第43話 それぞれの償いきれない後悔
第一独立空挺死人旅団から第十一独立空挺死人旅団まで、総勢二万人の『死人』が協力関係を結んでいる軍が忠誠を誓い、従ずるのは神のいない国。
唯一神から見放され、祝福は訪れないと他国から揶揄される黒の国。
侮蔑の声が飛んできても平然と強国でいられるのは国土の広さ、『死人』の多さから生まれる軍事力の強さ。そして、平然と他国に侵略する豪胆な上流階級の政治手腕だろう。
黒の国は北東に隣接する黄の国と現在戦争中である。理由は色々あるらしいが、社会主義の黄の国と資本主義の黒の国は元々折り合いが悪く、さらには黄の国で『死人』が増大傾向になると軍事力で負ける前に今のうちに抑えておきたい事情があったとか。
他にも信仰する神の違い。神が殺された黒の国は不吉の象徴だと言いがかりを付けてくる黄の国も常に臨戦態勢であり、領土侵犯は黒の国が先に犯したといえども、双方ともに長年火種がくすぶっていたため、必然の戦争でもあった。
むしろ、両国の国民は歓喜でもって戦争の時代を迎え入れた。双方の間では天国と地獄の境に隔たる渓谷よりも根深い溝があるのは明白だ。
クローマー中将を予定通りに北東司令部へ届けると、功績を讃えられて預言書を授与された。
噂でしか聞いたことが無かったが、実物は紐でとじられた本であった。
そのまんま本の形をしているとは思わなかった。世界各地に散らばっているという、この預言書は神からもたらされたものなのかと疑問に思う。
使い方は本を開くだけらしい。『死人』が預言書を開けば、それだけで自分を殺した犯人に繋がるヒントが見えるというのだ。
しかしまだ、預言書は開いていない。まだアイシャと約束した自分たちが生き返った理由を見つけていないのもあるし、すぐに別の任務を与えられたからだ。
ズコッド大尉が率いるバルシュタイン戦闘団は恐れ多いことに自分の名前が付けられ、最後の任務に相応しいと上官から喜びの言葉と共に送り出された。
そして、準備を整えるわずかな時間にニアに会いに行った。
「デュオルギスさん! 来てくれて嬉しいよ!」
養護施設に会いに行くとニアは笑顔で飛びついて来た。
少し二人で話をしたいと言うと、ニアのお気に入りだという裏庭のベンチに案内された。
二人でベンチに腰かけているとアイシャと居た時を思い出した。
隣にある頭は随分と低い位置にあるが、稲穂のようなアイシャの血を間違いなく受け継いだ美しい髪色があったからだ。
「養護施設での生活はどうだ?」
「つまらない。外出しようとしても規則がどうのこうの。一人で行けるっつーの!」
ニアがこれまでどんな生活をしていたのかはリディエンハルト総団長から軍の方へ報告されている。おそらく養護施設には注意深く生活を見張るように通達されているのだろう。
「良いこともあるだろう? ここの養護施設は料理がおいしいと評判だぞ」
「料理くらい自分で作れるよ。これでもパパから料理は教わっているんだ」
そういえばアイシャは料理が上手だった。死人になって記憶を失っても、舌が馬鹿になるわけではない。料理の腕前は体が覚えていたのだろう。
不貞腐れたように足をぶらぶらさせるニアを見ていたら、躊躇わずに言える気がした。
「もし、ここの生活が窮屈なら……」
言いかけるとニアが顔を上げて期待した目を向けた。素直な反応に、思わずくすりと笑みがこぼれた。ニアの頭をポンポンと軽く叩きながら続きを話す。
「──おれの息子になるか?」
アイシャに忘れ形見がいると知ったときから考えていたことだった。
「いいの!?」
少しは躊躇われると思ったが、ニアは立ち上がって喜びを前面に押し出していた。
「男の二人暮らしだから、華やかな生活は期待するなよ?」
「全然いいよ! 女なんて香水臭いだけさ! やったぁ!!」
これほど喜ばれるとは思わなかったので、デュオルギスも嬉しくなった。
ニアとは今度の任務が終わったら迎えに来ると約束した。
どこの戦地なのかとしつこく聞いて来るので、一番楽な場所だと答えておいた。
「デュオルギスさん! 絶対だよ! 絶対迎えに来てね!!」
ニアはデュオルギスの姿が見えなくなるまで大きく手を振り続けていた。
新しい生活。旅団をやめたらどうするのかなんて考えたことも無かったが、ニアとの新生活は賑やかになりそうだ。
しかし、そのためには最後の任務を果たさねばならない。
緑の国の首都陥落へ向けて、緑の国の首都の南部に位置するオルバード市街地を橋頭堡として確保する作戦だ。
オルバード市街地に入るまでには大きな川で隔たれた部分があり、反対側にも小さな川が流れていた。
友軍が到着するまでの間に橋頭堡を確保しておかねばならず、ズコッド大尉を含め、新人の戦闘訓練に時間を割く余裕もなく、進軍は急がされた。
とはいえ、自分の大隊からも隊員を補充したこともあり、デュオルギス戦闘団には四百名弱の隊員が集まり、戦力としては十分に思えた。
オルバート市街地への進軍はつつがなく行われ、予定通りにオルドレンス川を戦車部隊が渡河に成功する。
全ての隊員を投入し、市街地でのゲリラ戦は優位に進められると思っていた。
しかし、軍の予想は外れた。緑の国は市街地での戦闘を既に読んでおり、待ち伏せされていたのはデュオルギスの部隊だったと思い知らされる。
