第34話 リトが語る真実

「森に火が放たれた。逃げ道はなかった。屋敷には逃げ込めたけど、あたしはメイベルを救えず、メイベルはお腹を切り裂かれて殺されたわ!」


 総団長は手を伸ばした。しかし、結界に阻まれているとわかると拳を握りしめる。


 メイベルを救えなかったのは自分の落ち度だ。気付いてあげられたら救えたはずだ。


「屋敷の中ではインビジブルが現れたわ。今のあなたと同じように、あたしはあなたのせいで結界の中へ閉じ込められたのよ」


 黙って聞いている総団長はそのあとのことを覚えているだろうか。


「殺されると思った。弱いあたしは殺されるとわかったら体が震えた。だけど、だけどね、そんなとき、奇跡よ。ハロルド小隊長が助けに来てくれた」


 知らぬ間に涙が零れ落ちていた。拭っても拭っても、目から涙があふれ出す。


「ハロ、ルド小隊長、あたしの前で、インビジブルに、ひっく、とび、跳びかかって……!」


 涙が止まらず言葉にならない。しゃくりあげて嗚咽を漏らすノエの言葉を引き継いだのは総団長だった。


「見ていたよ。ノエに襲い掛かる悪魔を俺が上空から真っ二つに斬り裂いた。そして、インビジブルはハロルドの姿を見ると離脱した」


 聞き捨てならないセリフを聞いて俯いていたノエは赤くなった目を見開いて叫ぶ。


「悪魔はあなたでしょう!! どうしてハロルド小隊長を殺したのよ!! あなたほどの力があればハロルド小隊長を救えたじゃない!!」


 しかし、それは出来ないと、総団長は首を横に振った。


「約束したからな。ハロルドについて真実を話すと。だからこの街で二人きりの時にその話をしようと思ってた。ハロルドが命令を受けていねぇのに独断で緑の国まで越境したわけを」


 またおかしなことを言う。ノエは受話器の音で言葉を遮られたあの日を思い出していた。


「独断? 何を言っているの? ハロルド小隊長はゲリラライブの開催とあたしの護衛をするようにと命令を受けていたわ。あたしは目の前でそれを見ていたもの」


 しかし、総団長は真っ直ぐにノエの瞳を見た。瞳の奥の真実に話しかけるように。


「聞いてはいないんだろ? 耳がいいのに、命令の内容は聞こえなかった」


 記憶を探る。思い出してみる。しかし、言われてみれば、いつもは相手の声も聞き取るはずなのに、どうしたことか。今は相手の声を思い出せない。


「ぼうっとしていたのよ! あたしだっていつでも耳を澄ましているわけじゃないわ!」


 確実なんてことあるわけない。大体、声が聞こえなくとも、ハロルド小隊長が独断で部隊を動かすなんてこと、そちらの方がありえない。


 だが、リディエンハルトはまるで見てきたかのように話し出す。


「十中八九、受話器の向こうじゃ何も喋っていなかったさ。今回の作戦はやたらと黄の国に情報が洩れているし、緑の国も作戦を察知するのが早すぎる。どこで情報が洩れているのかと思えば、ハロルドがスパイだったわけだ」


 理性の糸も限界である。


「ふざけるのもいい加減にして!! ハロルド小隊長を殺しておきながら! 今度はスパイの汚名まで被せようと言うの!!」


 何の証拠があって言うのか。その言葉をリディエンハルトは先読みしていたのか。


「いいかノエ、俺はイルマールに電報を送って確認した。第一独立空挺死人旅団第三十一偵察死人小隊、彼らに緑の国でのゲリラライブの開催を命じたか。書面にて否か応で答えよ、とな。返事はこれだ」


 総団長が懐から手紙を取り出す。見間違いようがないイルマール空挺参謀総長のサインが刻み込まれた封緘。先ほど街に着くなり通信局で受け取っていた手紙だった。


 総団長は手紙の文面を広げてノエに見せた。


 手紙に書かれていたのは『発、イルマール空挺参謀総長、宛、リディエンハルト総団長。否。断じて否である。第一独立空挺死人旅団第三十一偵察死人小隊へ、緑の国でのゲリラライブの開催など黒の国の軍は一切命じていないし許可してもいない。緑の国への越境は第一独立空挺死人旅団第三十一偵察死人小隊の独断行動であった。確かである』と記載されていた。


「そ、そんな、嘘よ! だって、あたしの目の前で受話器が鳴って」


「この際、誰が通信をよこしたのか、その内容がなんであったのかは重要ではない。問題は、誰がその連絡を受け、誰が緑の国への越境を実際に命じたのかだ」


 ガラガラと何かが音を立てて崩れていく。


「ノエも知っているだろう。曰く、一度目は神の奇跡。二度目は悪魔に魅入られる。チャンスに二度目はない。一度きりのチャンスだからこそ、リターンチャンスは必ず意味のある答えを見つけて果たす必要がある」


