第22話 さっさと始めよう

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 二杯目のお茶には『毒』は入っていなかった。


 ここから推察される状況として騎士団は俺の体調を崩したいとは思っていても殺そうとまでは思っていない。


 ということは体調を崩した俺との腕相撲を受け入れるつもりがあるということだ。


 正々堂々ではなかったが俺に腕相撲で勝ってハンドリーに辞めてもらう方向で騎士団は動いているのだろう。


 穏便である。


 少なくとも訓練中の事故を装って俺とハンドリーを消してしまおうとは考えてなさそうだ。今のところは。


『毒』を飲んでも俺が負けなかったならば騎士団はどうするのだろう?


「昨日、俺と腕相撲をしにギルドに来たのはあんたの意思か? 腕を潰されて戻ったから騒ぎになっただろう?」


 俺はお茶のお代わりを持って戻ってきた男に訊いてみた。相棒も一緒にいる。


「とんだ恥をかいた」


「すっかり治っているみたいで良かったな」


「騎士団には腕のいい【回復魔法士】がいる。即死と欠損以外ならばほぼ治せる」


「平民の【支援魔法士】如きにやられたと俺を逆恨みしてくれるなよ。この後、何人もが同じ目に合うんだ。恥は薄まるよ」


「ぜひ再戦を願いたいな」


「お代さえいただければ相手が誰でも何人でも。それでも俺が負けない可能性を今度こそ考えているのか? あんたを俺の元に寄越した誰かに進言しておいたほうがいいぞ。くれぐれも俺を逆恨みしないでくれ。腕相撲が得意な探索者として、ただ雇われただけの身だ」


 俺は別に領主派でも何でもないのにハンドリーと行動を共にすることで、すっかり領主派だと見なされているだろう。ハンドリーにあくまで雇われただけだと主張しておく。


 もっともそれ以前に騎士団員の腕を握り潰しているのだからそもそも敵認定されているか。保険はかけられそうになかった。


「騎士団員が何人いると思っている。力自慢だけでも百人じゃ利かないぞ」


 男ではなく相棒のほうが強気になって口を開いた。そんな言葉が出るということは俺が勝ってしまう事態は、やはり想定していないようだ。


「銀貨三百枚は確定か。悪くない。あんた、昨日は出番がなかったが今日はどうする?」


「貴様が疲れた頃に相手をしてやる」


「騎士団総出で【支援魔法士】の俺に勝てなかったら責任者の進退に関わるな。領主が騎士団長を更迭するきっかけにならなきゃいいが」


 俺が嫌味を口にすると二人組は顔を引き攣らせた。


 その時、部屋の扉がガチャリと開いてハンドリーが入って来た。


「話はまとまった。準備はいいか?」


「始める前にトイレに行かせてくれれば問題はない。腹がちょっとな」


 二人組が視線を交わした。俺に『毒』が効いているとでも思ったのだろう。ブラフだ。


「おいおい、そんなんで大丈夫か?」


 ハンドリーが呆れたように俺に言う。


 二人組がそそくさと部屋を出て行った。


「騎士団長様と話してきたのか?」


 俺はハンドリーに確認した。


「まさか。俺に話ができるのは副団長までだよ。それだってお貴族様だ」


「じゃあ騎士団長様は落としどころとしての実力試験実施を知らないのか?」


「どうだろう? 俺が話を終えた後、副騎士団長はしばらく席を外したので騎士団長に説明と指示を仰ぎに行ったのだと思うが」


「あんたが指導役を辞めると領主の耳に入るだろうからな。騎士団長に黙って勝手な真似はできないか」


 騎士団が騎士団長の心情に忖度をして領主に反抗的な態度をとっているという線ではないのだろう。騎士団長も同意の上だ。反抗的な態度が領主に成れず面白くないからというだけの理由ならば良い。もっと本格的な反抗心を持っているようならば問題だ。


