第39話 卒業の理由

「私のターン、ドロー!」

 気が付けばテレビの向こう側では終盤戦になっていた。お互いのライフは二枚。この青野京子のターンに勝ち切るかもしくは相手に干渉しなければ村雨紫音が勝つかもしれない、そんな盤面になっていた。


「私は『祝福の女神』を出して前衛にいる『幻影の魔王』に破壊耐性を付与する。 更に顧問カード『昇華』を使って『祝福の女神』を手札に戻す。 そしてTRカード『タイムオーバードロー』を使う。 手札のカードを一枚デッキに戻して混ぜる。 次の私の最初のドローの時にカードを四枚ドローする」

「うまい……!」


 青野京子は手札に戻った祝福の女神をデッキに戻した。これによってこの前舞花が決勝戦で見せたようなミラクルコールによって手札からライフを二枚削られるキャラクターを呼び出す方法も封じていた。


「アペンドターンに入る! 手札のキャラクターカードを三枚『幻影の魔王』に付与してアペンド効果発動! 相手の残りライフ枚数分、相手は手札をランダムにトラッシュする」


 更に手札干渉、紫音の手札は三枚、幻影の魔王の効果によって一枚に減らされてしまう。


「これで攻撃して終了よ!」


 豪快な破壊エフェクトと共に村雨紫音のキャラクターがポリゴンとなって四散する。彼女の手札と残りライフは一、青野京子の盤面には破壊耐性を付与された幻影の魔王と夢咲有栖も使用していた災厄の魔人の二体。仮にバックコールで後衛にいる災厄の魔人を倒したとしても京子のライフは一残る。完璧と言っても差し支えない盤面を作り上げていた。


「…………」


 隣で座って見ている舞花の指には力が込められて握りこぶしになっている。妹は真剣な眼差しでテレビ画面に食いついていた。


「私のターン、ドロー!」


 SNS上では「終わった」「青野京子遠慮なさすぎ」「卒業の時ぐらい勝たせてやれよ」と誰もが青野京子の勝利を確信し、勝利に徹底する青野京子に対して非難の声があがっていた。


「私はハイキャラクター『冬の魔術師』を出してそのまま効果を発動する!」

「冬の魔術師って確かギャンブルカードだよね?」

「そうだな。 コインを投げて表なら自分はカードを三枚、裏なら相手はカードを三枚引くカードだ」


 最後の最後は運頼み、神様は表を出してくれるのか!と実況が熱く語っている。村雨紫音の残り手札は一枚、ここで裏が出れば状況は絶望的である。


 二人の間にホログラムの巨大なコインが現れる。そして天空に向けて冬の魔術師の手からコインが投げられた。


 村雨紫音と青野京子、それに俺や妹、母親までもがコインの回転を見守っていた。やがてコインは地面へとゆっくりと着地する……その結果は


「裏だ! 裏が出てしまった! なんという不運、これにより村雨紫音の負けは確定的か!」


 実況の声により一層の熱が入る。実況も解説も結末は決まったかのように急速に熱が冷めていく、その最中だった。


「……違う」


 画面から目を離さずに舞花は口を開いた。違うとは何に対して言っているのか、彼女の瞳に映る不敵に笑う村雨詩音の姿を見た俺はそこで答えを知る。


「私はTRカード『ミラクルコール』を発動する! 効果によってあなたの手札にあるキャラクターカードを一枚選び、前衛に出してもらうわ」


 画面には青野京子の手札が巨大なホログラム映像となってあらわになる。彼女の手札の中にあるハイキャラクターの祝福の女神が映し出された。


 その映像が映し出された瞬間、実況と解説は言葉を失い、即座に慌てた反応を見せた。


「そのカードさっきの京子ちゃんの番に戻してなかった?」


 母親が俺に尋ねてくる。どうやらルールを理解していなくてもだいたいの流れは母親もわかっていたらしい。


「さっきのコイントスで裏が出て京子ちゃんは山札から三枚ドローした……その中にさっき戻したカードが入っていた、そうだよね兄貴?」

「あぁ、そうだ」


 俺が答えるよりも先に舞花が説明してくれる。母親はなるほどね~と感心する。


「冬の魔術師を前衛と入れ替える! このままバトルよ!」


 祝福の女神が倒されて青野京子のライフが0になる。同時に画面には勝者「村雨紫音」の文字が表示された。対戦を終えた紫は笑顔で青野京子に近づき、握手を求めている。悔しそうな表情を少しだけ見せた青野京子はすぐに笑顔になって彼女の握手に応じた。


