第40話 妹がカードゲームでアイドルの頂点を目指すまで

 数分後、いよいよ村雨紫音の卒業ライブが開始した。前回と同じようにオーグメントビジョンを最大限に利用した今まで見たことがないような現実とファンタジーの世界を織り交ぜたかのような演出はライブに興味のなかった俺でも魅入ってしまうほどだった。


 竜の背中、魔人の手の上、シーズンカードに登場するキャラクターと時に交わり、楽しそうに歌いながら踊る村雨紫音、青野京子、柏木奈々子の姿はどの場面を切り抜いても映えるような構図となっていた。



 最後にはライブ会場全域から照明が一か所に集まり、その中心でシズドルの三人、中央にいる村雨紫音がピースを掲げて最高のライブは幕を閉じた。


  〇


「……すごかったわね」


 最初に感想を述べたのは母親だった。すごかった、なんとも大雑把な感想ではあるが、俺もまず最初に出てくる言葉があるとすれば同じものだ。


「舞花はどうだった?」

「…………」

「お、おいなんで泣いてるんだよ!」


 画面から視線を移し、舞花を見ると無言のまま口を小さく開けて目から大量の涙をこぼしていた。


「舞花にとってシズドルは子供のころから追ってきたのよ、感動して泣いたってなにもおかしくないわよ」


 それもそうだなと母親の言葉に同意する。


「……違うの、そうだけど、違うの」

「違う?」


 舞花は手で零れ落ちる涙をぬぐいながら鼻声で話す。


「シズドルとしてしーちゃん最後のライブだから目に焼き付けようって……最初はそれで感動して泣いてるんだなと思った……でも、でもだんだん私の中に別の感情があふれてきたんだ……私も、私もあの場所でシズドルになって踊ってみたかった……しーちゃんや京子ちゃん、奈々子ちゃんのようにアイドルになって皆を笑顔にしてみたかった」


 妹の涙はシズドルの試験を受けた事によって生まれた感情だった。


 もしも……もしも舞花がどこかの事務所にあらかじめ所属していたとしたら、三次試験で優勝した妹は合格していたのだろうか?


 たらればを言い出したら終わりはない。それでも妹の努力を一番間近にいた俺は涙を流す妹を見てもっと他に何かできたのではないかと己の不甲斐なさに震えてしまう。


「……なんで兄貴まで泣きそうになってるんだよ」

「……ごめんな」


 こんな時に限って妹を笑わせる冗談一つ言えない。本当に俺は舞花にとってダメな糞兄貴なんだな……


「兄貴……今度、シーズンカードについてもっと教えてよ」

「え?」


 涙を流し終えた舞花は鼻を軽くすすると俺に向かってそう言った。


「で、でもシーズンカードは他のアイドルのオーディションでは何も役立たないから……」

「別にいいよ。 ただ私は一人のカードゲーマーとしてこれからもやりたいの」

「…………」


 シズドルのオーディションを受ける前はカードゲームと聞けばオタクの趣味、カレーの福神漬けと称していた舞花が今では自ら望んでシーズンカードに歩み寄ろうとしていた。


 それはきっとシズドルがやっているから、これからも村雨紫音や青野京子が活動の一環として行うから、同じ趣味を持ってみたい、ただそれだけかもしれない。


 それでも、俺は嬉しかった。


「いつまで黙ってるの……だめかな?」

「だ、ダメなわけないだろ! むしろ二十四時間いつだって大丈夫だ!」


 わざとらしく俺は胸をたたき誇って見せる。母親は何とも言えない表情を、妹は兄を見てふっと小さく笑った。


「ありがとう、お兄ちゃん」

「ま、舞花今また俺の事を……」


 ブブブッと携帯のバイブ音が鳴る。こんな感動の場面で一体誰の携帯かと音源を見ると舞花のものだった。舞花は携帯を手に取り、何の通知かと確認する。


「……え?」

「どうした?」

「……夢じゃないよね? 見て」


 舞花が携帯の画面を見せてくる。俺は画面に移っているメールの内容を確認する。


「あ……」


 そこに形式的な文字で書かれていた文字を読んだ俺は嬉しさのあまり言葉を失った。


 これは妹がカードゲームでアイドルの頂点を目指す迄の物語だ。


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妹がカードゲームでアイドルの頂点を目指すまで! 灰冠 @sevenlover

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