第25話 通してやれ
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副騎士団長は騎士たちを乗り越えグラウンドを駆け抜けると建物の中へ駆けこんでいった。
本人的には全力で駆けているわけだが実際の速度は歩く速さだ。
ほぼ同じ速度で副騎士団長を俺は歩いて追いかけた。
グラウンドにいた人間はすべて『石化』していたが建物の中には当然だが他の騎士団員たちがいる。
副騎士団長は騎士団員を見つけるや
その時には俺は騎士団員を『石化』させている。
自分が話しかけようとした人間が次々に石になっていくと分かると副騎士団長は諦めて階段を登りだした。
危機管理上、危険な敵である俺を騎士団長の元まで誘導してしまう行為は如何なものか。
無様な悲鳴を上げていない点は騎士の矜持として認めてあげたい。
もしくは仮に無様でも同胞に対して危機を告げるべきではないのだろうか。
階段には各階の中間に踊り場があるので上る途中で進む向きが変わる。
副騎士団長は踊り場の上、俺は踊り場の下。副騎士団長より十数歩遅れて歩いている俺は踊り場部分で副騎士団長と顔を見合わせた。
全速力で歩く姿はスローモーションの映像の様でどこかコミカルだ。
まるで化け物を見る様な目で副騎士団長は俺を見ていた。
失礼な。俺はメデューサか何かだろうか。
今頃、副騎士団長は騎士団の魔物対策の必要性を痛感していることだろう。
階段を上がった先はロビーの様に廊下が他よりも広くなっており正面に観音開きの立派な装飾を施した扉があった。
扉の左右に騎士団員が立っている。
今日の騎士団長付の当番なのだろう。
必死の形相で階段を
数段遅れて俺も上がって来ているので当番兵たちは俺の顔も見た。
『石化』
その姿のまま当番兵たちは石になった。
副騎士団長は脇目も振らずに観音開きの扉の一方を引いた。本来であれば当番兵が役目の仕事だ。
「閣下、お逃げください!」
事ここに至ってようやく大声を出して副騎士団長は中に叫んだ。
騎士団長を逃がす目的があったならば俺をこの場に案内してしまってはやはり駄目だろう。
副騎士団長は騎士団長室に転がり込んで床に倒れた。
ゆっくりだったがグラウンドからここまで全力疾走だ。息も切れただろう。
俺は副騎士団長が開けた扉が締め切らないうちに手で止めた。
室内を覗き込むと窓を背にして執務机の椅子に座っていた騎士団長が倒れ込んできた副騎士団長に駆け寄ろうと立ち上がったところだった。
騎士団長と俺の目があった。
「誰だ、貴様は?」と騎士団長の静かな誰何の声が飛んだ。
「知ってるだろう? さっきここから見てたじゃないか」
俺は室内に侵入した。
扉をそっと閉めてロックを掛けた。
騎士団長は俺に対面したまま、ちらりと右側の壁を見た。
壁には隣室へ続く扉があった。
想像するに騎士団長秘書室とかそんなところか。
特別な来客でもない限り普通は廊下から直接騎士団長室には入らず隣室の秘書を通すものだ。
「閣下?」
心配そうな声と共に秘書室側の扉が開いた。
壮年の騎士が怪訝な表情で顔を出した。騒ぎに気が付いた秘書だろう。
ドアノブを握ったまま秘書が石になった。
そのまま秘書がストッパーになって扉が半開き状態で固定された。
後には誰も続かないので隣室にいた秘書は一人だけか。
「あんたが騎士団長?」
俺は逆に問いかけた。
「領主のお兄ちゃんであってるかな?」
騎士団長は無様を晒さず俺に向き直ると傲然と胸を張った。
その際、ちらりと窓の外に眼をやり一瞬見開いた。正しく状況が呑み込めたのだろう。
「いかにも。儂がこの領都騎士団を預かるアルフレッド・ルンヘイムだ」
三十代半ばぐらいと見受けられた。
鎧は着ておらず軍服であったため均整の取れた良い体つきをしている事実が余計よくわかった。生まれに胡坐をかいてしまわず、きちんと鍛錬が出来ている類の人間だ。
まったく堂々とした態度だった。
面と向かうと自分が安っぽいチンピラになったように感じられて育ちの違いがよくわかる。実際そのとおりなのだが。
「ギンだ。実力試験を担当した【支援魔法士】だ」
