第10話 『オーガキング』だ

              10


 男は再び懐をまさぐると小銀貨を二枚取り出して俺の賭け金の脇に置いた。


 男が俺の左手を握った。


「審判」


 俺は男の相棒に声をかけた。


 相棒は握り合った俺たちの手を両手で包んだ。


「いいよ」と俺。


「ああ」と男。


「レディ、ゴー」


 男の左手の甲がテーブルに密着した。


 見ていた探索者たちが声を上げた。


「毎度あり」と俺。


「ぷくくくく」とフレア。


 俺はテーブル上に身を乗り出すようにして男が置いた硬貨二枚を摘まむと自分が置いた硬貨に重ねて置いた。締めて小銀貨四枚だ。


「レートを上げよう。調子が悪いみたいだから両手を使ってくれていいぜ。もちろん降りたって構わない。勝てない戦いから適切に距離をとれてこその一流探索者。だろ?」


「嘘でしょ。そういうのはただの負け犬って呼ぶのよ」


 フレア、煽りすぎ。


「お友だちと代わったら?」


 フレアは審判をしていた男の相棒を見上げた。見るからに男より相棒のほうが強そうだ。


 俺は慌てて口を挟んだ。


「おいおい勝手なことを」


 けれども俺が言い終わるよりも前に相棒が小銀貨四枚をテーブルに置いた。


 男が立って相棒が俺の前に座った。


 相棒がドンと右肘をテーブルに付けた。


「負けたら恨むぜ」と俺はフレアを非難する。


 振りだけだ。本当は相棒も挑発して座らせてやろうと思っていた。フレア、ナイス。


 相棒に代わって男が審判を務める。


「いいぜ」


「ああ」


「レディ、ゴー」


 相棒の右手の甲がテーブルに付く。


 観戦している探索者たちから歓声が上がった。


 俺は相棒が置いた小銀貨四枚を摘まんで自分の硬貨の上に載せた。小銀貨八枚也。


「当然、左もやるだろ?」


 俺は左肘をテーブルに付けて、にぎにぎした。


 相棒が小銀貨八枚をテーブルに置く。


 俺たちは左手を握り合った。


「レディ、ゴー」


 相棒の左手の甲がテーブルに付く。


 探索者たちからの大歓声。


「両手でもいいぜ」と俺。


「いや」


 相棒はすごすごと立ち上がった。男と一緒に肩を落として酒場の出口に向かった。


「そう気にするなよ。腕相撲と探索の実力は別物だからな。探索者ランクじゃ俺はあんたらに全然勝てないよ」


「そりゃそうでしょ。今日Fランクになったばかりの新人だもの」


 フレアさん、だから煽りすぎです。


 ぎゃはははは、と楽しそうに周辺の探索者たちが大笑いした。


 最後に射殺すような視線で俺は二人から睨まれた。こりゃ、恨み買ったな。


 とはいえ小銀貨十六枚。これだけあれば素泊まり宿なら泊まれるだろう。


「今の掛け金は小銀貨十六枚よ。さあ、次の挑戦者は誰?」


 フレアが今まで観戦者だった探索者たちを見回した。


 あれ? この煽りまでは俺は求めていない。


「おい、フレア」


「俺だ」


 俺の制止の言葉が届くよりも早く如何にも脳味噌まで筋肉でできた、俺【戦士】です、といった見た目の探索者が前に出てきた。明らかに先程までの二人組よりも強そうだ。


 脳筋【戦士】(仮)は律儀に銀貨一枚と小銀貨六枚を数えてテーブルに置いた。


「オッケイよ」とフレア。いつの間にか片手になみなみとエールが入ったジョッキを握って口をつけている。気がつけばテーブルにカイルが戻っていた。


「カイル、審判やんなさい」


 フレアから審判を押し付けられたカイルがきょとんとした顔で俺の傍に寄って来た。


「どういうこと?」


「フレアの暴走だ」


 ああ、とカイルは天を仰いだ。


 だからといって、ここで辞めますとはいかないだろう。負けそうだから逃げたと俺が思われる。この先、この脳筋【戦士】(仮)から俺はデカイ顔をされるようになるだろう。