 ハロルド小隊長からも幾度となく聞かされ、ノエ自身ライブ開催時に挨拶として使う言葉だった。


「この言葉に出てくる悪魔というのは比喩表現ではない。事実、『死人』が死に、二度目に生き返ったときは、そいつは悪魔になっているんだよ。屋敷で見たハロルドは様子がおかしかっただろ」


「そ、そんな、そんなこと……」


 無い、と言い切れるのか。一度は消えた心音で立ち上がり、言葉を忘れたかのような獣のように叫ぶハロルド小隊長の姿は瞼の裏でハッキリと思い出せる。


「ハロルドはノエを連れてステージから飛び降りたのではないか? いや、それより、攻撃が始まるまでハロルドはノエのそばから離れなかったと思う」


 ノエの唇は青ざめて震えだす。ハロルド小隊長はライブのとき舞台袖にいた。まるで見てきたかのように言い当てられて、信じていた現実が音を立てて崩れゆくようだった。


「どうして……?」


「どうしてハロルドが死地において例え自分が死んでも二度目となって悪魔になるという確信を得たのかはわからない。だけど、目的は最初からノエを殺すことだった」


 誰も知る由がない未来に確信を得られる方法。それはもしかしたら自分のせいだったのではないかと考え始めた。


「ついでに戦場では血が流れる様を楽しんでいただろうな。小隊長が真っ先に敵に突っ込めば男たちは追随するだろう。残るのは悪魔にとって美味しい少女たちだけだ」


 メイベルだ。運よく二人は合流できたと思っていたけれど、そもそも、超感覚もないメイベルが最後まで生き残れたのも不自然に思えてしまう。


「インビジブルはノエをじっくりといたぶって殺すつもりだったんだろう。だが、襲い掛かって来たハロルドの狙いはインビジブルではなくて、その手前にいたノエだ」


「うそ、嘘よ、そんなの、嘘……」


 到底信じられない。信じたくない話だ。だが、あのときハロルド小隊長は真っ直ぐに、銃剣を振りかざし飛び掛かってきていた。ノエの後ろにいたインビジブルには目もくれずに……。


「悪魔を人間に戻す術は知らない。そもそもハロルドは森の中で死んでいる。チャンスは一度限りだ。しかし、俺がハロルドの姿をした悪魔をノエの目の前で殺したことには変わりない」


「そ、そうよ、その通りよ!」


 自分でもおかしいと気付いている。言い訳を、責任を押し付ける理由を、殺したい相手から渡されているのだ。


「俺を殺せノエ。一度は戦場で死にたいと願った少女が、どんな理由でも生きたいと、生きる道を選び取ったことが俺には喜ばしい。本懐を遂げ、ノエのリターンチャンスを果たせ」


 なぜ、どうしてここまでされても自分を叱りつけないのか。総団長の話が本当だとしたら、憎しみをぶつけるのはお門違い。むしろ助けてもらった感謝もしなかったのは自分の方だ。


「あなたは、あなたはあたしの大切な家族を殺したの!」

「そうだ」


 殺しただろうか。殺された後ではなかったか。ハロルド小隊長は音もなくノエの前に現れていた。心音が聞こえなかった。


「あなたがハロルド小隊長を殺したのよ!!」

「その通りだ」


 違う。違うよ。違うでしょう。覚えている体が違うと震えだす。屋敷で蘇ったハロルド小隊長の心臓は動いていなかった。


 震えた手のひらは地面に置かれた結晶に触れていた。


「メイベルもあなたが助けてくれなかったから死んだんです!!」


「そうだ。全て俺が悪い。遅くなっただなんて言い訳にもならない」


 馬鹿言わないで。独断で動いた隊員の責任まで負えるわけないじゃない。


「ヒッポもリリエルもハスラーもあなたが殺したのよ!!」


「部下の死は上官の責任だ。言い逃れはしない」


 何を言っているの。どこの上官があたしたちの死を悼んでくれたというのか。


 クローマー中将の言葉を忘れたのか。今は戦争中。そういって総団長がニアとノエに真実を説明するのも、ニアとデュオルギス大隊長に謝罪することすら許さなかった。


 いつもいつも、民間人にすらなれずに、死地へ送る上官ばかりではないか。


「あたしの家を返してよ!! 小隊を返しなさいよ!!」


「殺せ。お前の家を燃やし、家族を殺した男だ」


 責めて責めて許されて、心が痛い。居たいよ。


 救ってくれた人を憎んで恨んで許せなくて、あたしは許されて、仲間と共に戦いもしなかったくせに!




 じゃあ、もう終わりにしよう。あたしはここには居られない。





「うあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」






 マテリアルに反転の能力を注ぎ込む。重なり合う結界から散らばった結晶へと反転の能力が、二度目の能力が注ぎ込まれた。


瞬間、天井が崩れ落ちてくる。なんというタイミングなのか。いや、これもなのか。

 インビジブルが追いつき、鞭のようにしなる拳をリディエンハルトの頭上に叩きつけるところだった。


 自暴自棄になり、放心していたノエはしっかりと目で捉えていた。


 うさぎの頭は脱げて中身は透明なのにリディエンハルト総団長に襲い掛かった。


「てめぇからぶっ殺してやらあああああああああ!!!」


 聞き覚えのあるが響き渡る。それと同時に爆炎は空へ伸びた。


 ドンッという激しい爆発音の後に地獄の炎もかくやという黒い火炎の放流が空へと一直線に噴き上がる。


 姿を見せても中身のなかったインビジブルの体は一瞬で灰となり、空気に混じって散っていった。


 ゆっくりと立ち上がる総団長は首元で砕け散った結晶を手のひらの上に乗せて笑っていた。


「悪い俺はノエに殺されて、そこそこ悪い俺はノエに救われたな」


 はにかんで笑う総団長の姿を見て、何もかもお見通しだったのだと理解した。


「これはノエのマテリアルだよ。入隊の時にメディカルチェックで血を抜かれただろ」


 一定以上の魔力を注ぎ込むとマテリアルに込められた本来の能力を使えるのだと語った。


 だからこそ、正しい使い方をできる団長格にのみ所持を許されているのだとも彼は言う。


 つまり、ノエには正しく使えないとわかっていたし、こうなることも予測していた。


「あとな、これ。ノエに渡そうと思って買ったんだけど、いやまぁその、今さら過ぎた……」


 がっくりと肩を落として総団長はポケットから包みを取り出す。それは先ほど彼がアクセサリーを売っている屋台で買っていたものだ。


 受け取って、包みを開ける。中から出てきたのはドックプレートだった。印字されているのは『"unforgettable moments』という文字。意味は『忘れられない瞬間』だ。


「……これは?」


 総団長は困ったように頭をかいた。


「俺はノエの小隊のことよく知らねぇんだ。だから、今でもあいつらを覚えてやれるのはノエしかいない。戦場では友達が戦死すると、戦死した奴のドックプレートを首からかけるんだよ」


 ハッとした。屋台でハロルド小隊長のことを覚えているかと質問したとき、総団長はまるでノエに心を読ませないように屋台にばかり集中していた。


「俺はさ、正直、友達とはなんなのかよくわかっていない。だけどきっとディーウェザーが死んだら、あいつの思いを未来まで俺が持っていく。死ぬまで離さない。戦士たちもきっと同じ思いだと思ったんだ。ドックプレートを肌身離さず身に着けるのは戦友を忘れないように」


 ただの身分証なんだと思っていた。死んだ兵士が誰なのか、判別の付かない死体も多いから。


 だけど、違う。兵士は忘れられないように自己の証明を身に着ける。あたしたちは忘れないように自己の権利を取り戻す。


「例え、うぅ、みんながっ、死んでもっひっぐ、うあああ、あたしが忘れないように……!」


 涙がポロリポロリと頬を伝う。総団長は優しくノエの頭を撫でてくれる。


「そうだ。大切な友達を殺した犯人は憎め。そしてノエは生きてリターンチャンスを果たす。ノエしか第三十一偵察死人小隊のみんなの思いを未来に連れて行けないんだぞ。重要な任務だ」


 最初から、ノエを立ち直させるために、復讐を果たさせるつもりだった。

 彼は部下のリターンチャンスを何よりも願っているから。


「うあああああああん!! どうして! どうしてですか!?」


 自分のために、どうしてそこまでしてくれたのだろうか。


 総団長はいつものように穏やかな心で笑みを見せた。ノエを安心させるように。


「守ると決めた。最初に約束しただろ。例え覆せない未来でもノエを守り抜くと」


 あなたは最初からあたしを守ってくれただけだった──それなのに、あたしは。


 ノエの体が透けていく。瞳から涙を一筋流すノエはリトに手を伸ばした。


「ごめ、んなさ、ひっぐ、ごめんなさい……!」


 消えてしまいたいと願った。だけど、リトはノエが消えないようにぎゅっと体を抱きしめてくれた。


「黙っててごめん。もう嘘はつかない。これから先の未来もきっと覆して見せるから、まだ俺と一緒に居てくれないか」


 そんな風に言われたら嫌だなんて言えなかった。涙は冷たくない。彼の体温が少し低いから。


 小隊のみんなのことは絶対に忘れない。リトだって忘れたわけじゃなかった。

 それだけわかればそばに居られる。それに、先ほどのインビジブルのことも気になった。


 彼はどうして家族とをしていたんだろう──


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