第20話 むしろずっとFのままでもいい
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「実力試験なら直接俺が腕を試せばいいだろう。腕相撲である必要はない」
ハンドリーは至極当たり前の理屈を言った。
「あんたと戦ったらボコボコにされるのは自分だって騎士団員は皆わかってるさ。そんな気概がある奴らならそもそも俺のところに人は寄越さない。『オーガキング』と腕試しをする勇気はないが【支援魔法士】と腕相撲なら痛くはないし勝てそうだろ。うまくいけば『オーガキング』の評判を落とせるかも知れない。そう思った本人は物凄く後悔しただろうが」
俺は昨日の騎士団員の姿を思い出して少しやりすぎだったかと反省した。
俺の手にがっちり万力みたいに挟み込まれて掌と指がめきめきと潰されていくのに引っ張ろうが何しようが外れなかったのだ。
もともと自分から吹っ掛けてきて返り討ちにあっただけだから自業自得だと言ってしまえばそれまでだが周りの探索者たちもドン引きしていた。
「話を整理するぜ」と俺は気を取り直して言葉を続けた。
「騎士団の奴らは向上心がないくせにプライドだけは高い。たかが探索者が自分たちより強い事実を認めたくないし探索者の指導なんか受けたくない。
そこで指導役が実際は大した実力者じゃないという口実を作って騎士団の指導役から外したいと考えたが安易に【支援魔法士】に関わって痛い目を見た。現在は領主の命令に素直に従わなかった事実と騎士団員の敗北が領主に知られるのではないかと恐れている。
本心はハンドリーに辞めてほしいが領主に感づかれるぐらいならば辞めてほしくないと思っているだろう。もちろん領主に感づかれる心配がないならば喜んで辞めてほしい」
うむ、と、ハンドリーは頷いた。ケイトリンとヘレンも頷いている。
「で、領主だ。領主も騎士団が使えない連中であるとは分かっている。だから騎士団員よりも探索者の育成に力を注いでいる。成長した探索者がダンジョン深くから成果を持ち帰るほうが実際に領の利益になるからだ。
さらに優れた探索者を私兵に囲い込んでいるということは騎士団とは別の戦力を個人的に確保しようとしているのかも知れない。騎士団は貴族の子息の集まりでもあり必ずしも自分の指示だけに従うとは限らないと思っているのだろう。事実そのとおりでもある。
とはいえ、騎士団の魔物対策能力の底上げも考えており指導役としてハンドリーを付けた。もし騎士団が育てばダンジョンに入らせるなり何か使い道を考えてはいるのだろう。
現時点では昨日の騒ぎは耳に入っていないと考えられる」
うむ、と、三人が頷いた。
「で、俺だ。食い詰め者の新人【支援魔法士】だが探索者たちを腕相撲で捻じ伏せるぐらいの力は持っている。とばっちりでハンドリーも骨をへし折られた。二つ名は『骨折り』だそうだ。だが、騎士団は何を勘違いしたか【支援魔法士】が『オーガキング』より腕相撲が強いという事実を『オーガキング』が実は弱いのではないかと考えた。結果、騎士団は俺に絡んできて痛い目を見せられた。今ここだ」
「ああ」とハンドリー。
「騎士団は領主の意向に沿わなかった事実と騎士団員が【支援魔法士】如きにやり込められた事実が領主にばれないかと冷や冷やしている。
俺はハンドリーにあっさり辞められて他のギルドに行かれてしまうと領主に事態がばれた後の騎士団に目をつけられたまま一人で残されるので、おいおい、と思っている。俺もこの街を出るのは構わないが騎士団からただ逃げ出すのは面白くないし俺が街を出るとヘレンは担当する探索者がいなくなる」
ヘレンが息を呑んだ。自分の存在が考慮された事実に驚いたのだろう。嬉しそうだ。
「で、あんただ、ハンドリー。騎士団に一泡吹かせてから辞めるなり続けるなりするのと、さっさと自分だけ職を辞して針の
俺は、ハンドリーの顔を見つめた。
なぜか、ヘレンが隣の席から見下ろすようにキラキラした視線で俺を見つめている件については置いておく。今はハンドリーに注目だ。
「決まっているだろう。前者だ」
ハンドリーは即答だった。
「それでそれがどう腕相撲の実力試験なんて話につながるんだ?」
「騎士団員は知らないだろうが、探索者にはお互いの実力の優劣を腕相撲で決める流儀があるってことにすればいい。しかもその結果は実際の探索者の実力と概ね相関する。実際に探索者同士が武器や魔法で戦ったら大怪我をするかも知れないし勢いあまって殺してしまうかも知れない。そうならないよう便宜的に腕相撲で力比べをして勝ったほうをとりあえず強い者として取り扱う。とはいえ腕相撲は腕相撲なのである程度の相関はあっても本当に戦ったらどうなるかはあくまで別の話だ、ということにしておけば負けたほうのプライドも保たれる。そういう流儀が探索者にはあるとしよう」
