第35話 デュオルギスとニア

「ルヴィはまだおやつを買い込んでいるのか?」


「ぼくたちも待っているより、トラックを買いに行こうよ」


 護衛として来てくれたルヴィが買い物を楽しんでしまっているため、デュオルギスは用心のためにニアと手を繋いで歩いた。


 しかし、この町はあまりにもひどい状況だ。


 トラックを購入できる店を探そうと町に足を踏み入れた時、その有様に目を見開き驚愕した。


 まるでスラム街である。町の至る所では爆撃の影響か、崩れた建物がそのまま放置されていた。


 石灰と砂埃の荒廃した町の匂いが漂う。腐臭したような匂いとオイルの匂いも混じり、人の住む町とは思えない場所だ。


 間違いなく、この惨状は訓練された兵士が行ったことだ。実際に町が戦場になった痕跡だった。


 夕暮れであるにも関わらず、町の中心部では焚火を起こして暖をとる家族の姿があった。

 毛布に包まり、肩を寄せ合う幼い子供たち。そばを通りすがるときに気が付いたのは、成人した男性の姿が見られないということだ。


 緑の国はそこまでひっ迫した状況で徴兵を行っていない。


 となると、大人の男たちは軍ではなく反社会勢力としてレジスタンスに加担しているということだろうか。


 子供たちや母親と思われる女性の髪の色を見ると深緑から鮮やかなライトグリーンまで様々な緑の気配が色濃く受け継がれている。


 黒い髪を持つデュオルギスは敵だと言いたげな鋭い眼差しを子供たちから向けられることも少なくなかった。


「ニアと出会ったときのことを思い出すな」


「うん。ぼくがいた村はもっと小さかったけど、雰囲気も人々も同じようなものだね」


 ニアがいた村は黄の国に吸収されたレジスタンスたちの生家が建ち並ぶ村だった。


「あのとき、周辺の町や村はどこも、おれたちの姿を見ると家族を殺しに来たと叫んで石を投げつけてきたよ。実際は話し合いに来ただけだったけど、誰も信じてはくれなかった。ニア以外はね。ありがたかったけど、不思議に思ったよ。どうしてニアはおれたちを受け入れてくれたんだろうって」


 今となれば理由もわかっている。デュオルギスの横にアイシャがいたからだ。


「国の偉そうな奴らからパパは『死人』になったと聞いたとき飛び上がるほど嬉しかった。規則で探しに行くことも、他の『死人』に情報を聞くことも禁じられたけど構わなかった。生きていればパパに会える。それだけで十分だったんだ」


 あの日、ニアと出会ったときのことを思い出す。他の子どもたちと同じで薄汚れた服を着て、子供ながら武器を携帯していた。それでも、ニアの方から駆け寄って来た。笑みを浮かべて、『休む場所がないならぼくのところへおいでよ』そう言ってデュオルギスの腕を引っ張った。


 大隊の隊員は二百名を超えていた。けれど、ニアは村の子供たちを集めて周辺の町や村まで食料や燃料をかき集めてくれた。集められた食材で料理を作ったのは隊員たちだ。


 その中でもアイシャの作ったシチューは美味しいとニアはずっと上機嫌だった。アイシャもニアと子供たちの笑顔を見ていつものように『がははははは! そうかうまいか! いっぱい食えよ!』そう言って笑っていた。


「ごめんなニア。おれがもっと早く気が付いていたら……本当はアイシャともっと話したかっただろう」


「……デュオルギスさんが悪いんじゃないよ。それにパパの元気な姿が見れただけでも嬉しかった」


 デュオルギスたちはトラックを買いに行くことも忘れて、お互いに崩れかけのコンクリートの壁に背中を預けると、その場に座り込んだ。


「ねぇ、パパはいっぱい活躍した? 強かったの?」


「ああ、そりゃもう強かった。それにあの通り太陽のように明るい性格だ。戦場でも隊員たちはみんなアイシャを頼りにしていた。たくさん活躍したさ。アイシャは最期まで勇敢な戦士だった」


 ぐすっと、鼻をすする音が聞こえた。ニアは肩を震わせて俯いていた。デュオルギスは声をかけずにニアの肩を抱いた。きっと生きていればアイシャがこうしてニアを慰めただろう。


 しばらくニアは声を上げずに泣いていた。その姿がデュオルギスの胸をより一層苦しめた。


 こんなに幼い子が親を亡くしても人目をはばかるように忍んで泣くしかない。この国も世界もいつからこれほどまでに狂ってしまったのか。


 すべては他国より優位に立つために。『死人』の能力を軍事力として使いたい大人たちの勝手な都合だ。『死人』には極力情報は与えない。情報が欲しければ功績を挙げて預言書を手に入れろとリターンチャンスという餌を与えて働かせる。


 馬鹿げている。こんな制度が無ければニアはアイシャともう一度自由に、普通の親子として平穏に暮らせたのだ。


「……あのノエっていうお姉さんは予言者なの?」


 涙を拭うニアは震える声を絞りだした。


「詳しいことはおれにもわからないんだ。おそらく総団長殿や副団長殿は真実を知っているだろうが、軍事に関わる機密情報を『死人』には教えない。知っていたとしても団長格だけだよ」


 それでも、噂程度はデュオルギスも耳にしたことがあるし、屋敷でも能力の一端はデュオルギスもニアも目の前で見てきたのだ。


「アイドル活動をさせているのは未来を知るためだと聞いたことがある。だけどニア、あのお姉さんを恨んじゃだめだ。彼女は見たくて未来を見ているんじゃない。大体、見たい未来を選べるのなら軍はそのようにノエに命令しているはずだ。不測の事態など起きるはずがない」


 頷くニアもその点は納得したようだ。しかし、顔を上げたニアの瞳には憎しみが宿っていた。


「わかっているよ。悪いのはあの総団長でしょ。パパを危険な戦場へ向かうよう命令した」


 デュオルギスは慌てた。


「それも違う! そりゃおれだってアイシャが殺されたときは総団長のことも恨んださ!」


 ならば何が違うのかと聞くようにニアはデュオルギスの顔をじっと見上げた。

 

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