第33話 ノエが見てきたもの
総団長が立つ地面では上空から苛烈な勢いで襲い来る高速打撃に踏ん張っているだけで、地面にひび割れが出来ている。
衝撃波は街にも広がり、戦闘に気付いた街の住人は叫び声を上げて逃げていく。
混乱と騒動に紛れ込み、グーニーは街の中を駆けていく。
ノエは総団長を誘い込める場所を探していた。
どこの街とも変わらないコンクリートの道路が迷路のように伸びている。
商業施設の多いこの一帯では普通の家屋は見受けられない。特徴があるとすれば道端に色とりどりの屋根を構えたカラフルな屋台が建ち並んでいるくらいだ。
しかし、どの街にもあるように、黒の神を信仰する黒い外壁の教会を見つけた。
グーニーの背から降り、教会の扉をゆっくりと開いた。
目に飛び込んできたのは陽光の差し込む正面のステンドグラス。赤、青、黄色の三原色が、淡い光で教会の中を照らしている。
外壁はモルタルのようであったが、中の壁は黒く塗られた木材で出来ていた。
自然と共にある神を迎え入れるための心遣いに思える。
普通の教会と変わらず、中に入れば横に長い椅子が縦四列に並んでいた。
祭壇には黒い金属でできた豪奢なロウソク立ての中、五本全てのろうそくに火が灯り揺らめいていた。
「お嬢さん、避難場所をお探しですか?」
教会の奥から、今まで姿の見えなかった神父と思われる初老の男性が現れた。
「神父様、あたしは戦場で戦う兵士です。逃げたりはしません。ですがどうか神父様はお逃げください。ここは危険です」
穏やかに微笑んで頷く神父は少しだけ悩んでから、ろうそくの明かりに目を向けた。
「ありがとう、優しいお嬢さん。しかし、我らが神は光を求めていらっしゃる。今は暗い淵に体を置かれていようとも、我らが明かりを灯せば、黒の神は必ず光ある方へお戻りになるでしょう」
殺された黒の神が復活してこの世に戻ってくることを神父は信じて待っているのだ。
ろうそくの明かりは信者のためではなく、黒の神のために道しるべとして置かれたもの。
しかし、その光こそ敬虔な信者の心の安息地となっているのだろう。
「では、あたしが光を守ります。決してろうそくの火を消したりしません。どうかあたしの言葉を信じ、神父様は安全な場所へ避難してください」
真摯に頼み込んだことで神父も安堵したのか。諦めたように一度頷いた。
「信じましょう。あなたの心の灯が黒の神を導いてくださるでしょう。私は避難区域へと行きます。しかし、お嬢さんはそのお立場からここを離れるわけにはいかない。どうぞこちらへ」
神父の優しい手が導く方へ、ノエは祭壇の奥へ足を進めた。
神父がわずかの力で祭壇をずらすと、下に見えたのは隠し扉だ。
「古い時代に作られた防空壕です。あなたに神のご加護があらんことを」
「ありがとうございます。神父様もお気をつけて」
頷き合い、神父は足早に教会から出て行った。
思いがけず、総団長を誘い込むのに丁度いい場所を教えてもらった。
ノエは地下に繋がる扉を開けると、階段を降りていく。
中は光もなく暗かったが、階段脇の壁にもランプが設置されている。明かりを灯しながら、光源を確保しつつ、地下へと進んだ。
地下の空洞は大人を五十人は収容できるほど広い。一度は広間の壁に備え付けられていたランプにも明かりを灯し、中の様子を隅々まで確認した。
壁の上の方に子供が通るので精一杯なほどの小さなトンネルが伸びていた。おそらく酸素を取り入れるための穴だろう。長身で筋肉の付きもしっかりしている総団長ではこの穴を通って逃げ出すのは不可能だろう。
ならば、階段の入り口を塞いでしまえば閉じ込められる。
ノエはポケットからマテリアルを取り出し、慎重に配置を決めて地面に散らばせた。
ランプの明かりを消すと、階段を上がって教会の内部へ戻る。
「行こうグーニー」
『捕まえたら、私の背に乗せるといい』
「ありがとう」
そうして、グーニーの背に乗り、教会の扉をくぐり抜けて、また街中に出た。
斬撃がぶつかり合う衝撃音はまだ続いている。戦闘は五分を過ぎても終わってはいなかった。
罪悪感も少しは胸を刺す。ここで総団長を殺してしまえば、インビジブルからこの街を守る手段が失われる。けれども、ノエはもう二度とチャンスをふいにしないと誓っていた。
グーニーの足が街を駆ける。やがて、その姿を見つけた。路地裏で身を隠す総団長のそばに駆け寄る。
「総団長! 身を隠せる場所を見つけました!」
「おお、ノエ。無事でよかった」