「した」
「一昨日、俺が【支援魔法士】で探索者登録をしたものだから探索者間で俺は強いのかという話題になって腕相撲で実力を確かめ合った。最終的に俺はハンドリーの腕をへし折り強さを証明したわけだが騎士団が聞きつけたのはその騒ぎだ。というのが、話の前段だ」
「ああ」
「騎士団に魔物対策の指導を行うことになっていたハンドリーは騎士としての強さと魔物相手の探索者の強さは別物だと常々思っていた。指導前に騎士の探索者としての実力を把握しておくことは悪くない。着任したら近々に自分が全員と腕相撲をして実力を測ろう。
そう考えていたところ、勇み足で【支援魔法士】に絡んで返り討ちに合った騎士団員の話が耳に入って来た。あんたは、せっかくだから残りの騎士団員たちにも【支援魔法士】と腕相撲をさせて実力を測ってやろうと決意して騎士団員たちに、こう宣言する。
『ここだけの話、どうやら俺に指導されることが気に入らない人間もいるようだが、もし一人でも【支援魔法士】に腕相撲で勝てる人間がいるならば、俺が指導するまでもなく騎士団の実力は十分でしたと領主に進言して俺は辞めよう。
ただし【支援魔法士】は探索者だからただ働きはさせられない。希望者は実力試験代として銀貨三枚を自分で払うように』
というストーリーだ。
騎士団は領主に勘繰られる恐れなくあんたを追い出せるとなれば話にのって来るんじゃないか? のらないようなら煽って馬鹿にしてやればいい」
俺は多分ドヤ顔で話を締めくくったが聞いていた三人は、やや呆れた様な顏をしていた。
「よくそんな出鱈目な話を思いつくな」とハンドリー。
「前いたところでは色々と仕事の辻褄を合わせるために苦労したんだ。俺は探索者経験こそゼロだが人生経験は年相応以上に詰んでるんだぜ」
なにせ異世界転移まで経験している。大抵の人間より人生経験豊富だと言っても過言ではないだろう。
「苦労人なのは分かったが腕相撲で探索者の実力がわかるという話はさすがに信じないぞ」
「べつに信じてなくてもいいんだよ。そういうところはお互いに利益がある話の場合は分かった上であえて触れないのが大人の振る舞いだ。騎士団には領主に勘繰られずにハンドリーを追い出せるかも知れないメリットがあり俺たちには小銭が稼げるメリットがある。あえて指摘しなければお互いに幸せになれるんだ。騎士団に話にのらない手はないだろう。もし後で誰かに指摘されても、本職の探索者がそう言うのだからそうなのだろうと思っていました、で説明は済む。なんなら探索者ギルドに確認するよう仕向けてギルドから、そういう流儀
俺は立て板に水で答えた。
三人の呆れたような視線がなぜか強くなった。
「いいのか? 実際に腕相撲で苦労するのはギンさんだけだぞ」
「俺の探索者ランクはFだが腕相撲ランクはAなんだ。ハンドリーレベルなら何人来たところで負けない自信がある。現実的には人数制限を付ければいいし逆に再挑戦も可能にすれば疲れて俺が負けるまでやり続けようとするだろうから大儲けだ。向こうも早まったと打つ手に困っているようならば試しに話を持ち掛けてみてもいいんじゃないか?」
「なるほどな。今日は予定が入っているのか?」
というハンドリーの問いかけに対して俺はヘレンに確認をした。
「ヘレン。何かいい依頼はあるか?」
「昨日と同じく薬草採取を提案するつもりでした」
「わかった。じゃあ今日の探索者業務は休みにしよう」
「はい」
「その探索者ランクだが話を聞いているとFのままで本当にいいのかという気がしてくるな。条件次第で毛皮採取もできるようだしギルドマスター権限で上げてもいいぞ」
ケイトリンが提案した。
「それは困るな。新人【支援魔法士】としての俺のメイン業務は薬草採取だから補助金の嵩上げがなくなると厳しくなる。むしろずっとFのままでもいい」
「変わり者め」
俺たちは笑い合った。
俺はハンドリーに連れられて騎士団に向かうことになった。
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12月17日現在、総合週間ランキング172位。異世界冒険週間ランキング39位でした。
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よろしかったらそちらも読んでいただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。
仁渓拝
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