第42話 参謀本部は荒れ狂う
「次から次に!! どうなっているんだ!!」
参謀本部の会議室は、本日も荒れていた。
ようやく始まったフェニックス作戦。結論から言ってしまえばフェニックス作戦自体は成功した。
裏でリディエンハルトの活躍が無ければ各所で頓挫していた作戦だが、天は我々に味方していると言ってもいいだろう。
緑の国の鉱山と油田を同時に抑える奇襲作戦がフェニックス作戦の概要だが、エントール港での予期せぬ包囲戦にて鉱山地帯の戦域は手薄となり、予定通りに占拠が完了。
油田地帯を抑える作戦では黒の国が保有する三分の一の兵力を投入するというまさに起死回生を懸けた博打的な内容であったが、予定通り作戦開始の三時間前にクローマー中将が作戦内容を北東司令部に書簡で届けられたこと。
主要道路の確保でもって戦車部隊を予定時間内に配置につかせたこと。
鉄道路線の確保によって夜間のピストン輸送を繰り返し、予定通りの人数の兵士を前線に投入できたこと。
それを可能とさせた第一独立空挺死人旅団第二十二高射砲突撃死人大隊の活躍により滞りなく作戦は開始となった。
本来はその任務をバルシュタイン戦闘団が請け負っていたのだが、燃料を積んだ航空機が黄の国の旅団に襲撃され、さらに天候悪化が重なり補給が不可能となったときは作戦本部の誰もが天を仰いだ。
さらに運の悪いことに通信機器の不具合でバルシュタイン戦闘団との連絡が途絶える。ついでに他の戦線から兵士をかき集めたため、訓練の足りない兵士を編成したり若い将校が部隊を指揮することになり、予想以上の混乱を見せたのがバルシュタイン戦闘団であったが、幸運にも道中でリディエンハルトに拾われている。
無線機はいつの間にか復活していた。報告によるとニアという子供が移動中ずっと通信機器を触っていたという。
苛烈な戦闘で起きた被害は緑の国の街であるし、目をつぶれる範囲内であった。
それよりも、あの悪魔のように口の回るリディエンハルトを無償で働かせ、油田地帯制圧の勝利に一枚かませたデュオルギス大隊長の功績は大きい。
おかげさまで一度は任務を切り上げて帰ってきたリディエンハルトを怒鳴りつける材料にも恵まれた。その後口頭で百倍返しにされたが。
ついでにいえばリディエンハルトにはルヴィという強力な手札が増えてしまった。
イルマールにとって頭の痛いことにパンドラの死人であり、かつ英雄級のルヴィの手綱などリディエンハルトに握らせておくしかない。
しかし、軍は功績を正当な理由でデュオルギスに授与できたのである。リディエンハルトではなくて本当に良かった。預言書をリディエンハルトに渡すつもりなどさらさら無かったが、それでも今度ばかりは渡さなければイルマールの首は跳ねられていたであろう。
フェニックス作戦はつつがなく完了し、現在は緑の国の首都陥落へ向けて本丸の作戦が始まったところである。
ようするにここで首都を落とせば晴れて緑の国を黒の国の領土とすることが出来るのだ。
緑の国を足掛かりに黄の国へ攻勢展開、勝利は目前にぶら下がっている。
とはいえ、ここで躓けばフェニックス作戦も意味がない。しかし、イルマールはもう肩の荷が下りたとばかりに優雅に葉巻を加えていた。
そして、作戦本部長バルシュタイン中将の怒声は続く。
「三個師団の到着がまだ確認できていないだと!? 空挺師団であろう! 空から飛び立つのも確認できていないのか!!」
どうやら、またしても予定時刻に、予定ポイントへ、予定していた部隊の到着が頓挫しているようである。
それに答えたのは通信兵からの報告書をまとめた作戦本部補佐官、ダイナー上級大佐であった。
「天候の悪化で急遽予定より二百キロ離れた上空で散開した模様であります。無線が使えず、現在三個師団の隊員がどこにいるのか把握できておりません」
「二百キロだと!? 空も飛べぬ空挺師団の隊員が予定ポイントに到達するのはいつになるのだ!!」
空挺死人旅団であれば空を飛べる隊員もいるが、空から落下するだけの空挺師団では、着陸地点でばらけていてもおかしくない。
ついでに言えば、着陸地点が戦場ではないとも限らない。既に緑の国は徹底抗戦の構えで主力部隊を首都周辺に展開している。敵兵士に遭遇しないとも限らないのだ。
「し、しかし、橋頭堡を確保しに向かったデュオルギス戦闘団とは連絡が取れております! 現在戦闘団は予定通りオルドレンス川を渡河。橋を確保の後、街に侵攻したとのことです!」
バルシュタイン中将は忌々しそうにデスクを拳で叩きつけた。
「我が国でまともに動けるのは『死人』だけか……!」
そう言いたくなる気持ちはイルマールにもわかる。しかし、そもそも普通の兵士と『死人』では肉体のポテンシャルからして違う。
一度死んだ肉体は回復力も早く強靭である。しかも能力者だ。
今回、バルシュタイン戦闘団改め、デュオルギス戦闘団に編成された兵士は、元から戦闘団に所属していた兵士に加えて、デュオルギスが大隊長を務めている第九独立空挺死人旅団第四擲弾兵死人大隊の負傷者以外も編成に加えた混成部隊だ。
新人も多くいるが普通の人間の兵士は軍の厳しい訓練により武器の扱いには長けている。
それに加えて『死人』の能力者も戦闘に参加するのならば、橋頭堡の確保は容易い。
そういった理由もあり、イルマールは口中でたっぷりと葉巻の芳醇な香りを楽しみ、会議室に煙を吐き出していた。
バンっと扉が開き、またしても若い通信兵が飛び込んでくるまでは。
「緊急!! 黄の国の旅団! え、英雄級がオルドレンス方面に急速接近中!! 繰り返します! 悪名高いインビジブル率いる空挺死人旅団が橋頭堡方面へ急速接近中!!」
ポロリと、イルマールの口から葉巻が落ちた。ジュッという音を立てて床の絨毯から焦げた匂いが立ち上る。
「ば、馬鹿な……あいつはリディエンハルトに二度も殺されたはず……ま、まさか三度目!?」
ついに参謀本部参謀総長の怜悧な眼が開かれた。
「リディエンハルトを向かわせろ!! 橋頭堡無くして首都陥落はありえん!!」
本日に限って胃薬の用意が無かったイルマールは、腹を下すとトイレに駆け込んだ。
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