第37話 道中で不幸を拾う

 夜通しトラックを軽快に飛ばすリディエンハルト総団長は、誰よりも元気そうであった。


 トラックの窓を開け、片腕を外に出し、風に吹かれながら鼻歌を奏でるほどに。


 総団長に任された町でニアの卓越した交渉能力によりようやく手に入れたトラックは運転手と助手席のデュオルギス以外は眠れる利点があった。


 最初からトラックで寝かせておけば昨夜のレジスタンスを殺すこともなかった。


 自分はまた判断を誤ったと悔やまれる。ノエやルヴィやニアがいるからテントで休息をさせたいと言ったのはデュオルギスの提案だった。


 総団長はそれでも全て己の責任と思っているようでデュオルギスを責めたりしない。


 謝罪をすれば判断を下したのは俺だと言われてしまい二の句を継げなかった。


 もぞもぞと毛布の塊が動き出すとリディエンハルト総団長は後ろの小窓を開けてノエに声をかける。


「ノエ、起きたか? んー? なにしてるんだ?」


 気になったのでデュオルギスも小窓から荷台の方を覗くとノエは熱心に朝日へ向かって祈りを捧げていた。


「きっと白の神に祈りを捧げているのでしょう」


 感心したように頷く総団長は昨晩のことを思い出したようだ。


「ノエが昨日も無事でいられたのは反転の能力のおかげだろ。俺は死人の能力はやはり神々から与えられているものだと思う。そう考えると信心深いノエはちゃんと守られているんだな」


 確かに死人の中にはそう考える人間は多い。生き返ったのは神様の思し召しだとか。


 しかし、サイドミラーに映る自身の黒一色の髪と横で風になびくリディエンハルト総団長の青みがかった黒い髪色を見て純粋な疑問を抱いた。


「我々黒の神の眷属はどこの神の思し召しでしょうか?」


 すると、総団長は苦虫をかみつぶしたような表情で小窓にちらりと視線を送った。


「ちゃっかり本人も生き返っているんだろ。俺を殺した憎い奴が」


 しかし、ぬっと小窓から顔を出したのはディーウェザー副団長だ。ウエハースをかじりながら総団長の頭をボコボコ叩く。


「やめろ、俺の頭は太鼓じゃねぇ!」


「僕は一度も死んでいない」


「んじゃ死人でもねぇじゃねぇか!!」


「リディエンハルトが生き返るのを待っていた。僕たちの友情は永遠さ」


 サムズアップをするディーウェザー副団長だが、色々と噂話を寄せ集めるとその真意は疑わしい。もしも本当にリディエンハルト総団長が黒の神に殺された魔王だとすれば、我らが黒の神、本物のリディエンハルト様はディーウェザー副団長ということになる。


 しかし、生き返るのを待っていた理由が永遠の友情であれば一度目の殺し合いも行われなかっただろう。


 そうなると、待ち構えていたのはもう一度殺すため。この二人は神話の時代が終わってもサドンデスの戦いが続いていることになる。そう考えると総団長の苦い顔にもわずかに同情した。


「まぁ、ディーウェザーの根が良い奴なのは俺も疑ってねぇけど」


「意外なお言葉ですね。てっきり自分はディーウェザー副団長のことを常に警戒しているのだと思っていました」


 しかし、リディエンハルト総団長は困ったような笑みを浮かべた。


「歴史の上じゃ相討ちだろ。本当にあいつが黒の神で俺が魔王なら、あいつは俺に殺されたことになる。だけど、ディーウェザーは一度も俺に文句を言ってこねぇ。あいつは、俺の友達。それしか言わねぇんだ」


 困るよな、と笑う総団長は嬉しそうだった。自分とアイシャも総団長たちのような関係だったことを思えば、その嬉しさも理解できる。


 総団長は文句を言いながらも、ディーウェザー副団長のことを友達だと思っているのだろう。自分が思っていたのとは違う、良い関係に思えてデュオルギスも微笑んだ。

 

