第11話 只今のレートは小銀貨三十二枚よ
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『オーガキング』の頭はつるピカで髪の毛はまるで生えていなかったが顎はもじゃもじゃと濃い髭に覆われていた。
年齢は俺と同じ位だろう。二十五、六歳だ。
身長は俺よりも少し低い。
けれども肉体の分厚さは俺なんかとは比べ物にならなかった。三倍は厚みがあるのではなかろうか? 先ほど倒した脳筋【戦士】(仮)よりもさらに筋肉の塊だ。
とはいえ頭の中身まで筋肉が詰まっているわけではなさそうで理知的な目をしていた。
「何だか楽しそうなことやってるな」
「ハンドリーさん。この新人【支援魔法士】が馬鹿ごと腕相撲強いんです。ここは『オーガキング』の出番じゃなかろうかと」
俺たちを囲みながら『オーガキング』待望論を吐いていた探索者の一人が適当な説明をした。
「新人?」
『オーガキング』ことハンドリーが胡散臭い人間を見る目でじろりと俺を見た。
「何歳だ?」
「二十六だ。訳ありでね。今日探索者登録したばかりだ」
「俺とは逆だな。俺も二十六だが今日探索者を引退した。明日からは領主の私兵だよ」
ハンドリーは真新しい鎧の左肩の金属板に彫刻された家紋を右手の親指で示した。領主の家紋付きの鎧を支給されたのだろう。確かルンヘイム伯爵だ。
周りの探索者の誰も驚いていないところを見ると周知の事実なのだろう。Cランク以上の探索者となり貴族や商人に専属に雇われて引退するという道が探索者としての理想的な
「ここのトップ探索者なんだって?」
「元な。一応、Bランク【戦士】だった」
「領主の所では何を?」
「兵を鍛えてくれと言われている。魔物対策全般だな。人間相手じゃないほうの戦力の底上げだ」
人間相手の戦争は探索者よりも本職の騎士のほうが詳しいだろう。戦術とか戦略とか対人間用の知識が色々あるに違いない。
これからは偉い立場になるのだろうに新人探索者の俺の相手も普通にしてくれる程度にはハンドリーは気さくな人柄だった。探索者たちに親しまれている理由がよくわかる。
ハンドリーが俺の対面に座った。
「只今のレートは小銀貨三十二枚よ」
マネージャーよろしくフレアが言った。
「ではこれで」
ハンドリーは懐から小金貨を一枚とりだすとテーブルに置いた。概ね十万円相当だ。
おお、とギャラリーたちが沸く。
「もし勝てたら差額は新人へのご祝儀だ」
ポーカーよろしく賭け金を
俺とハンドリーはテーブルに肘をつき右手を握り合った。
カイルが俺たちの手を両手で包み込んだ。
「レディ、ゴー」
カイルが素早く手を放す。
俺とハンドリー、二人の腕は握り合ったまま動かなかった。
さすがBランク。ハンドリーの力はバフ済みの俺と拮抗していた。
二人とも全力で相手の腕を倒そうと踏ん張っているのにびくともしない。
けれども俺には『絶対魔法効果』という秘策がある。
絶対に魔法がかかるということは魔法の重ねがけもできるということだ。
俺は自分にかけているバフを重ねがけした。無詠唱で腕力を底上げする。
俺の腕がゆっくりとハンドリーの腕を捻じ伏せていく。
ハンドリーが目を見開いた。
顔を真っ赤にさせて、さらに力んだ。額に血管が浮き禿げ頭が茹でダコになった。
ハンドリーの手の甲からテーブルまで約十センチを残して腕が止まった。
そこから巻き返そうとハンドリーは、さらにさらに力む。
瞬間、バキという音と共にハンドリーの手から抵抗がまったく消えて、俺はハンドリーの手の甲を強くテーブルに叩きつけていた。咄嗟に手を放す。
「ぐわぁ」とハンドリーは叫びつつ立ち上がると左手で折れた右腕を胸に押し付けるように抱え込んだ。
「しまった! 誰か回復できる人間はいないか!」
俺は見守っている探索者たちに呼びかけた。
「わたくしが」
アヌベティが名乗りを上げた
折れたハンドリーの右腕に向かって回復魔法をかける。
法衣を着ているだけありアヌベティは回復魔法の使い手だった。
数瞬の後、回復は終了した。
ハンドリーは右手を回したり曲げたり握ったり開いたりと確認を繰り返した
「助かった。いきなり折れた手で初出勤する派目になるのかと思ったぜ」
そんなことにはならないだろう。もしアヌベティが居なくても誰か他の回復魔法の使い手を見つけて治療したはずだ。