 俺はハンドリーに連れられて建物から練兵場のグラウンドに出た。


 学校の校庭みたいに踏み固められた土がむき出しになった空間だ。


 グラウンドのど真ん中に講演者が使うような演壇が一台置かれている。


 とはいえ講演に使う演壇と違っているのは講演者の手元が隠れるようにはなっていない点だ。単純に天板が平らな背の高い机だった。


 俺が立ったまま少し屈むと演壇の上に丁度肘が乗る程度の高さだ。立って腕相撲をするのに具合がいい。そのために用意された物なのだろう。


 演壇の前には百人ほどの屈強な騎士団の男たちが五列に別れて並んでいた。俺の対戦者たちだと思われる。


 演壇の近くには他にも何人かの男たちがいる。それら全員と演壇のさらに周りを千人近い別の騎士団員たちが囲んでいた。物凄くシュールな光景だ。


 囲んでいる騎士団員たちが割れて俺とハンドリーの通り道がつくられた。


 俺たちは演壇に近づいた。


 俺たちが通りすぎるや包囲の輪が元に戻っていく。何か事が起きても、ちょっと逃げられそうにない状況だ。


 騎士団員たちは全員、俺とハンドリーを仇か何かのように睨んでいた。


 確かに俺は昨日彼らの仲間の一人の手を握り潰しているので仇と言えば仇だ。


 恐らく副団長なのだろう一際豪華な鎧を着た男が「ルールの説明を」とハンドリーに促した。どう決めたのかはわからないが対戦相手の選抜と対戦台の設置ができているのだから、これから何を行おうというのか、この場にいる騎士団員たちは承知しているのだろう。


「はい」と、ハンドリーが五列になっている騎士団員たちに向き合った。


 対戦相手も対戦相手以外の騎士団員もハンドリーも俺以外の全員が鎧を着用していた。たかが腕相撲なのに大袈裟だろう。


 ハンドリーが朗々と口を開いた。


「今日は諸君らの対魔物戦に対する現在の実力を探索者の流儀に則って腕相撲で調べたい。俺が探索者ギルドで【支援魔法士】に腕を折られた話は全員聞き知っているだろう。試験官としてその【支援魔法士】を連れてきた。万一諸君らの一人でも腕相撲で彼に勝てたならば騎士団には対魔物戦の能力は十分あるからと俺は指導役を辞任し、その者を次の指導役として領主に推薦しよう。但し【支援魔法士】には腕相撲一戦につき銀貨三枚の支払いを約束している。試験を希望する者は対戦時に事前に自腹にて支払われたい。諸君らが俺の様に無様に腕を折られないことを期待する。以上だ」


 試験を希望する騎士団員たちの視線が一斉に俺に突き刺さった。


 副騎士団長がハンドリーの言葉の後を引き継いだ。


「腕が折れても治療班が直ちに治すから心配は無用だ。治療後は列の後方に再び並べば再戦も可能である」


「それではキリがない!」


 再戦可能とする話は聞いていなかったのかハンドリーが反論した。俺が負けるまで試験を続けようという副騎士団長の腹なのだろう。


「再戦だろうと、その都度銀貨三枚をいただけるならば俺は構わない」


 副騎士団長は俺の言葉に嬉しそうに笑った。


「【支援魔法士】殿の腕が折れた場合にも治療は致しますからご安心を。何としても希望する全員の試験はしてもらわなければなりませんからな。但し、その場合は治療費として相応の額はいただきますが」


「ご配慮痛み入る」


 そんなことになったら稼ぎを全部持って行かれそうだ。


 何度俺の腕が折れて俺が泣きを入れようが、全員終わるまでは絶対に逃がさないというつもりだろう。場合によっては、どこか適当なところで負けて帰る手も有りかと思ったが、やはり無しだ。


 となると予定どおり勝つだけだった。


「さっさと始めよう」


 俺は演壇の前まで進むと右肘をついて、にぎにぎとした。




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                                  仁渓拝

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