第41話 最後の予言

 今度は両手を広げると蜘蛛のように糸を何本もこちらに向かって飛ばしてくる。


 さすが半分悪魔に乗っ取られているだけあって能力の多様化と威力の強化が凄まじい。捕縛するつもりなのかと思って後ろに跳躍して避けたが、糸は鋼鉄で出来ているのか、糸に沿って炎が走る。


 これは捕まれば身動きが取れなくなるばかりではなく延焼によるダメージも逃れられない。

 早めに決着をつけるため、糸の出現場所へ向けて弾丸を連射した。


 ディーウェザーに頼みリディエンハルトの雷を弾丸に込めた特製の雷弾丸だ。

 発射と同時に激しいマズルフラッシュによって建物と建物の間を跳ねるように跳躍しているリリエルを眩しく照らした。


「目くらましかよ!!」

 だが、リディエンハルトは今度こそ稲妻化してリリエルの頭上へ光速を超えた跳躍をすると左手で渾身の一刀を放った。



 ズバラバラバラガラガラガラドゴオオオオオッン!!!!



 落雷のような激しい轟音を響かせながらリリエルの右肩から左わき腹に向かって切り裂いた。


「んなっ!?」


 驚愕の表情を浮かべるリリエルを見れば右肩は抉れている。


「くそ硬てぇ体だな。悪魔ってのは鉄食って生きてんのかよ」


「なぜオレの居場所が分かった!?」


 残り時間も少ないのであまりおしゃべりをしたくは無かったが、種明かしくらいはしてやるべきかと思う。


「物体を観測するためには光が必要だ。光を当てれば影ができる。影は誤魔化せねぇだろ」


 影を生み出す光の位置には必ずリリエルの本体がある。そのための雷弾丸だ。


 種明かしをされたリリエルは舌打ちすると両手に炎の弾を作り出し、四方八方へ高速連射というより連続乱射で辺りを炎で包み込んでいく。


 リディエンハルトは右耳にはまるインカムに指先でボタンを押しながら指示を飛ばす。


「ディーウェザー! 住人を全員街から避難させろ!!」


『……仕留めなよ。めんどくさ』


「体が硬てぇんだよ!! 戦闘団にも発砲許可を出せ! 住人には当てるなよ!! 家にいる奴も全員街の外へ避難させろ!!」


 意義異論は認めないということで通信は切った。街の中央の方へ飛んでいくリリエルを追いかけた。


 ライブ会場の方は突然の爆発により混乱状態だった。観客たちは我先にと逃げ出していく。


 ステージの方で待機していた戦車は空に向かって砲弾を三発撃った。戦闘開始を告げる威嚇射撃だ。周りにいた戦闘団の兵士もディーウェザーの指示に従いライフルを抱えて逃げ遅れている民家の方へ走っていく。


「逃げろっ!! 全員街の外まで逃げろっ!!」


 リディエンハルトは上空で声を張り上げた。ステージの方へ視線を向ければ目を見開いたノエを支えるデュオルギスとニアの姿を見つけた。


「あたしが、リリエルもハロルド小隊長も……」


 ノエは真実を聞いて絶望しているようだ。無理もない。


「デュオルギス!! ルヴィ! ノエとニアを連れて逃げろ!!」


 リディエンハルトは指示を飛ばすと、空中で狂ったように炎の弾を散弾連射していくリリエルに向けて雷弾丸を高速連射にてマズルフラッシュを引き起こす。


 見えた体に向けて今度は斬撃での連撃を放った。一撃一撃、全て肉体を両断するつもりで剣を振り下ろしているが、リリエルは口から血を流しながらも両手を空へ掲げて巨大な炎を作り上げていた。


「あの女ばかり光の中で生きやがって!!」


 身勝手な妬みには反吐が出る。ノエにはノエなりに背負い込んだ闇がある。


「そりゃ嫉妬するよな。お前は単純に相手の脳に電気信号を送り、錯覚させているだけ。だが、ノエが見ているのは錯覚でも幻でもない。本物の未来、覆せやしない観測された過去の歴史だ! てめぇみたいな偽物とは格が違ぇ!!」


 顔面を歪ませるリリエルは唾を飛ばす。


「うるせぇうるせぇ!! てめぇら全員道連れにしてやるよおおおおおおっ!!!」


 リディエンハルトはハンドガンを捨てて両手で剣の柄を掴む。


 リリエルの上空ではとぐろを巻いた炎の渦が白い光を放っていた。


 逃げることも隠れることも叶わなくなったリリエルの首元へ。研ぎ澄まされた刀身は宵闇を裂く上弦の月を鮮明に描いた。






「デュオルギスさん! 逃げないと!」


 ハッと顔を上げる。ニアの声に気が付いた時にはノエが駆け寄り、自分の腕を掴んで走り出した。


 デュオルギスも足を動かす。しかし、心は街の様子が気になり、覚束ない足取りは隣を走るノエの足まで遅くさせた。


「大隊長! しっかりしてください! 逃げないと危険です!」


「大隊長様ぁ! お望みであればハルバードにお乗せ致しますがどうしますかぁ?」


 ノエの護衛を務めているルヴィにまで気を遣わせてしまった。


 わかっている。自分でもこの場にいたら危ないとわかっているのだ。しかし、


「街は……? 彼らの家はどうなるのだ? 帰る場所は……?」


 ノエのかつての仲間だったという悪魔、この街はただ我らの戦いに巻き込まれただけではないのか。


 その時、ドゴオオオンッ!! と、激しい爆発音と共に街中で炎の柱が噴き上がった。


「逃げて! お願いだから逃げて!! もう止まらないのよ!!」


 止められなかった。戦いを、悲惨な結末を。よろよろと、ノエとルヴィに引きずられながら体は街から遠ざかる。


 炎のオレンジ色が生き物のように口を開けて、街を呑み込んでいった。


 上空の戦闘は一気に苛烈さを強めていく。隊員の避難が終わったことを総団長は察したのだろう。


 それは太陽のような輝きだった。


 細くジグザクの稲光が上空から一直線に街の中心部へと注がれる。


 キュイン……!


