第23話 列はまったく伸びなかった。

               23


「試験だからな。中断はなしだぞ」


 副騎士団長が念を押してきた。


「もちろん」と俺。


「試験代金の支払いは俺の手を握る前にお願いします。審判はあなたが?」


「うむ。では最初の者」


 副騎士団長の言葉で五列の内、向かって左端の列の先頭の騎士が前に出てきた。


 どういう選抜基準でどういう順番に並んでいるのかは俺には分からない、


 筋肉の塊みたいな男ばかりであることは分かる。恐らく怪力が選抜基準の一つにあるだろう。腕相撲だし。


 相手は演壇を挟んで俺の前に立った。


「よろしくお願いする」と銀貨三枚を演壇の上に置いた。それくらいの言葉を口にする礼儀は持ち合わせているようだ。


 探索者と違って皆、それなりに年齢がいっている。見かけ上の俺よりも上だろう。


 ということは、ハンドリーよりも上になる。元探索者云々もあるかも知れないが単純に自分よりも若い指導役は誰だってやりづらいだろう。


「こちらこそ」


 俺はポケットから中身が入っていない布の巾着袋を取り出した。ヘレンと買い物をした際に背嚢内での荷物の小分け用に併せて買った物だ。


 銀貨三枚を手に取り口を開けた巾着袋に投げ込むとハンドリーに巾着袋を手渡した。


「代金を集める役をやってくれ」


 あらためて演壇に肘をつき相手の手を握る。


 副騎士団長が俺と相手の手を包み込むように両手で抑えた。


「良いかな?」


「はい」と相手。


「ああ」と俺。


「レディ、ゴッ」


 声がかかるなり相手の手の甲を俺は演壇に叩きつけた。


「ゴブリンレベルだ」


 俺は適当に講評を告げた。


 ゴブリンより上を何レベルと呼ぶかは、まだ考えていない。


 さすがに折りはしなかった。百人の腕を折るほど叩きつけ続けたら演壇が壊れるだろう。


 先頭の男が無様に俺に負けたため順番待ちの騎士団員と俺たちを囲んでいる騎士団員たちが一斉にブーイングをした。俺に対してではなく負けた騎士団員を揶揄っている。


「次」


 副騎士団長が無表情に次の団員を呼ぶ。


 結果は、ゴブリンレベルだった。


 再びブーイング。


 淡々とゴブリンばかりが続々と続いていく。


 いつしかブーイングは一切かからなくなっていた。


 俺が相手を負かすために逆に沈黙が深くなっていく気さえする。


 端で見ていて副騎士団長が明らかに不機嫌になっていく様子が見て取れた。最初は「次」と鷹揚に促しているだけだったが今や負けた騎士団員を罵倒し、次の騎士団員に、負けたらどうなるか分かっているな、と脅しの言葉すらかけている。


 審判として如何なものか。


 とはいえ、勝敗は明らかであるから判定に贔屓の余地もない。


 騎士団員はゴブリンばかりだ。


 列も四列目の半ばとなり俺に『毒』入りの茶を運んできた騎士団員の順番が再び訪れた。


「俺が負けない可能性に備えろと進言しなかったのか?」


 演壇前に立った旧知の騎士団員に対して俺は囁いた。


「したところで自分の目で見なければ納得できないだろう。見ても納得できん。なぜ、けろりとしているのだ?」


 俺が疲れていないことに対してだろうか、それとも俺の腹が壊れていないことに対してだろうか。


「相手がゴブリンレベルだからな」


 副騎士団長を前にして俺ははっきり言ってやった。


「これでは本物のゴブリンにすら負けるんじゃないか? 真面目に魔物対策をとるべきだろう」


 相手全員の骨を砕くほど力を入れているならばともかく普通に腕相撲をしているだけなので俺はまったく疲れていなかった。せいぜい撫でている程度の力の入れ具合だ。


 もちろんバフを重ね掛けしているためだが使うのは当然だ。それが【支援魔法士】


 副騎士団長が俺の軽口に噛みついた。


「【支援魔法士】如きが我らをゴブリン以下と愚弄するか!」


「だから『鍛えろ』と領主に指導役をつけられたのでは? そのための現状把握だ」


 誰が『如き』だ。人のことを職業だとか学歴だとか育ちだとかで判断する類の人間とは昔からそりが合わない。人の中の価値ある部分はそこじゃないところだと俺は思っている。


「ちっ」と副騎士団長は吐き捨てた。大分、沸騰してきた模様だ。これまで騎士団には良いところなしなのだから仕方ないだろう。


 副騎士団長が、ちらちらとさっきまでいた建物に眼をやる動きに俺は気付いていた。


 騎士団の練兵場の建物は石造りの三階建てだ。


 各階とも横並びに窓がいくつも並んでいたが二階の中央部分の窓だけ意匠がその他よりも豪華だった。もちろん騎士団長の部屋の窓だろう。団長たるもの時には窓から騎士団員の練兵風景を見守って当然だ。


 ずっとブーイングの声が上がっていたはずなのに一転して異様に静まり返ったともなればさすがに気になっているに違いない。


 俺はあからさまに二階の窓を見上げた。


 窓の向こうにこちらを見ているらしい人影を発見した。恐らく騎士団長様だろう。


 騎士団長が自ら訓練の場に出て来る必要はないけれども汚れ役だけ人にやらせる態度は如何なものか。もし俺がこのまま勝ち切った場合には、どのような行為を副騎士団長に指示しているのだろう?


「上司に管理されてて大変だな」


 俺は嫌味を言ってやった。嫌味でありつつも本心だ。


 上司が馬鹿だと部下は苦労する。


 どこの世界でも真理だろう。俺も無茶ぶりは山ほど受けた。


 因縁の騎士団員との二度目の対戦も俺が勝った。今度は腕を折らずにすませた。


 一度俺にグチャグチャに腕の骨を折られたというのに再び俺の手を握った胆力は立派なものだ。


「ふむ。あんたはホブゴブリンレベルだ。精進したな」


 ゴブリンレベルの上はホブゴブリンレベルということにした。


 再戦ということもあってか、ほんの少しだけこれまでの騎士団員たちよりも長持ちした。


「残り三十人ぐらいか」


 列の残りを見ながら俺はハンドリーに声をかけた。


 七十人を負かしたことになる。銀貨三枚が七十人で銀貨二百十枚。締めて二百十万円也。


 それだけ入った巾着袋をハンドリーが手にしている。塵も積もればデカイ。


「一度終わった者は休んでいないでどんどん列に並び直せよ」


 副騎士団長が負けた団員たちに檄を飛ばした。なりふり構うような余裕もないのだろう。


「但し、何度目でもその都度代金はもらうぞ」と俺。


 本当のところ試験の代金を騎士団員本人が出しているのか立て替えているだけなのかを俺は知らない。前者だとしたら明らかに負けると分かっている勝負に並び直す人間は少ないだろう。後者であり後で騎士団が返してくれるのだとしても腕を折られるのは嫌だろう。


「そろそろ体が温まってきたから勢い余って腕折っちまったらすまん。回復担当に治してもらってくれ」


 宣言どおり次の騎士団員の腕を俺はへし折った。


 その次も折る。


 列はまったく伸びなかった。




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                                  仁渓拝

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