見ていたのであるから言うまでもなく騎士団長は俺が誰であるか分かっていた。
「ご苦労だったな」
「結果を直接ご報告に伺ったんだが」
「聞こう」
その時漸く副騎士団長が起き上がった。
騎士団長を背後に庇うようにして俺の前に立つ。
バフはまだ効いたままだ。動きがひどくゆっくりしている。
「この期に及んでできることはない。良い」
騎士団長は応接用のソファを目で俺に促した。座れということらしい。
応接セットまで歩いて自分はさっさとソファに座った。
俺も倣った。クッションに深々と体が沈み込む。
副騎士団長は騎士団長の背後に立って俺に護衛ムーブをかましてきた。
騎士団長のおっしゃるとおり確かに、この期に及んで、だ。できもしないのに変な圧力はかけないでもらいたい。
石にしてしまおうかと思ったが騎士団長と行うこれからの会話を聞いておいてはもらいたい。騎士団長の判断を受けての実際の行動は本人ではなく副騎士団長が差配することになるはずだ。
『麻痺』
俺は立った状態のまま副騎士団長の肉体を痺れさせた。
『石化』や『眠り』だと意識まで刈り取ってしまう。『麻痺』ならば意識は残っている。話を聞く行為はできるだろう。
俺は騎士団長に報告を行った。
「騎士団員の探索者としての実力はゴブリンレベルです。その後の検証作業の結果は見てのとおりです。閣下の真意は存じあげませんが自重して騎士団を育成すべきかと」
「そのようだな。具体的な強化策は何かあるのか?」
「さあ」
俺は両掌をひっくり返して見せ、お手上げだのポーズをとった。
「そこはハンドリーと相談してください。領主から派遣された本来の指導役です」
「ああ、いたな」
「報告は以上です。では」
俺は立ち上がった。
慌てた様子で騎士団長が口を開いた。
自分の首にとんとんと手刀を当てる動きをしながら、
「貴様はメルトの意を受けて動いていたわけではないのか?」
「誰です、それ?」
「弟だ」
ああ。
「俺はハンドリーから実力試験の手伝いを頼まれただけなので」
設定は最後までブラさない。
「自分は平穏を望む人間なので、ちょっかいはこれきりにしてもらえますか?」
「約束しよう」
俺は入ってきた扉から出るべく移動するとロックに手をかけた。
「そうそう」と騎士団長を振り返る。
「『麻痺』は放っておけば時間で解けるでしょう。『石化』については騎士団の伝手でも何とかなりましょうが、もし俺に『解除』を希望される場合は探索者ギルドのヘレンまで個人依頼の連絡をお願いします。小金貨一枚で承りますが面倒なのでバラ売りは受け付けません。それでは」
俺は扉のロックを外して扉を押し開いた。
扉の裏には異常を知った騎士たちが集まっていて開く扉の動きに合わせて後退った。
俺を前にしてどうしたものかという態度をとっている。
そりゃそうだろう。石にされちゃうかも知れないしな。
「通してやれ」と部屋の中から騎士団長の声が飛んだ。
「ハ!」
騎士たちは一斉に左右に避けた。階段まで俺の通れる道が開けた。
対象者を一箇所に集めてくれれば一回で『解除』するよというつもりだったが騎士団長が一人に付き小金貨一枚払ってくれちゃったのは別の話。
一日の出張で小金貨一枚、十万円ももらえるならばそれで十分だって普通は思うだろう? あるところにはあるらしい。
もし目が覚めていたらグラウンドで途方にくれているだろうハンドリーを拾いに俺は階段を下った。
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12月22日現在、総合週間ランキング166位。異世界冒険週間ランキング39位でした。
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よろしかったらそちらも読んでいただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。
仁渓拝
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