 音が一瞬消えた。風も止んだ。時ですら息を止めたように感じた。


 そして、


「反転!!」


 ノエの声に一瞬遅れて、




 ドガラガラゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ……ン!!!




 上空から落ちた稲妻と同時に炎の波が津波のように押し寄せた。おそらく爆風も、辺り一帯を吹き飛ばすほどの威力で吹き荒れただろう。


 しかし、ノエの反転の能力でデュオルギスたちが避難した方角の炎は雷と爆風と共に中央へ押し戻される。


 そして、反対側からも、誰かの能力なのか。おそらくはディーウェザー副団長の能力だろうが、流れ込んだ炎の波が街の中央へと押し戻され、結果的に街の中心部へ集まった炎は圧縮され、酸素と混ざり、拡散爆発を起こす。


 二度目の大爆発。しかし、爆風は中心部で竜巻となり、黒い雲を巻き上げて上空へと昇っていく。黒煙の中で緑色の稲光が走る。まるで黒竜が天に昇るような光景だった。


 吹き荒れた風も収まり、静かな気配に気づく。目を凝らした。いや、目を見張った。


 直前まで家族の営みがあった街は跡形もなく地上から消え失せていたのだ。


「なぜ……どうしてここまで……!」


 こんなものは最早戦争ではない!



 そのとき、ノエが急に叫び出した。



「いやああああああああああああああっ!!」



 突然、頭を抱えてノエはしゃがみ込み、大粒の涙を零し始めた。


「ノ、ノエさん!? どうしましたか!?」


「ノエお姉ちゃん? ど、どうしたの?」


 ルヴィもニアも驚いてノエの肩を揺さぶり心配していた。


 そこへ戦いの終わった総団長が空から降りてきた。


「お前たち無事か?」


「ノエお姉ちゃんが大変なんだ!!」


 ニアの叫びでノエの異変に気が付いた総団長はノエの元へ駆け寄った。


「ノエ、どうした?」


 ハッと顔を上げたノエは涙を流しながら総団長の体に抱きついた。


「デュオルギス大隊長はどうして死んでしまったの!? なんで!? 戦いは終わったんでしょう!?」


「お、落ち着け。何を見たんだ?」


 自分が死んだ? デュオルギスも混乱する内容だった。


 ルヴィもよくわからないと目をぱちくりさせている。


「戦いは終わったのよ!! なのに、それなのに、お墓が……! デュオルギス大隊長の名前が刻まれたお墓が……!」


「デュオルギスの墓石が建っていたんだな?」


 嗚咽を漏らしながらノエはこくこくと何度も頷いた。


 彼女は未来を見るという。これはだ。それはつまり、自分はこれから死ぬということか。



「……そうか、そうだったんだ。パパはこうして二人に殺されたんだ……!」



 気が付けばニアは痣の浮き出る右腕を押さえながら涙を流していた。それは違うとデュオルギスは言ってやりたかった。


 しかし、消え去った街と自らが死ぬ運命を突きつけられたデュオルギスは石のように動けないでいた。


「デュオルギス、バルシュタイン戦闘団はお前に預ける」


「……え?」


 まともな返事も敬礼もできずに聞いていた。


「クローマー中将はお前が北東司令部まで連れて行くんだ。護衛に戦闘団が付くならじじいも文句は言わねぇさ」


 総団長は泣き崩れるノエの背中を撫でながら言葉を続けた。


「戦闘団が任されていた主要道路の確保と線路の確保は俺の旅団が請け負う。じじいにはお前から進言されたと言っておく。お前は間違いなく預言書を授与されるから安心しろ」


 この人はどうしていざ戦闘が始まると慈悲もなく非道に人々を焼き払うのに、平常時には慈しみと優しさを持ち合わせるのだろうか。


「どんな未来でもいつかは俺だって墓の下なんだ。あんま気にするなよ。ノエは何年後とは言ってねぇだろ」


 その通りだ。ここで街を守れなくても、レジスタンスを焼き払った悪魔の一味だとしても、自分がすぐに死ぬとは限らない。


 ノエの体は半透明に透けており、零す涙と一緒にノエも存在が消えていくように思えた。


 デュオルギスと同じく戦場で苦しみと戦うノエを救い出す方法を見つけられない。


「大丈夫だノエ。デュオルギスを死なせたりしない。ノエにとって不幸な未来は全部俺が覆してやる。ノエを守り抜くと誓っただろ」


 か細い声で返事をするノエは総団長の腕の中ですすり泣いていた。


 ハッキリとわかっているのは、自分は総団長の判断とノエの予言によって戦場から逃げる手段を与えられたということだ。


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