 しかし、なにやら熱い視線のようなものを感じて小窓を振り返ると、ルヴィ殿が顔を半分だけ出して総団長殿に何か言いたそうにじっと見つめていた。


「ルヴィ殿、総団長殿になにかご用件ですか?」


「はわわ!! バレた!?」


 あれで隠れていたつもりだったのだろうか。


 総団長殿もどうしたのかと後ろに振り返った。


「なんだ? どうかしたか?」


「あ、あの、その、……おはようございます」


「??? ああ、おはよう」


「きゃああああ// おはようのあいさつしちゃった//」


 真っ赤な顔でルヴィ殿は奥へ消えていく。


「もしかして、新婚さんごっこですかね」


 微笑ましいルヴィ殿のささやかな恋のアプローチは朝から清々しいものだった。


「うああああ……、悩ましい。俺は恋人は一人でいいんだよ。どうしていい感じの美少女が俺の前に二人も現れるんだ? これもか?」


「一般的には幸運かと思われます。贅沢な悩みだと怒られますよ」


「だよなぁ……」


 とはいえ、総団長殿にとっては真剣に悩ましい問題のようで頭を抱えてしまった。



 だが、既に頭を抱えているリディエンハルト総団長の頭をさらに悩ます事態が発生した。


 道中、あろうことか道で詰まっている黒の国の部隊に遭遇したからである。


 戦車の数は十三台。そこそこの数であるし、機械化歩兵、さらには擲弾兵、無線機を担いだ通信兵の姿もある。


 混成部隊がなぜ戦争も始まっていないのに、中立国の公道で堂々と進軍を止めているのか。


 見た瞬間に青筋を浮かばせた総団長はトラックから降りると、指揮官を呼びつけた。


 黒い髪を刈り込んだ二十代後半と思われる若い指揮官が駆けつけると、脊髄反射のようにリディエンハルト総団長の姿を見た途端、跳ね上がって敬礼する。


「お疲れ様です! 自分はバルシュタイン戦闘団を預かるズコッド大尉であります!」


「マジで疲れさせんな! なに人様の道の往来で戦車渋滞させてんだ!!」


 いよいよ黒の国にも人材がいないのか。まさか大尉一人に戦闘団を預けるとは、このズコッド大尉、よほどの天才かよほどの不運かのどちらかであろう。


「ひぃっ! す、すみ、申し訳ありません!! こちらのポイントで燃料の補給を受ける手筈でしたが、天候が悪いためか八時間待っても輸送機の姿が見えず……」


 よほどの不運を引き当てる天才らしかった。


「馬鹿かてめぇ!! 八時間もぼっと空見上げて餌待ってたのかよ!! それだけの時間があれば生まれたてのひな鳥でも人様の迷惑とならぬよう地に落ちて土に還ってくださっているわボケ!!」


「ほっ、ほきゅ、補給、ほきゅぅ……っ!」


 助けてやらねば呼吸困難に陥りそうであった。


「補給したけりゃ燃料を街で鹵獲して来い!!」


「ちゅ、ちゅちゅ中立国ででは!?」


「中指立てた国を俺は中立国とは呼ばねぇよ!!」


 トラックから降りたのはデュオルギスだけではない。騒動を聞きつけたルヴィも降りてきていた。


「あのぅ、リト様ぁ、こんなときにすみません。その、ちょっと黄の国流祈りの儀式を……」


 ルヴィはもじもじと太ももをこすり合わせている。


「ああ、しょんべんか。行ってきていいぞ」


「祈りの儀式です!!」


 しかし、言い合っている時間も惜しかったのだろう。ルヴィはハルバードにまたがるとどこかに飛んで行った。女性は大変だなと思うが、一度総団長殿が冷静になってくれて助かった。


「総団長殿、我々には作戦内容を伝えられないのかもしれません。一度クローマー中将にお伺いを立ててみてはいかがでしょうか?」


「まぁそれもそうだな」


 ご納得いただけたようで、総団長殿はトラックへと戻った。


 数分後、クローマー中将は陰鬱そうな顔でトラックから降りるとズコッド大尉に唾を飛ばす。


「馬鹿者め!! 子供のお使いではないのだぞ!! 貴様らが主要道路と線路を抑えなければ兵士の配置もままならんと作戦内容を説明せずとも察せぬのか!!」


 どういう作戦なのかわからず、デュオルギスが首をひねっていると、隣に寄り添うようにノエがやってきて小声で話しかけてくる。


「どうやら今回立案されたフェニックス作戦は奇襲作戦みたいなの。兵士の配置が完了するのは作戦開始の三時間前という話ですよ」


「んな!? ではここにいる部隊は三時間前まで自分たちが誰と戦うのか、それすらも知らないと言うのか!」


「しい、声は大きくしないで。リトは大体の作戦内容を把握していたみたいだけど、それもクローマー中将がこの戦闘団を見捨てると兵士を運ぶ手段が無くなると呻いたから推理しただけです。あとは言い当てて口を割らせたの」


 状況証拠だけで参謀本部が企図した作戦を見抜くとは、総団長は武力だけでなく参謀の才も備えているのか。総団長も一度は過ちを犯したとはいえ自分にそれだけの力があれば、アイシャたちを無駄死にさせずに済んだと、悔やむ思いが募るばかりだ。


「燃料なら街で鹵獲すればよいだろう! 一々上の顔を窺わなければ臨機応変に対応することすら叶わぬというのなら階級を返上して突撃兵にでも志願したまえ!!」


「も、申し訳ございません!!」


 上官たちの暴論にデュオルギスはただため息を零す。


「無茶苦茶だ……。彼らも不憫だよ。これから侵略すると聞かされていないのなら、中立国での戦闘を極力避けるのは教本通りではないか。教えに従えば罵倒され、歯向かえば銃殺もやむなし。軍も国も戦争はみんな狂っている……!」


「それについては同意するわ。だけど、あなたはここで死んではダメ。あたしが許さないわ」


 なぜノエは大して話を交わしたこともないデュオルギスを助けてくれるのか。理由はわからないが、戦場で同じ感情を共有できる仲間は頼もしかった。


「ありがとう。しかし、例え銃を向けられても私も『死人』だよ。大人しく死んだりしないさ」


「そうじゃない……それではダメなのよ……」


 俯くノエを見ても、落ち込む理由に思い当たらない。ノエのそばにはいつの間にか食事を終えたようで舌なめずりするグーニーが戻ってきていた。


 だが、気持ちを浮上させる方法を見つける前にクローマー中将がどんどん話を進めてしまう。


「ふん、仕方がない。時間も無いからな。今回は特別にリディエンハルト総団長を貸してやろうじゃないか」


「待てこらじじい。誰がいつてめぇの持ち物になったんだ」


「っは! 光栄であります!」


「受け取ってんじゃねぇよ!!」


 ズコッド大尉を睨みつけるリディエンハルト総団長だったが、


「で、では待機……」


「ここで待機されたら道が使えねぇだろ!! さっさと戦車を動かせ! 前に進め!!」


「了解であります!!」


 結局、自分たちも進めないため、ズコッド大尉の率いるバルシュタイン戦闘団を一時的に預かることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る