第38話 ノエのライブ開催

「ねぇリト、提案があるの」


 すっと総団長の横に並び立ったノエは笑みを浮かべていた。


「燃料を鹵獲するなんてそんな強盗みたいな真似をするより、あたしのライブを開催するのはどうかな。それで少しだけ燃料を分けて頂けませんかって穏便に話し合いでお願いするの」


 デュオルギスはその提案に心底安心した。ノエの提案であれば街で無用な争いをせずに済む。


 ふらりとノエの横に並び立ち、ノエの肩に手を置いたのはディーウェザー副団長だった。


「……名案だ。この度胸は素晴らしい。どうせ逃れられないならさっさと自分から飛び込む」


 うんうんと副団長は深く頷いているが、デュオルギスにはなんの話かわからない。


「まぁそうだな。そんなにノエがライブを開催したいなら未来に向かって進むのも悪くない。ただし、時間も無いから2,3曲で頼めるか?」


「もちろんです! それじゃあ、あたしは振付のチェックと声出しの練習をしてきますね」


 進路を北へ変更した。本来であれば北東方面に向かう予定だったが、そちらには近い場所に街が無い。仕方なく大きく回ることになるが、一度北の街に向かい、燃料を補給してから北東司令部に向かうこととなった。


 だが、ノエの提案のおかげで街に向かう目的は燃料の鹵獲ではなく、ゲリラライブの開催だ。


 移動中、無線機が使えないと嘆いていた通信兵の抱えた無線機をニアはいじくり回す。


「急ごしらえだけど、これでたぶん大丈夫だよ」


 明るく手先の器用なニアには暗い気持ちの兵士皆が癒されていた。


 ノエのライブ開催と聞いて振付のチェックをしながら歌を口ずさむルヴィの周りには恋に落ちた兵士が群がる事態となった。


 やがて、街が見えてきた。リディエンハルト総団長がトラックを降りた。


 グーニーを連れたノエと共に街に入り、数十分、町長と話し合いが行われたようだ。


 帰って来た総団長たちは無事に燃料を分けてもらえる約束を取り付けられたと話す。


 戦闘団が燃料を補給している間、ノエは住民を楽しませるためライブを行うことになった。


 全員が街に入り、それぞれの配置に着く。戦闘団は燃料の補給へ。デュオルギスたちは急ごしらえの仮設テントの中でノエの準備を手伝っていた。


 手伝いといっても、ノエに水を用意したり、タオルを用意するなど、備品の準備くらいだった。ついでにこのタイミングで食事をとることになった。町長さんから食事の差し入れを受け取り、デュオルギスはニアと並んで座り弁当を食べる。


 ルヴィは最前列でノエのライブを見たいと言い出して食事を観客席で取っているようだ。


 総団長とノエも向かい合って座り食事を取っていた。ディーウェザー副団長はグーニーの隣で寝ている。しかし、ノエは暗い顔をして、あまり食事が進まないようだった。


「どうしたノエ?」


 総団長も暗い顔をしているノエの様子に気づき声をかけた。


「……あたし、自分で言い出したことですけど、ライブで歌う自信ないです」


 ノエはまだ暗い気持ちを引きずっているらしかった。


「歌い慣れた曲でいいんだぞ?」


 ぷるぷるとノエは首を横に振った。


「そういう意味じゃないんです……もちろん、平和的に事態を収束させるためには、あたしが歌うのが一番いいってわかってるんです。でも……」


 ちらっとノエの視線が向けられたのはデュオルギスとニアの姿だった。


「ねぇリト、正しい生き方ってなに? どうすれば誰も傷つけずに、自分も苦しまずに生きられるの……?」


 デュオルギスもおかずをのどに詰まらせたように呑み込めなくなった。


 ノエの問いはデュオルギス自身、戦場で何度も自問自答した内容だった。


 総団長は頭をかいて、弁当を脇に置くと、ノエの目を真っ直ぐ見つめた。


「俺も、悩んで足掻いて、今もまだ答えを見つけられないでいる」


 素直に驚いた。なんでも一人で解決してしまえそうな総団長でも悩むことだったのかと。


「リターンチャンスを果たさなければ死人には自己の権利すら存在しない。俺はいいよ、強いから。でも、死人の全員が強者ではないだろう? リターンチャンスという制度が弱者を守るためにあるというのなら、俺は死人の弱者も守れるように道を作り最強になろうと思ったんだ」


 ノエはディーウェザー副団長の方を見ると静かにうなずいた。


「世界は子供だから、あたしたちみたいに特殊能力という武器を持った死人は怖い大人に見えるという話ですよね」


 デュオルギスはニアの方を見てなるほどと納得する。確かに子供には大人が怖い存在に見えるだろう。


「実際に同じ街で暮らせる友達かどうか見定める制度だと、俺もディーウェザーから聞いたが、そもそも俺たちは誰かに殺された被害者だぞ。怯えている世界の中に武器を持った犯人が潜んでいるというのに、そいつとは友達面している世界と俺は友達になれなくて結構だ」