ほっと安堵の吐息を吐き出し、微笑むのをやめてほしかった。
これ以上、心をかき乱す言葉を聞きたくなくて、総団長の腕を引っ張る。
「早くグーニーに乗ってください。ご案内します」
「いよいよ俺も高機動力を誇る兵士になれるのか」
うきうきとした感じで総団長はグーニーの背に乗った。
そして、グーニーは教会へ向けて疾走した。
インビジブルに見つかることなく、教会に到着したノエは、地上にグーニーを残して、総団長を地下の防空壕へ案内した。
「よく見つけたな。さすが偵察兵」
総団長の後ろを歩くノエは、探していたのは死刑台だと内心で呟く。
「しかし暗いな。ノエ、明かりを持ってないか?」
彼は煙草を吸わない。マッチやライターをポケットに忍ばせていないことは、結晶を奪うとき、制服の上着を探って確かめていた。
「大丈夫よ。下に降りれば明かりがあるもの」
そう言って、ノエは足を伸ばす。総団長の背中へ。転げ落とすため、思い切り蹴り飛ばした。
「うお!?」
よろけて転げ落ちた。瞬間、ノエは一般的な配給品の手榴弾のピンを抜き後ろに放り投げる。手榴弾という攻撃方法に思い当たったのはディーウェザーのおかげだ。デュオルギスたちが待つ町で手に入れていた。そして、総団長の転げた体を飛び越えて、広場の真ん中に立った。
直後、ドゴンという音を立てて階段が崩れ落ちる。瓦礫が降り注ぎ、広間に入った総団長とノエの二人は瓦礫に阻まれ広間に閉じ込められた。
「ノエ?」
足元に置いておいたマテリアルに反転の能力を注ぎ込み、総団長の方へ投げた。
赤い線が光を放ち、魚網のように広がり伸びた魔法の網は総団長の体を包み込んだ。
真っ赤な光が幾何学模様の魔方陣を地面に描き、明かりに照らされた二人の姿を映し出す。
ノエは総団長の体の周りをゆっくりと回りながら、足元に転がるマテリアルを拾い上げては反転の能力を注ぎ込み、総団長を包み込む結界の力を強めていった。
「第一独立空挺死人旅団第三十一偵察死人小隊、あたしが所属する小隊にはハロルド小隊長以下三十九名の隊員で構成されていた」
静かな口調でノエは話しながら、マテリアルを拾い上げていく。
「大酒呑みのヒッポ、カードゲームに弱いくせにギャンブルがやめられないハスラー、女好きのリリエル。あたしの兄であり、父であった彼らは襲撃された船から脱出し、あたしが助けられた森の中に身を潜めていた」
口を挟まず、片足を立てた胡坐の姿勢で総団長は静かにノエの話を聞いていた。
「臆病で甘えん坊のメイベル、優しく気高いハロルド小隊長。あたしの妹であり、姉であり、母であった彼女たちも森に隠れて救援を待っていたの」
次々とリディエンハルトの足元に放り込まれるマテリアルは輝きを増して結界を何層にも重ねて張り巡らせる。
「だけど、戦場は想像以上に凄惨な暴力をあたしたちの部隊にもたらした。船内では二十六名が命を散らしたわ。混乱した隊員は戦車の目の前に着地して、降伏の声すら上げられず銃弾を胸に受けて命を落とした」
それら全てがリディエンハルト総団長の責任だと言っているわけではない。
ただ、あの日の状況を出来るだけ正確に伝えたかったのだ。
「地上に降りることを躊躇った七名は上空に留まった。だけど、インビジブルが率いる大隊は、執拗に苛烈に隊員たちを追い込み、地に足をつけることなく空中で隊員たちは心音を消した」
最後のマテリアルに能力を注ぎ込む。放り投げた能力者の血の結晶は軽い音を立てて総団長を厳重な檻の中に閉じ込めた。
ノエはしゃがみこみ、総団長と目の高さを合わせ、真正面から表情をのぞき込む。
「戦うしかなかったのよ。残されたわずかな隊員を守るためには、ハロルド小隊長は戦うしかなかった」
「士官であれば当然だろう。部下を差し置いて真っ先に逃げるようなら俺が殺してる」
やはりこの男は覚えていない。既に殺していることを。ノエは唇を噛みたい気持ちだったが、歯を食いしばると、努めて冷静に言葉を発した。
「ハロルド小隊長は勇敢に戦ったわ。後に続いたヒッポもリリエルも突撃した。みんな命を落とした。最後に抵抗を見せたハスラーも苛烈な銃弾の前に倒れた」
そして、震える声で真実を告げていく。
☆☆☆
工事前に最新話まで読んでいた方ごめんなさい💦
しばらくすでに読んだぜ☆みたいな話が続きます<m(__)m>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます