第36話 存在しないはずのレジスタンス

 ふぅ、と息を吐き出したデュオルギスは冷静な話をニアに聞かせた。


「総団長殿も団長格をまとめ上げているだけで、旅団そのものに命令を出すのはイルマール空挺参謀総長殿だ。そのイルマール空挺参謀総長殿も軍の上層部の命令で旅団に指示を出している。総団長殿は無茶な作戦を部下に伝えないように情報のすり合わせや臨機応変に対応できるようあらゆる事態を想定しておく必要があるんだ」


 しかし、ニアは納得できなかったようだ。


「本人が間違いを認めていたじゃんか。ノエは逃げろと忠告してくれたのに、自分はノエの言葉をきょっかい? ようするに自分勝手に判断してパパに命令したって」


 それはそうなのだが、ニアの憎しみを総団長に向けるのはあまりにも無謀だった。


「わかったよ。総団長殿も、実際にアイシャを戦場に連れ出したおれも間違っていたし、ニアに詫びても取り返しのつかない過ちを犯したと認める。本当にすまない」


「さっきの話じゃ下っ端のデュオルギスさんを責めても仕方ないんでしょ」


 子供というものは実に都合のいい部分だけ汲み取ってくれる。


「ニア、総団長殿に一矢報いようなんて考えているならやめるんだ。あの人は、その、割と容赦ないという噂を多く聞く。銃火器を向けたら蹴り飛ばされて骨が折れるかもしれない」


「骨くらいくれてやるよ! デュオルギスさんもこのあざを見たでしょ!」


 ぐいっと突き出してきたのは相変わらず赤黒い水滴のような痣が広がるニアの右腕だ。


「これはパパの叫びなんだ! 死んでからもパパは必死に謝っているんだよ!!」


「アイシャの? けど、なぜ『許して』なんだ? アイシャはなにも悪くないだろう」


 もちろん、アイシャも含め自分たち大隊はあの日、黄の国の部隊と交戦している。


 敵を殺そうと武器を向けた。だがそれは黄の国の部隊も同じだ。戦争の中で戦場で戦い合う兵士たちに良いも悪いもあるものかとデュオルギスは考える。

 当然、アイシャも同じ気持ちだっただろう。


 だが、ニアは俯き、小さな声でぼそぼそと話し出した。


「……レジスタンスだった」


「……え?」


 聞こえなかったわけではないが、デュオルギスは言葉の真意を聞き返していた。


「だから、パパはレジスタンスだったんだよ! でも、パパは悪くないんだ! ぼくが悪いんだよ!」


「落ち着けニア! ちゃんと聞いているから」


 声を荒らげたニアを落ち着かせると、ニアは今度は静かに口を開く。


「……ぼくのママは銀の国の血筋を引いていたんだ。パパは白の国と黒の国のハーフだったけど、パパは混じっても純血でしょ」


 やはり血筋の問題があったのだなと思い、デュオルギスは神妙な面持ちで聞いていた。


「ぼくはママの血を色濃く受け継いでぼやけた茶髪になった。周りのみんなは混血種だってぼくを馬鹿にした。だから、ムカついて……町長の息子を池に突き落とした。大人たちは大げさに騒いだよ」


 子供同士の喧嘩だと収められない理由。それは世界に根付いた他国を排除する悪い慣習と迫害の歴史が物語っている。


「ママも白の国の血を引いていたのに、大人たちにいじめられて家を出ていった。パパは気にするなって笑っていたけど、ぼくは許せなかった。だから、いじめてきた奴らの家に石を投げつけたり、ぼくはやり返しただけだよ!」


「わかっている。おれはニアが悪いなんて言っていないだろう?」


 頭を撫でてやればニアは落ち着いたようだ。


「でも、あいつら通報したんだ。犯罪者がいるって。家に警官の男が一人やって来た」


 ぎゅっと膝の上で握りしめたニアの拳は悔しさを閉じ込めるように爪が白くなるほど力を込めて震えていた。


「話を聞きたいだけだからってそいつは言った。でも嘘だ。そいつだって黒い髪だったんだ。僕の話なんか聞いちゃくれない。だからぼくは、パパが玄関で警官の男と話している隙に二階に上がった。知っていたんだ。パパの部屋には護身用に拳銃が置いてあるって」