 ネットの反応を見ると「まじか!」「うおおおおおおお!」「しーちゃんが勝った!」と驚きの声が続々と上がっていた。


「それではこちら勝利者インタビューをしていきます!」


 アナウンサーが勝利した村雨紫音の傍に近づくと彼女に二つ持っていたマイクの片方を渡す。


「見事な勝利でしたね!」

「ありがとうございます!」

「青野京子さんといえばシズドルの中でも一番シーズンカードが上手だと言われていました。 そんな彼女に勝つために今日まで紫音さんは練習をされていたのでしょうか?」

「そうですね、シーズンカードに触らなかった日はシズドルを始めてから一度もありません」

「そ、そうなんですね」

「微妙に会話が成り立っていないな」


 村雨紫音といえばマイクを持てばその笑顔と言葉で人を魅了してきた国民的アイドルである。そんな彼女が会話のキャッチボールを間違えるのは珍しい。


「これから卒業ライブに移りますが、何か意気込みなどはありますでしょうか?」

「そうですね……まだ少しだけ時間ありますし、それじゃ、私がなぜシズドルを卒業するのか話しましょうか」


 またしても話が嚙み合っていない。けれどもその話題は世間には今日まで公開されず、だれもが気になっていた。


「よ、よろしいのでしょうか?」

「私が卒業する理由、それは……真剣にシーズンカードに向き合いたいからです」


「…………えっと」


 アナウンサーが返しに困り黙ってしまう。


「私は今までずっと、いわゆるおバカキャラとしてシーズンカードに接してきました。 それが私に求められている姿だったから……でも」


 そこで村雨紫音は言葉を区切る。今までの彼女とは違う、透き通る硝子細工のような美しい表情で画面に向き合った。


「大好きなものにこれ以上嘘はつきたくない……だから私はシズドルを卒業して一人のシーズンカードを愛する人として歩んでいきます」


 村雨紫音について俺は正直なところそこまで詳しくはない。俺の知る知識は人並み、けれども今の彼女の顔つきからはこれまでのアイドルとは違う大人びた覚悟を感じた。


「そっ……それは今のシズドルではできないのでしょうか?」

「シズドルにいたままだと私以外の人にも迷惑をかけてしまうので……シズドルとして応援してくれていたファンの皆にはごめんなさい以外の言葉はありません。 それでも、これからのシズドルと私を見てくれる方がいるなら……これからも私たちは全力で活動を続けていきます! 応援してもらえると嬉しいです!」


 彼女だけの決断ではない、これはシズドルを含めた人々で協議した結果なのかと俺はどろどろとした大人の事情や芸能界の闇については深く考えないようにする。


「ありがとうございました! この後は数分の休憩をはさんで卒業ライブを開始します」


 アナウンサーが話し終えると画面が切り替わった。俺は横を見ると今までずっと黙っていた舞花が初めて口を開いた。


「……大好きなものにこれ以上嘘はつきたくない」


 舞花は村雨紫音が言っていた台詞を復唱する。今日の彼女の言葉と過去のシーズンカード公式対戦の不審な点を重ねて考慮するとだいたいの予想はついてしまう。


「二人の対戦、見ていて引き込まれた……私もしーちゃんや京子ちゃんと戦ってみたい」


『戦ってみたい』と舞花は言った……彼女は気が付いているのだろうか。カードゲームという異なる分野ではあるが今までずっと憧れていた存在に対して初めて舞花は同じ場所に立ち、対等になりたい、そして超えたいと願ったのだ。


「舞花なら出来るさ、なんていったってお兄ちゃんの妹なんだからな!」

「兄貴の妹かどうかは関係ないだろ!」

「そうよ、あなたは関係ないじゃない」

「ぐ、二人そろって言うなよ」


 後半部分は冗談で言ったつもりなのに……お兄ちゃん泣きそう。


「そういえばシズドルの三次試験って結果いつわかるんだ?」

「…………」

「あなたって本当にデリカシーないわね」


 母親のお叱りを受けて俺はまた同じ過ちを犯していたことに気が付き猛省すると同時に恐る恐る妹を見る。シーズンカードを通してせっかく昔のような関係性を保てていたというのに、また全て壊してしまったのか。


「結果は一週間前後にメールと郵送で送られてきますって……まだ来てないから、きっと私は……」

「ほ、ほらシズドルの三次試験まで行ったのよ? あなたならきっとこれからどこのオーディションを受けても通るわよ!」


 怒るわけではなく、むしろ不安そうに下を向く舞花に母親は心配するように声をかける。それでも舞花はうつむいたままだった。約一か月、週末に彼女に憑依していた俺にはわかる。今の彼女はただのアイドルではなく、シズドルになりたいのだと。そんな彼女に気を遣った言葉を俺は持ち合わせていなかった。


「……村雨紫音の、しーちゃんの卒業ライブ楽しみだな」

「うん……」


 今の舞花にかけるべき声は慰めや同情ではなく、同じ楽しみを共感する事だ。

 デリカシーも女心もわからない、残念なカードゲーマーのお兄ちゃんには好きなものを楽しむ……それぐらいしか出来なかった。

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