第3話

「はーっ。やっぱり月凪は強いな。積年の恨みを晴らしてやろうと思ったのに」


「恨みって何よ? 私はいつでも負ける気ないんだから。でも今日は同点だから、悔しいなあ」


 いつの間にか童心にかえって星座探しを楽しんでいた私たち。そうだ。あの頃も——高校生の頃も、こうして星座を見つけるゲームをして、「子供みたいだね」って笑い合ったっけ。

 別れてから陽向のことをあんなに憎んでいたのに、七年ぶりに会った彼と、馬鹿みたいに盛り上がっているのが不思議だ。


 ひとしきり楽しんだ後、私たちの間にしばし沈黙が流れた。どうしよう。なんか、ちょっと気まずい。冷静に考えてみれば、私たちは一度お付き合いをして別れた元恋人同士。再会して気まずい気持ちになるのは当たり前だ。しかも、なんとなく付き合った二人ではない。正真正銘、心の底からお互いのことを想い合っていた自信がある。だからこそ、この沈黙に何か深い意味があるような気がして、怖かった。


「月凪はさ、俺に言いたいことがあってここに来たんだろう?」


 強い風が吹いて、私の髪の毛がふっと視界を塞いだ。そのせいか、隣から聞こえてきた陽向の声が、余計にくっきりと輪郭を帯びて響く。


 言いたいことが、あった。

 それは間違いない。私はこの七年間ずっと、胸に黒いもやを抱えて生きてきた。大好きだった人に突然捨てられたことへの悲しみや怒りが、行き場をなくして亡霊のようにいまだ胸の中を彷徨っている。

 楽しいひとときから一変、当時の感情が激しい臨場感を持って襲ってくる。ダメだ。この気持ちを吐き出さずにはいられない——。夜の闇に、まるごと飲み込まれそうだ。


「……私ね、ずっと聞きたかったんだ。七年前の夏、陽向がどうして私を振ったのか。その年の夏休みには花火大会に行く約束だってしてたのに。突然別れようって言われたことが、どうしても納得できなかった」


 何度も一人きりの部屋で考えたことだ。陽向は私を振ったとき、「好きな気持ちがなくなった」と呟いた。だけど、それは違うんじゃないかっていう疑いがずっと晴れなかった。だって陽向は別れる直前の一週間前ぐらいまで、交際を始めた当初と変わらず、私を全身全霊で好きでいてくれたように思えたから。陽向の私に向けられるまなざしや優しい声から感じられる愛情を、私が間違えるはずがなかった。


「そうだね。きっと月凪は別れの理由を納得してないって、分かってた。でもどうしても、本当のことを言えなかった。ねえ月凪、あの時俺が大好きだった君に別れを告げた理由、本当に聞きたいって思う?」


 夏の夜の深淵が、陽向の双眸に映し出される。陽向が私を振った本当の理由……そんなの、聞きたいに決まっている。だってこれは、もう二度と会えないと思っていた陽向と奇跡的に果たした再会なんだもの——。


「聞きたい……私は、本当の理由を知りたい。もしその理由を聞いて、傷つくことになっても構わない。この恋を終わりにできるなら、どんな理由でも受け入れる」


 もう何度だって傷ついた。

 長い時間心を置き去りにされて、縛り付けられて、苦しんできたんだ。

 今更どんな別れの理由を聞いたって、取り乱さない。

 陽向との別れは、皮肉にも私の心を固く、強くしてくれた。


「そうか。分かった。じゃあ、話すよ。今から話すこと、信じてもらえないかもしれない。でも本当なんだ。全部、俺の身に起こったことだから、聞いてほしい。俺さ、月凪と別れようって決めた一週間前に、病気が発覚したんだ。たぶん聞いたことあると思う。骨髄性白血病っていう病気」

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