 やるしかない。


 俺は脳筋の右手を握った。相手の腕は俺の倍ほども太かった。


 カイルが宣言する。


「レディ、ゴー」


 脳筋の手の甲がテーブルを叩いた。負けないように少し力を入れ過ぎてしまった。


 脳筋が打ちつけた手の甲をさすりながら唖然とした顔で俺を見ながら声を上げた。


「あんた、本当に【支援魔法士】なのか?」


 俺は胸ポケットから探索者タグを取り出して提示した。まだ紐を穴に通していないので首にはかけられない。


 ギン。Fランク。【支援魔法士】という刻印を脳筋は確認した。


「おい、本当だぜ」


 脳筋は周囲を取り巻く探索者たちに情報を共有した。これで俺を【支援魔法士】だと安易に揶揄からかう奴も減るだろう。一安心だ。


 受付でカイルにディスられた状態のままだったならば理不尽な新人いじめにあったかも知れない。少なくとも揶揄いの対象にはされたはずだ。


 そんなやりとりをしている間も、さらにフレアは暴走を続けていた。


「はい。次の挑戦者は誰? そろそろ疲れてきているから狙い目かもよ」


 この酔っ払いが。


「待て待て待て待て。もう終わりだよ」


「えー、せっかく面白くなってきたのに。あと一人だけ。それくらいならまだいけるでしょ」


 とはいえ現在のレートは小銀貨三十二枚相当だ。適当日本円換算で三万二千円。


 さすがにおいそれと手が出せる金額ではないだろう。勢いでドブに捨てるには惜しすぎる金額だ。


 見たところ誰も手を上げはしなかった。いかにも強そうな脳筋【戦士】(仮)が負けたためだろう。あの脳筋に自分は勝てると思っている人間でなければ手を上げるわけもない。


「エルミナやってみれば?」


 フレアがエルミナに声をかけた。


 エルミナは一見すると合法ロリ巨乳にすぎないが筋肉があるため屈強なドワーフ体型と言えなくもない。俺のイメージの中ではドワーフは怪力の持ち主だ。


「おっさんの手なんか握りたくねぇよ」


「俺もだ。いくら合法でも小便臭いロリの手を握る趣味はない」


「漏らしてねえわっ!」


 エルミナの突っ込みは今回も食い気味だ。


 前世だったら何とかハラスメント認定されそうな俺の発言だが、こちらでは問題なさそうである。


「ほら、もう誰もいないの?」


 フレアがしつこく探索者たちに絡んでいる。


 その時、俺たちを囲んでいる探索者たちのどこかから「そういえば『オーガキング』が挨拶に来てたぞ」という声が上がった。「誰か呼んで来い」


「勘弁してくれ。さすがに魔物相手は勘弁だ」と俺。魔物が挨拶なんて意味が分らない。


 カイルが笑った。


「違うよ。『オーガキング』はここのトップ探索者の二つ名だ。本物のオーガを殴り倒したからオーガキングだって」


 やっぱり魔物じゃないか。


「ギルマスと会談中だ」


「よし。俺出て来るの待って呼んでくる」


 何だか探索者たちの間で勝手に話が進んでいる。


「聞こえたぞ。誰が魔物だって」


 突然、探索者たちの背後、酒場の入口方面から野太い声が飛んできた。


 探索者たちがしんと静まり集団が一斉に割れて酒場の入口から俺がいるテーブルまで通路ができた。


 声の主は傷一つない黄金色の煌びやかな金属製の鎧を身に着けた禿げで髯面の大男だ。


「『オーガキング』だ」


 カイルが俺の耳元で囁いた。




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                                  仁渓拝

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