第39話 インビジブルの正体

 街の広場に作られた特設会場。普段からお祭りのときなどにステージを使うことがあったらしい。音響設備も街で用意されていた。


 ステージに近い前列には椅子が並べられ、小さな子供やお年寄りが詰め居るように座っている。

 後方では立ち見客がステージに向けて熱い視線を向けていた。


 やがてリディエンハルトが預かっている戦闘団の戦車から空砲が発射された。


 ドンッという音を合図にノエが登場した。拍手喝さいが巻き起こる。スピーカーから流れ出した音楽に合わせてノエがマイクを掴んで踊り出した。


「皆さん! 今日は楽しんでいってください!」


「きゃああああああ!!! ノエノエ可愛いいいいいい!!!」


 悲しいことに最後尾まで聴こえるほど絶叫しているファンはルヴィだった。

 まぁ盛り上げ役としては役に立っている。ガチのファンの様子に若干子供たちが引いてしまったことが不幸といえば不幸だが。


 しかし、先ほどまでは歌いたくないと落ち込んでいたのにステージに立てばノエは間違いなくアイドルだった。


 高らかに片手をあげ、ステッキを回すようにマイクを持つ手をくるくると旋回させると、口許にマイクを持っていく。音楽に合わせてノエの可愛らしい歌声が会場から街中に響き渡った。


 スカートをひらひらと蝶の羽ばたきのように舞い上がらせ、旅団のコートを翻らせて踊っていく。観客に向けた満面の笑顔。激しいダンスに合わせて歌声も響かせているのに、まるで疲れを感じさせないノエのパフォーマンスに一度は引いた子供たちさえも夢中になり会場中が沸いていた。


 一番後ろの立見席でノエの姿を眺めていたリディエンハルトは満足そうに一曲聴き終わると、拍手をしようと手を持ち上げた、その刹那、ステージ上が爆破炎上した。


「きゃあああああああああああ!!」


「っくそ!!」


 予期せぬ攻撃、体に雷を纏わせたリディエンハルトは音速を超えてステージ上へ降り立つ。


 素早い動きでノエを爆破から守っていたのはグーニーだった。口でノエのコートを掴んで移動したようで、ノエの方は無事だった。


 しかし、襲撃者の顔を見た瞬間、ノエはありえないと叫んだ。


「そんな……! リリエル!? あなたがインビジブルだったの!?」


「リリエルさん!? ではメイベルさんを殺したのもあなたですね!!」


 ハルバードを構えてリディエンハルトの横に並び立ったルヴィは戦闘態勢に入った。


 会話こそした覚えはないが、屋敷で何度もその顔は見た。確か女好きのリリエル。防空壕の中ではヒッポという隊員と一緒に突撃して森の中で心音が消えたとノエは語っていた。


 だが、今目の前にいるのは首の下から先はボロボロのうさぎの着ぐるみを纏った、顔の半分が抉られた、まるで屍人の姿だ。


 半分は人間の顔をしているが、抉られた眼球の部分には真っ赤な球体が埋め込まれ、脳みそからは球体を守るように黒い帯が何十本とうねりながら今も生え続けている。


「いや、こいつは本物の英雄級インビジブルじゃねぇよ。防空壕のあの一発で死んだノエのかつての仲間リリエルだ。ハロルドと同じ、二度目の悪魔と融合しても戻ってきたみたいだな」


「そんな……」


 人間の意識はまだ半分は保っているんだろう。リリエルはノエを指さして嗤った。


「全部、お前が悪いんだ。ノエが地雷を踏みぬくから、気絶したノエから、おれもハロルド隊長も聞きたくなかったことまで聞かされたんだよ……!」


 思わず舌打ちしそうになった。ノエが意識を失ったときは速やかにリディエンハルト、もしくはディーウェザーに報告するようにハロルドには勧告していた。


「ノエのせいではない。ハロルドの職務怠慢だ。そうならないようにノエの意識消失時は速やかな報告を俺は念押しして義務付けしておいた。勝手に寝言を聞いたてめぇらに文句を言われる筋合いはねぇ」