「いやぁ負けた負けた。力比べで誰かに負けたのなんざ新人の頃以来だ。やっぱり潮時だったな。探索者引退して正解だったわ。あんた、名前は?」
ハンドリーが髪のない自分の頭をぺちぺちと叩きながら笑って言った。
「ギンだ」
「ハンドリーだ。探索者は引退したがまだギルドに少しは顏が利く。何か困ったことがあったら俺の名前を出すといい」
ハンドリーは骨折から復活した右手ではなく左手を差し出して握手を求めてきた。
「助かる」
俺も左手を出して握手をした。
ハンドリーが渾身の力で俺の手を握り潰そうと力を込めた。
「ガキか」と俺。
俺はハンドリーの手を強く握り返す。もちろんバフ二重がけ状態の俺の勝ちだ。
俺はハンドリーの手を放した。さすがに折りはしない。
ハンドリーは左手を抑えて悶絶した。
「畜生。左も強いのか」
探索者には脳筋しかいないのだろうか? 登録したばかりだが俺は引退を考えた。
「まじか。あいつ、【支援魔法士】のくせに『オーガキング』に完勝したぞ」
俺たちを囲んでいる探索者たちのどこかからそんな声が上がった。
「お前ら!」
ハンドリーが周りに立つ探索者たちをぐるりと見回しながら声を張り上げた。
「探索者の強さは職業だけで決まるんじゃねえって分かっただろ。
「へーい」と居並ぶ探索者たちから声が返った。
「カイル、お前は軽はずみだから特にだぞ」
傍らに立つカイルにハンドリーは釘を刺した。
「はい」と神妙にカイルは返事をした。
「そういやカイルの
「【勇者】じゃないよ。でも【
カイルはちょっと悔しそうな顔をした。【勇者】にコンプレックスでもあるのだろうか?
聞き覚えはないが凄そうな職業なのは分かる。ゲームだったら成長に時間がかかりそうだ。
「ただの【戦士】より大分格好いいな」
褒めたらカイルはニヤリとした。やはり、まだ子供だ。
「言ってくれるな」とハンドリー。「さて、赤っ恥をかかされたし俺は行くわ」
「お大事に」と俺。
ハンドリーは、ひらひらと手を振りつつ酒場を出て行った。
さすがに腕相撲大会はお開きだ。
「素泊まりのいい宿を知らないか?」
俺はカイルに訊いた。
「だったら」と宿の名前と場所をカイルが口にした。「昔、俺たちも泊まっていたんだ」
そこにするか。
俺はテーブルに残っていた料理をがつがつと掻きこむと、カイルが持ってきてくれたエールに口をつけてぐびりと空けた。
三人娘は元の席に座っていてカイルだけ俺と同じテーブルについている。
俺はテーブルの上の硬貨を掻き集めた。
小金貨一枚を残して他をすべてポケットに入れると立ち上がる。
周りに集まっていた探索者たちはそれぞれ自分たちの席に戻っていたが、まだ俺たちの席にちらちらと視線を向けて何か噂をしている者もいた。
そんな探索者たちに向かって俺は声を張り上げた。
「見ていた人も多いだろうが今日探索者登録をした【支援魔法士】のギンだ。これから世話になることもあるだろう。お近づきの印に一杯ずつだが奢らせてくれ」
酒場にいる探索者たちから今日一番の歓声が上がった。現金な奴らだ。
俺はテーブルの上を滑らせて小金貨一枚をカイルの前に移動させた。
「これで支払いを頼む。残りはフレアの
俺はフレアに目をやった。
フレアは「ごちそうさま」と笑った。
酒場には結構な人数がいるが一杯ずつならばさすがに足りるだろう。
面倒ごとをカイルに押し付け格好いいところだけをもらって俺は酒場を後にした。
◆◆◆お願い◆◆◆
本作品は「カクヨムコンテスト10」に参加しています。
12月8日現在、総合週間ランキング218位。異世界冒険週間ランキング52位でした。
このような小説が好きだ。
おっさん頑張れ。
続きを早く書け。
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なお「カクヨムコン10」につきましては
「クビになった万年Fランク探索者。愛剣が『-3』呪剣でした。折れた途端無双です。」
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でも参加しております。
よろしかったらそちらも読んでいただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。
仁渓拝
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