし、お言葉ですが……」
「あん?」
「……集中したところで三冠さんにはどうにもならなかったのでは?」
「本当にお言葉だな!」
「古文で平安時代を取り上げるのは予想がついたけど、まさか源氏物語の感想を古語を交えた随筆風にまとめよ、とはね……」
一廉の左隣の席に座る八神が両手を広げる。
「そこはなんとかなったのだけど、漢文でミスったな……」
一廉が呟く。
「なんだよ、孔子の論語の一節だろうが」
一廉の左斜め前の席に座る九龍が振り返って笑う。八神が反応する。
「ほう、分かったんだね、紫萱、さすがだ。では、問六の問題について教えて欲しいのだけれど……」
「……考えるな、感じろ……」
「前言を撤回するよ……」
九龍の答えに八神が苦笑する。
「続いて数学ですが……一廉君、97点、不二さん、93点」
「やられた!」
静が両手で頭を抱える。三冠が呟く。
「一廉が一点リードか……」
「まさか『ナビエ–ストークス方程式の解の存在と滑らかさ』について解を示せとは……」
「さっぱり分からん……」
静の説明に三冠は首を捻る。
「現代数学の未解決問題の一つです……」
「それが分かったのかよ、一廉⁉」
「いや、自信はないよ、否定的な解決だ」
三冠に対して、一廉は手を左右に振る。
「それでも学会の検証次第では100万ドルの懸賞金が出る可能性があります……」
「! 凄いね~」
「スケールが大きいわ」
静の呟きに四恩と大五が目を丸くする。
「……それが分かる分からないで4点差、点数配分おかしくないか?」
六花が首を傾げる。
「続いて社会科ですが、不二さん、98点、一廉君、96点」
「よし!」
「コロンビアの歴史、地理、政治経済までは分かったけど、暗躍する麻薬組織の倫理観までは分からなかったな……」
ガッツポーズを取る不二の後ろで一廉が鼻の頭をこする。
「わたくしもコーヒー豆の種類でコロンビア縛りというのはピンと来たのだけどね~」
「麻薬組織の倫理観を理解しちゃ駄目だろう……」
自らの頬を撫でる大五の隣で六花が戸惑う。
「ただ国名が……コスタリカと書いてしまいました……」
「いや、そこまでいって、肝心なところを間違えるなよ……」
嘆く静の左隣の九龍が呆れる。
「不二殿が一廉殿を再逆転でござる!」
一廉の左斜め後ろに座る七宝が興奮気味に声を上げる。
「だが、まだ1点差だ……」
七宝の前に座る八神が自らの顎をさすりながら呟く。
「続いて理科科目ですが……一廉君、97点、不二さん、96点」
「くっそ!」
静がまた頭を抱える。
「しずちゃん、のんちゃんみたいな言葉遣いになっちゃっているわよ」
四恩が静を注意する。三冠が振り返る。
「そこで人の名前を出すなよ!」
「ハイゼンベルクの不確定性原理の不確かさを見落とした……」
「ひ、人の名前だというのは辛うじて分かるけどよ……」
静の呟きに三冠が戸惑う。
「されど、これで両者同点でござる!」
「ああ、実に興味深いね……」
七宝の声に八神が頷く。九龍が笑みを浮かべながら八神に問いかける。
「八神自由、どっちが勝つか賭けるか?」
「賭けない」
「そうか……」
八神の即答に九龍は若干しょんぼりする。
「賭けるならせめて試験が始まる前だろう……」
六花が小声で呟く。
「それでは外国語ですが……不二さん、99点!」
「おおっ!」
「よっしゃあ!」
三冠が驚く横で静が派手なガッツポーズを取る。大五が首を傾げる。
「あら? 一廉ちゃんは?」
「……一廉君、100点!」
「おおおっ!」
七宝が声を上げる。
「最後の問題は……?」
静が振り向いて一廉に問う。
「エスペラント語だよ」
「ラテン語に似ている単語だと思ったのですが……」
「ラテン語っぽいのは拙者も気付いたでござるが……」
静と七宝が俯く。
「それでも1点差って、配点がおかしいだろ……」
六花が呆れながら呟く。
「……と、いうことは?」
四恩が首を捻る。
「……不二さん、484点、一廉君、485点! 一廉君がこのクラス、さらに学年ナンバー1です!」
「ぐっ!」
静が頭を抱える。一廉が口を開く。
「……ありがとう、不二さん」
「え?」
静が一廉の方を見る。
「テスト前に君が発破をかけてくれたからだ。お陰で高い集中力を持って臨むことが出来たよ。ありがとう」
一廉が右手を差し出す。
「え、ええ……」
静が困惑気味に握手に応じる。
「これからもお互いに高め合っていこう」
「た、互いに高め合う!?」
「良きライバルで愛すべき友人だからね」
「あ、愛すべき!?」
一廉の思わぬ言葉に静の顔が真っ赤になる。
「おや、体温が急に上がったような……風邪かい?」
「な、なんでもありません!」
静が握手を振りほどく。
「そ、そうか……」
「まだまだ中間試験や期末試験もあります! 私たちの戦いはこれからです!」
静の叫びがクラス中に響くのであった。
ヒトカドくんは八方ふさがり! 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji
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