 総団長らしい意見だなと思えた。


「そんなことより、俺はノエのような優しい弱者を救い守りたい。それでこそ正義と呼べるような生き方だ……と、信じているけど、どうだろう……?」


 ノエは不思議そうに首を傾げた。


「どうしてあたしなんですか?」


 総団長の答えはシンプルだった。


「一度裏切ったからだよ。ノエは善意から忠告を発信していた。それなのに俺はその言葉を信じず多くの隊員の未来を閉ざした。二度目の機会があったらノエの言葉を今度こそ信じて、ノエの思いのままに未来を救いたいと思っていたんだ」


 それが総団長にとっての償いで、深い後悔なんだとデュオルギスには感じられた。


「リトは、一人で十字架を背負っているのね。元はといえばあたしのせいなのに……」


「ノエに責任はないと言っただろ」


 しかし、ノエは寂しそうに眉を下げた。慈しみと悲しみを織り交ぜた笑みを浮かべている。


「守られる優しさより、責め立てる十字架を共に背負わせてくれた方が泣けるときもあるんですよ」


 目をぱちくりさせた総団長は参ったというように頭をかいた。


「……そうだな。俺はまた間違えた。ノエが一人で泣いてしまうより、理由を知ってから隣で泣いてくれた方がまだ安心できる」


 とはいえ、と総団長は言葉を続ける。


「背負う必要のない十字架は墓に立てておけ」


 むすっと不機嫌な顔をするノエは納得できなかったらしい。


「あたしが今回のライブでまた余計なものを見てしまったらどうするんですか。知らんぷりで後からお墓の前で手を合わせろとでも仰るつもりですか」


「憎しみは殺した犯人に向けるものだ。防げなかったと涙を流す人がいるなら、そいつこそ優しい人間だろう」


 ハッとした顔で目を見開いたノエは、何かを思い出すように総団長の向こう側にある遠くを見ているようだった。


「……ずるいです。ハロルド小隊長と同じことを言うなんて」


「そうか。ハロルド小隊長はきっと俺より優しくて賢かったんだろうな」


 ノエの頭を撫でる総団長も普段の鬼人ような恐ろしさとは程遠い、優しさに満ちた表情を浮かべていた。


「そいつなら、ノエを笑顔でステージに立たせてた。俺は馬鹿だ。慰める言葉一つも持ち合わせていない」


 だから、と総団長は優しく諭す。


「何か起こったら全て俺に責任を投げてしまえ。そいつとは一つだけ明確に違うところがある。俺は強い。責任を取れる。ノエの悲しみや憎しみを背負っても俺は潰されない」


 涙を滲ませるノエは悲しみを呑み込むように唇を噛み締めていた。

 しかし、ぐいっと乱暴に手のひらで零れかけた涙を拭うとノエは弁当に手を伸ばす。


 チキンカツを口に運びもぎゅもぎゅとリスのように頬を膨らませながら咀嚼している。総団長を睨みつけながら。


 睨まれた総団長は苦笑いを浮かべながらノエが口の中のものを呑み込む様子をじっと眺めていた。


 ごきゅりと嚥下したノエはフォークの先を総団長の鼻先へ向けた。


「ものすごく了解です。実際に総団長は全部受け止めましたもんね。それなら弱い人間を馬鹿にした報いを受けさせます。あたしはこれから全ての責任を総団長に押し付けますからね」


「あ、ああ。馬鹿にしたわけじゃなかったんだが、口が悪くてごめんな」


 ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くノエは怒っているようだ。


 二人の間になにがあったのかはわからないが、素直に喧嘩できているところが微笑ましく思う。真っ直ぐに責めてもらえる総団長も、許されているノエも、いつかお互いに許し合える関係になれたらいい。


「……パパのことは許してくれないくせに」


 腕の痣に触れながらそう呟くニアだったが、ニアの方が大人たちを許せていない気がした。


 無理もないことだが。


「ニア、アイシャのことを許せないやつなんていないよ」


 デュオルギスの言葉を聞いてニアは潤んだ瞳をデュオルギスの方へ向ける。


「……じゃあ、あざが消えないのはぼくがパパをレジスタンスにしてしまったからなの?」


 そうじゃないとデュオルギスは首を横に振った。


「ニアが悪いもんか。こんな歪んだ世界にしてしまった大人たちが悪いんだ」


 迫害されたのはニアの責任ではないと言えば、ニアは少し安心したようだった。


 そして、ノエのライブ開催の時間になった。


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