 ぎょっとしてデュオルギスはニアの手に自身の手を重ねて静かに問う。


「まさか、撃ったのか?」


 こくりと、小さくだがニアは確かに頷いた。


「二階から屋根を伝って玄関前まで降りた。警官の男が家から出てきたところを撃った。至近距離だったし、心臓に命中したから即死だったよ。ぼくは上手く外からやってきたやつの犯行に見せかけたのに、パパがいずれ捕まってしまうって言って僕を連れて逃げたんだ」


 なんということをしてしまったのかと、デュオルギスは頭を抱えた。


「……はぁ……つまり、その一件から逃げるためにアイシャはレジスタンスに身を置いたと?」


「そうなんだ。パパはぼくを守るためにレジスタンスになった。だけど、結局戦争は始まってしまって、パパはあの時も黒の国の女兵士に撃たれて殺された」


 どうやらアイシャが心配していたような女癖の悪さで殺されたわけじゃないとわかり、親友に良かったなと言うべきか悩む。


「だからさ、パパがレジスタンスになったのはぼくが悪いんであってパパが悪いわけじゃないとわかるでしょ? でもさ、ノエは予言しちゃったじゃん。レジスタンスが殺されたって」


 ハッと顔を上げた。そういうことかと、ようやくデュオルギスにもこの話の真意が掴めてきた。


「そうか。総団長殿が作戦を変更したのはレジスタンスが殺されたという話があったからだ。あのときは状況を考えて黒の国のレジスタンスたちが黄の国の部隊と連携を取っていると考えられた。だが、ノエの言ったレジスタンスがアイシャのことだとしたら……」


 ニアは右腕をさすりながら深く頷いた。


「第四擲弾兵死人大隊が半壊した原因はパパということになる。パパは今も悔やんでいるんだ。仲間を死なせてしまったのは自分のせいだって」


 ニアはまた涙をにじませてぐすっと鼻をすすった。


 仲間思いのアイシャのことだ。確かに真実に気付いてしまえばニアのいう通り、自分のせいだったと深く悔やんでもおかしくない。『死人』として生き返ったアイシャにレジスタンスだった記憶がなかったとしても、すべてから解放された今なら昔のことも思い出しているだろう。


「……だから、なんとしてでもデュオルギスさんに伝えなきゃと思ったんだ。ねぇ、この話を聞いたらデュオルギスさんもパパを恨むの? パパは悪くないんだよ! お願いだからパパを許してあげて!!」


 縋りつくように声を上げるニアの両肩を掴んで、努めて優しい声で答えた。


「落ち着きなさい。おれがアイシャを恨むはずないだろう。他の隊員だってそうだ。例え真実を知っても、墓の下の仲間たちだって誰もアイシャを恨んだりしないよ」


「本当に……?」


「もちろんだとも。だけど、伝えてくれてありがとう。アイシャが今も苦しんでいるならちゃんと墓の前で気にするなと伝えてやらなきゃな」


 晴れた顔を見せたニアはデュオルギスの胸に飛びついた。


「ぼくもパパに会いたい!」


「ああ、ニアも一緒に行こう。連れて行くよ。そうだ、ニアに聞きたいことがあったんだ」


 首を傾げたニアは「なに?」と聞いた。


「アイシャの本名は何かな? 墓石に名前を刻めなくて困っていたんだ」


 しかし、ニアは少し考えた後、首を横に振った。


「アイシャでいいよ。ぼくね、『死人』として蘇ったパパが物凄く強くて活躍した話が好きなんだ。実は結構情報を集めてた。パパは英雄のアイシャだ。そうでしょデュオルギスさん」


 目が覚める思いだった。何も本名にこだわる必要はなかったと気付く。アイシャは『死人』として立派に生きた。今も息子の誇りでいるアイシャは確かに英雄だった。


「その通りだな」


 デュオルギスも頷いた。アイシャとの約束を果たせる日は近いかもしれない。


 ニアがいればアイシャが生き返った意味も希望に変わる気がした。


 いつか、自分にも生き返った意味が見えてくる。胸の痛みはいつの間にか消えていた。


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