「まだ通信は回復しないのか!!」
家屋の壁に身を隠しながら、室内の通信兵へデュオルギスは声を飛ばした。
「ノイズがひどく、まだ……!」
オルドレンス川にかかる橋を緑の国の戦車部隊に抑えられたことで市街地に閉じ込められたのはデュオルギス戦闘団の方だった。
反対側の橋も緑の国の部隊に抑えられ、デュオルギス戦闘団は市街地で完全に孤立してしまう。
しかし、二日目には友軍の三個師団が到着する手筈だった。デュオルギスは友軍の到着を信じて、籠城戦を敢行した。
だが、初日のクリアな通信はどこに行ったのかと思うほど、二日目から全く無線が繋がらなくなった。
そして、三日目になっても友軍は到着しない。戦闘経験の浅い隊員たちは次々に倒れていく。
最早、デュオルギス戦闘団は瓦解寸前であり、友軍の到着の知らせが寿命を知らせるタイマーと同義である。
「大隊長!! 通信が復活しました!!」
待ちわびた通信兵の声。デュオルギスは窓辺から室内へと駆け込むとすぐに受話器を耳に当てる。
しかし、もたらされたのは祝福の鐘ではなく、絞首台の紐が切られる音に等しいものだ。
「まだ、八十キロ手前だと……!」
全滅の前に友軍が到着するのは絶望的だという現実の知らせ。
神のいないこの国で奇跡も恩赦もありはしない。
人々から営みを奪う兵士に過ぎない我々には、地獄以外の道はない。許されはしない。
デュオルギスは祈るのを止め、静かに立ち上がる。
「だ、大隊長……?」
「敵を一人でも減らす! 我々に残されたのは仲間が進む道を切り開くことだ!!」
絶望はなかった。アイシャのいる天国に行けないのなら、ニアに戦争の無い平和な国を残す。
デュオルギスの眼前で命の光が輝いた。
ノエは消えかける体を隠すために自室に鍵をかけて扉の前でしゃがみこんでいた。
『能力に呑み込まれようとしている。ノエ、しっかりしろ。現実を受け入れるんだ』
グーニーは心配そうに声をかけてきてくれているが、もうノエの意識は消えかけていた。
リリエルとハロルド小隊長を狂わせた張本人は自分だった。
あの日、ハロルド小隊長が殺された日に見えた未来は自分を殺す光景ではなく、リトが透明な体のリリエルをあたしの目の前で倒す光景だった。
下から見上げていたあたしには光の反射でリリエルの体に自分の姿が映りこむのを見て、勘違いしただけだった。
これで何度助けられただろうか。何度守られてきただろうか。それなのに、自分はまだ──
「リト、ごめん、ごめんね……」
デュオルギス大隊長にクローマー中将を預けた後、リトはニアを黒の国の安全な街へ送り届けた。一人にさせると無茶をしそうなので、しっかり軍に要請を出し、ニアは不満そうだったが養護施設に引き取られた。
他にも戦闘団の肩代わりをした仕事もあったが、鉄道路線の確保は旅団の船が上空に浮かんでいるだけで、緑の国の部隊は近付こうとしない。
道路の確保も、戦車部隊を輸送して配置につかせただけで終わってしまった。
リトのところにはイルマール空挺参謀総長から任務を途中で切り上げるなと、お叱りの連絡が来ていたが、道中二度も別の任務に就かされたこと。
また電報に嘘の情報を記載したことをねちねちとねちっこく嫌味を飛ばして通信は切られていた。
『緊急! オルバード市街地へ英雄級インビジブル接近中! 直ちにスクランブルへ!!』
耳にはまるインカムから緊急コールが鳴り響いた。
ドンドンドンと扉を叩く音が聞こえる。
「ノエ! 開けてくれ! 緊急コールだ! 早く行かねぇと!!」
仕事が全て済むまで数日かかってしまった。リトは早くデュオルギス大隊長のところへ向かいたいと言っていた。きっとこの緊急コールとはデュオルギス大隊長のことだろう。
「ノエ? どうしたんだ? 何かあったのか?」
だから、こんな姿を見せて、またリトに迷惑をかけるわけにはいかない。
聞けばデュオルギス大隊長はまだリターンチャンスを果たしていないらしい。
最後の任務を任されて、それに従事ているのだとか。リトは「くそ真面目過ぎる!」と腹を立てていた。
きっと、リトがいればデュオルギス大隊長も大丈夫。そう思うと意識は薄れていく。
遠くでここには居ないはずのディーウェザー副団長の声が聞こえた。
「……許せないのなら、同じ十字架を背負うしかない」
それが最後の忠告ですね。ノエは理解していた。守られるほどに、救われるほどに、守ってもらえなかった、救ってもらえなかった、家族のことが思い出された。
「ノエ!? まさか能力に呑まれそうになっているのか!?」
リディエンハルトは神じゃない。全てを救えるはずが無いのに、ノエの心は許せない。
「……ごめん、なさい」
『ダメだノエ! 能力に呑まれたらそこは精神世界と現実の境目!! 落ちたら戻れなくなるぞ!』
涙がこぼれた。グーニーの忠告も聞き入れられず光に包まれたノエは、やがて自身の能力に呑み込まれ、光が弾けてこの世界から姿を消した。
だが、バンッと扉の開く音。伸ばされた手と確かな声は聞こえていた。
「ノエ!! 俺のそばに居てくれって言っただろ!! 消させねぇからなっ!!」
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