第21話 お代わりを持って来よう

               21


 俺はハンドリーと領都騎士団の練兵場まで歩いた。


 領都は全体を壁で囲まれている。


 領都を囲む壁の外側に接する形で都市のはずれに、やはり壁で囲まれたダンジョンの入口がある。ダンジョンは入口部分だけしか囲まれていないので都市全体を囲む壁の広さに比べればダンジョンを囲む壁の範囲はごくわずかだ。


 領都を囲む壁のほうがダンジョンを囲む壁よりも高い。


 仮にダンジョン内の魔物がダンジョンを囲む壁を越えて溢れても、いきなり領都の中には入らず、まずは領都の外の地面に落ちるようになっている。


 幸いなことに、これまでダンジョンが溢れた事例はないらしい。


 厳密には領都の地下にもダンジョンは広がっているので、ある意味ダンジョンの上に領都があると言っても間違いではない。


 やはり幸いなことに、これまで地面に穴が開いて街中にダンジョンの魔物が出てきた事例もないらしい。


 領都騎士団は対魔物用の騎士団ではなく他国や他領地からの領都への侵略に対して備えるのが主目的の集団だ。対人戦のための騎士団である。


 大規模な魔物対策が必要な場合はDランク以上の探索者が動員されて対応をとることになっているので必要に応じて協力はするものの本来は魔物相手の戦闘は行わない。


 領都騎士団の練兵場は市街地を挟んでダンジョンとは反対側の壁に近い場所にある。


 一方、探索者ギルドはダンジョンに比較的近い場所だ。


 要するに領都の端から端まで俺たちは歩くことになった。


 歩きながらハンドリーに疑問に思っていることを確認する。


 いくら領都騎士団のプライドが高いといっても探索者に指導されたくないというだけの理由で領主の命令に背くような真似をするのはやりすぎではないか?


 シンプルにそんな疑問だ。


 答えは厄介な話だった。


 先年、前領主が病で亡くなったが亡くなる前に長男ではなく次男に家督を譲った。


 前領主の領地の運営方針はダンジョンの攻略を進めダンジョンから得た富により領内を発展させようというものであるのに対して、長男はダンジョン頼りではなく領地の拡大を考えるべきだという思想の持ち主だった。次男は前領主と同じ方針の持ち主だ。


 家督相続はつつがなく行われ国王からも無事に承認されたことでこれまでどおりダンジョンの富による領内の発展という領地の運営方針が継承された。


 前領主の時代、軍の総司令官は前領主、領都騎士団の騎士団長は長男であった。次男はダンジョン担当だ。


 領主が変わり総司令官は立場上次男である新領主となったが騎士団長は前領主時代から引き続き長男が務めている。変更する理由は特にないし変更したとして長男にあてがう別の適切なポストもないためだ。ダンジョンについては長男よりも新領主である次男のほうが造詣が深い。変更しないほうが適材適所だ。


 新領主は就任後ダンジョンから得る富を拡大するための施策として探索者の優遇を推し進めた。


 あわせて、訓練以外に実働の少ない領都騎士団には訓練を兼ねてダンジョン探索も行ってもらいたいとし、前段として自身が雇用する引退した探索者を指導役として騎士団に派遣すると兄に伝えた。


 もともと領都騎士団は長男を支持している。


 騎士団は探索者による指導行為そのものも嫌ったが新領主が自身の息がかかった指導役を長男の配下である騎士団に対して送り込む根本的な理由は、新領主が騎士団への自身の影響力を高めたいと考えているのではないかと考えた。魔物対策などやりたくはない。


 そのため領都騎士団は新領主の動きを警戒している。


 というのが、ハンドリーが推察する騎士団が領主の意向に沿わない理由だ。


 もし事実だとすれば思った以上に領都騎士団は領主に対する真剣な反抗勢力だ。


 そう推察しているにもかかわらず、領主に雇われ、ある意味敵地である領都騎士団の指導役に着任したハンドリーの胆力は凄いと俺は思った。指導を拒否されるぐらいならまだしも、訓練に熱が入りすぎたと集団に襲われて消されても不思議ではなさそうだ。


 俺たちは領都騎士団の練兵場に到着した。


 ハンドリーは上役の元へ説明に向かい俺は来客用の控室で待たされた。


 しばらく待っていると二人組の騎士がやって来た。


 昨夜、見た顔の二人だった。俺に手を握り潰された男と審判役をした相棒だ。


 手を潰されたはずの男は茶を載せた盆を両手で持っていた。手に怪我はなかった。


「すっかり治ったみたいだな」


 俺は盆を持つ男に笑いかけた。


「騎士団の治療担当は優秀だ」


 男はムスッとした顔で俺の前に茶を置いた。


「指導役が騎士団員個々の実力を測りたいらしい。あんたらと腕相撲をやりにきた」


「らしいな。まだ、しばらく話はかかりそうな気配だったぞ」


「そうか」


 俺は置かれた茶を、こっそりと『鑑定』した。


『毒』という結果が脳内に出た。致死量ではなく腹を壊す程度の強さらしい。


 下り腹で腕相撲みたいな力む動きはしたくないな。


 俺は茶に『解毒』をかけた。『毒』が消えた。


「探索者ギルドからここまで歩いて来たので喉が渇いた。いただくよ」


 俺は二人が見ている前で、ごくごくと茶を飲み干した。


 二人組は特段表情を変えたりはしなかった。


「お代わりを持って来よう」


 何事もなかったように二人組は部屋を出て行った。


「ありがとう」


 腕相撲で小銭を稼ごうだなんて安易に考えるべきじゃなかった。




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                                  仁渓拝

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