 だが、半分悪魔に乗っ取られたリリエルは唾液を飛ばして叫ぶ。


「ノエは悪魔だと最初から伝えとけよ!! へぼ総団長!! おれたちは仲間想いでお優しい部隊なんだぜ!! ノエの回復を待ってから報告しようと思ったんだろ!!」


「お優しい部隊の中から裏切り者が二名も出ているなんて、ホントこの世は丸くて平和だぜ」


 嫌味に嫌味で返していたら、ノエはリディエンハルトにしがみつき、リリエルに問いかけた。


「メイベルに何をしたの……? あんなに可愛がっていた後輩を……ねぇ、殺したなんて嘘でしょう!?」


 だが、リリエルは口角を上げると薄く笑みを浮かべて語った。


「口封じだよ。メイベルだけはあの時点で生きていると知っていた。なにせおれがまだ


「何があったの……? あたしは、みんなに何をしてしまったの……?」


 のこぎりのようなギザギザの刃がついたナイフを長い舌で舐めるリリエルは答える。


「いいぜ、教えてやるよ。あの日、おれたちが聞いた悪夢をな!!」




 リリエルの語りは、ノエが地雷を踏みぬいてしまい反転能力で直撃を免れたものの大きく吹き飛ばされたせいで地面に強く体を打ち付けたノエが気絶したところから始まった。


 ライブ開催地の下見に来ていただけなので、防空壕の中でノエが名前を出したメンバーは、ノエが吹き飛ばされた事態を見て慌てて駆け付けたらしい。


 新人偵察兵であるメイベルには過去に医療関係の勉強していたのか、応急処置や医療についての心得があり、脈を測り、呼吸を確かめると、頭を動かさないように担架で運んだ方がいいと提案した。


 それに同意したハロルドは近くの医療施設へノエを運び込むため車両と担架を用意してくるように部下に指示を出し、担架が到着するまでノエを囲んでみんなで様子を見ることにした。


 ところが、異変は訪れた。目をつぶったまま明らかに意識を失ったままのノエは明瞭な言葉で喋り出したのだ。


「ヒッポ、ハスラーのギャンブル癖をいつも仕方のない奴だと笑い飛ばしているけれど、あなたは生前ギャンブルの借金で首が回らなくなり、ギャングに追い掛け回されておしりの毛を焼かれたのよ。今もおしりにやけどの痕があるのはそのせいね」


 一瞬、みんなノエはどうしてしまったんだとその場の空気は凍り付いた。


 しかし、話の内容はヒッポの尻の毛が燃えた理由である。すぐにみんな大笑いしてはしゃぎだした。


「あははははは! やだヒッポ先輩、おしり、おしりってぇ! あはははは!」


「わ、笑うな! なんでノエはおっちゃんのケツのやけどを知っているんだよぉ!」


「というか、ノエの寝言ってめっちゃハッキリしているよな。起きている時より聞き取りやすいくらいだぜ」


 ハスラーのいう通りだった。ノエの喋り方は余計な感情を削ぎ落したような、まるで神父の語る説教にも似た響きで、心にすっと入り込み、誰の耳にも聞き取りやすかった。


「メイベルは看護師の男と付き合っていたのよ。男のお医者さんごっこに付き合ってあげているうちに医療の知識を身に着けて、こうして役に立てているんだから偉いわ」


 真っ赤な顔で慌てるメイベルは男たちに思いっきりからかわれた。


「おいおい、ノエを黙らせないと全員の赤っ恥話を聞かされることになるぞ」


 この時のハスラーの言葉通りにここで止めておけばよかった。


 しかし、すでに暴かれたものやリリエルやハロルドなど楽しむ者もおり、結局ノエを起こさなかった。


「恥じ入る必要はないのよハスラー。あなたは生前重度の下着愛好家だったわ。何度も警察に捕まって、それでもやめられなかった。それに比べればギャンブルは可愛いわ」


 メイベルはハロルドの方にすり寄ると侮蔑の目をハスラーに向けた。


「真の変態はハスラー先輩だったんですね!」


「誤解だよ!! オレの部屋を見てくれて構わない!! 下着なんて一枚も盗んじゃいないんだ!!」


「ノエは生前と話していただろう。ようはハスラーは依存症にかかりやすいんだろう。死人になってからは先にギャンブル依存になったから下着に興味がわかなくなったんじゃないか」


「ハロルド隊長!! それだとオレに前科あるみたいでフォローになってないですよ!!」


 この時までは、みんなゲラゲラ笑って暴かれていく過去を楽しんでいた。


 リリエルも自分にはどんな話があるのかと、わくわくしながらノエが語り出すのを待っていたほどだ。


 しかし、それは誰も予想しない衝撃的な話だった。



「初めてのアルバイト先のカフェでリリエルと出逢ったのよ。

 常連客のリリエルとよくお話もした。


 あの日もお店が終わるまでギターをつまびいてお客さんを楽しませてくれたリリエルは、もう暗いからあたしを家まで送ってくれると言った。


 だけど、帰り道にリリエルに告白されて、驚いたけど、そういう気持ちをリリエルに抱いたことはないわと告げたわ。


 だってそうでしょう。リリエルは背も高くてとてもかっこいいけれど、あなたは女の子だし、女の子の気持ちを捨てたわけではなかった。


 でも、リリエルは怒ったわ。あたしに生まれたかったと、そういって背負っていたギターであたしの頭を殴ったわ。


 千切れた弦であたしの首を絞めて殺したの。


 だけど、騒ぎを聞きつけた女性警官があなたの頭を撃ったから、あたしたちはほとんど同時に死んでしまったのよ」


 その場は水を打ったように静まり返った。誰も何も言葉を発せず、リリエルの顔を見ようともしなかった。


 しかし、その場で唯一、ノエだけは最後の一人に向けて語り出した。

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