第38話 卒業ライブ
「ほら、兄貴早くしないと始まっちまうよ」
「わ、わかったから引っ張るなって」
舞花がシズドルの三次試験を受けてから一週間が過ぎた日曜日の夜、俺は部屋で一人久しぶりに動画の作成を行っていると突然扉を開けて妹がやってきた。そしてすぐに俺を掴むと一階のリビングに連れ出される。
「今日がしーちゃんの卒業ライブだって言ったでしょ!」
「そういえばそうだったな」
テレビはすでについており、画面左上のテロップには「シズドル 村雨紫音卒業生中継」と書かれている。携帯でSNSを確認するとトレンド一位に村雨詩音の卒業ライブが入っていた。流れてくる情報を見て俺は情報を整理する。
「卒業ライブは一九時からなんだろ? まだ二時間以上もあるのにどうしてテレビ始まってるんだ?」
「ライブは一九時からだけど、今から生放送でしーちゃんと京子ちゃんがシーズンカードで対戦するんだって」
「ほう」
シーズンカードという話題が出たので俺は反応する。紫音が出ているのでチェックはするだろうが少し前までの舞花ならシーズンカードの放送にはそこまで興味を示さなかっただろう。それが今では兄を連れて一緒に見るなんて……カードゲームは兄と妹の関係性を修復する効果を持っていたのか……ありがとうシーズンカードゲーム!
「あなたたち最近は仲良いわね」
「よっ……良くないわよ、糞兄貴もっと離れて」
母親の言葉を聞いて顔を赤くした舞花が足で俺を蹴ってくる。うんうん、恥ずかしくなったのかな? お兄ちゃんは別に気にならないよ?
「その笑顔キモイからやめろ! あと二十歳を超えた男が夢咲有栖のモデル集を買ったのも普通にキモイからな!」
「えっ……なんで知ってるの?」
平日に本屋で気になって買ったのをなぜ妹は知っているのだろうか? さてはお兄ちゃんの部屋に勝手に忍び込んだのか? 男の部屋に入るなんていけないぞ!
……いや、ついさっき部屋に入ってきたときに視界に入ったのかもしれない。
「あんた、その歳になって今度は年下の写真集を?」
やめて、ただでさえカードゲームをしているのに最低限の理解しか示していない母親の視線がもう耐えきれない! 演二のライフはもう0よ!
実際、舞花に憑依していた時とはいえあんなにカッコイイ姿を見てしまったら誰でもファンにはなってしまうだろう。俺の大切な妹を庇ってくれた点も非常に加点要素だった。
「ほら、対戦が始まるみたい!」
心の中で饒舌に語っていた俺を無視して妹は画面に向き合った。実況と解説はシズドルのシーズンカード公式に出演しているいつもの人のようだ。
会場には解説と実況とは別にアナウンサーが一人マイクを持って立っていた。解説席からアナウンサーに画面が移される。そこにはこれから行われるはずの対戦卓が用意されて……
「ん? なんで対戦する二人があんなに離れているんだ?」
カメラがアナウンサーから離れて会場全体を映し出す。ようやく二人の姿が映るが青野京子と村雨紫音の二人はこれから対戦するとは思えない距離離れて立っていた。
「それでは特別ゲストに来てもらいましょう!」
「みなさーん、コンバンハー! ビビです!」
アナウンサーの隣にひょっこりと金髪の外国人女性が顔を出す。
「どうしてオーグメントビジョンの社長が?」
「この後のライブもこの前と同じシステムを使うって言ってたからじゃない?」
妹の説明に俺はなるほどと相槌をうつ。
「しーちゃんのシズドルそつぎょう……わたしトテモトテモかなしいでーす!」
少し前にテレビで見た時よりも流暢に日本語を話すようにはなっているが、それよりも今の彼女の反応のほうが気になってしまう。マイクを持ったビビは涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「えっと……私も悲しいですが、今回ビビさんに来ていただいたのは理由があるんですよね」
「ソウデース! いぜんはライブシステムでオーグメントビジョンをミセマシタガ、こんかいはさらにあたらしいシステムをオミセシマース!」
顔についていた水分を取り払うとシャキッとした表情に切り替わる。
「すでにじゅんびはデキテイマース! くちでせつめいするより、ミテモライマショウ!」
ビビが言い終えると同時に画面が暗くなる。最初はテレビの電源が落ちたのかと思ったがすぐに薄暗い明りが灯りこれが演出だと理解する。
「それではシーズンカードバトルスタート!」
テレビの向こう側から試合開始の宣言が聞こえる、その直後だった。画面が明るくなり村雨紫音と青野京子が映し出される。
「「……えっ」」
それは俺と舞花の二人の口から出て声だった。おそらく今テレビ中継を見ている誰もが同じように声を出していたとそう断言できる。それほどまでの出来事が目の前の画面で広がっていた。
「あ、兄貴……ライフが立体的に浮いてる」
「それだけじゃない、キャラクターが立体化して二人の間に現れてる!」
思わず声量を上げて俺は叫んでしまう。何が起きているのか、目でわかる現実をただ一言で表すならばこれは『カードゲーマーの夢』である。
「時代はここまで来たのか」
全世界のカードプレイヤーが泣いているだろう。すでにSNSのトレンド二位はオーグメントビジョンが急上昇でトレンド入りしていた。
「京子ちゃんの使ってるデッキはこの前兄貴と戦った時と同じかな」
大興奮の俺をよそに舞花は画面を見ながら冷静に盤面を観察していた。母親は母親で「え、あんたアイドルとカードゲームやったの?」って驚いているし家の中が大混乱だ。
「まだ序盤だから断言はできないけどそうかもな」
「しーちゃんのデッキは……これって確か冬型コントロール?」
「……そうだな」
村雨紫音の前衛に出されているカードは舞花の言った冬型コントロールと呼ばれるデッキによく採用されているカードだった。お互いに終盤にかけて強力なカードをだすことで相手を制圧するタイプのデッキを使用していた。
「しーちゃんがこのタイプのデッキを使うところ見たことないな」
「お前まさか動画サイトにある過去のシーズンカード動画全部見たのか?」
「うん」
平然と肯定する妹にお兄ちゃんは驚きを隠せなかった。確か紫音の対戦動画だけでも軽く五十本は超えているはず……昔からシーズンカードをやっている兄ですら全部は見ていないよ。
「この前の試験で兄貴にイカサマについて教えてもらったよね?」
「ん? あぁ、そうだな」
「あれから公式動画を見ててたまにおかしな所があったんだよね」
「おかしなところ?」
「たまーにだけど、画面が切り替わる前後で触っていないはずのライフの位置がずれていたり、トラッシュの一番上のカードが変わってた」
「……ほう、つまりは公式でも何度か意図的に盤面を変えられてたって言いたいのか」
イカサマにもいくつか種類がある。そのどれもに共通しているのはカードを触るという行為である。妹は一度その内容を教えただけで盤面の違和感に気付けるようになっていたらしい。
「それでね、そうなっているのは決まってしーちゃんがチャンスの盤面ばかりなんだ」
「……なんだって?」
以前、俺も似たいような状況を舞花と動画を見ながら指定していた。たまたまその動画内だけの出来事かと気にしていなかったが、舞花の言葉が本当であれば聞き捨てならない内容である。
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