第29話 ノエの過去の話

「あわわわ! まずいですよ!! ノエ先輩が気を失ってしまいました!!」


「お前の見た目もヤバいから早くリビングに戻るぞ。タオルで顔を拭け」


 気絶した二人を抱えるとリビングに戻った。


「あ、やっと戻ってきた」

「ガオン!!」


 ディーウェザーとグーニーまで戻っている。どうやら、やはりリディエンハルトが考えた通り、よりな結果になるように全員をリビングに戻したのは怪奇の力のようだ。


「ディーウェザー、お前何していたんだ?」


「ずっとキッチンでおやつ食べてたよ。無限に出てきてここ天国じゃん」


 なるほど、怪奇もディーウェザーは襲わずに封じ込める方法を選んだか。


 グーニーが何をしていたのかはノエが起きてみないとわからない。


「メイベル!! その恰好どうした!?」


「怪物の口からびしゃって吐き出されたんですよ!! もう気持ち悪い!! タオルください!!」


 小隊の隊員たちからタオルをかき集めてメイベルは体についた怪奇の吐しゃ物を拭っていた。


 ノエとルヴィはソファーに寝かせた。


「さてと、本題はここからだな」


「総団長……?」


 大柄なヒッポが珍しく弱気な声を出す。だが、もう舞台も役者も整った。

 観客は披露されるの演目をただ黙って拝聴するしかない。


 そして、ノエの口は開かれた。とても明瞭で、普段の彼女とは違った性格という色の無い声だ。


「ノエって過去と今じゃずっと性格や喋り方が変わったと思うの。あの頃はバイト終わりに二人で朝までずっと、おしゃべりに夢中だった。とても楽しかったのよ。もう忘れてしまったの? だけど、あたしは一語一句思い出せる。聞かせてあげる。過去のノエはこんな子だったのよ」



 そういって始まったのは、ノエが声色を変えて一人二役を演じたノエともう一人の、過去に実際に話された会話の再現だった。




「音楽をやってても思うんだ。このまま好きな音を弾き鳴らして、誰にも影響を与えず、人畜無害な善人として生きるか。それとも故意に売れる音をかき鳴らして、誰かの人生に影響を与えて、金を吸い取る悪人として生きるか。どちらが正解の人生なのかってね」


「言い方よ言い方。どうして売れてるミュージシャンが全員悪人なのよ」


「途中で作風を変えるじゃん。一発屋は売れてる音楽に寄せようとするし、売れてない奴らは途中でキャラまで変えて売れていく。古参のファンからすれば犯罪者だよ」


「ファンの気持ちを裏切ったという大きな罪を犯した悪人ね。いいじゃない、ファンだって推してるバンドが売れたら嬉しいでしょ」


「それは一部のアーティストの容姿のファンね。音のファンじゃない。音は殺されたよ」


「でも、悪気があったわけじゃないし、せっかくなら売れたいと思うのは自然なことじゃないの?」


「どうだろう。彼らが売れたかったのではなく、売り出したいレーベルの圧力だったのかもしれないし、売れてほしいファンの声が売れる曲を作るように誘導して、いや、もはや脅迫とか呪いに近いよ。売れる曲を作らなければアーティストが殺される。もちろん、社会的にって意味でね。認知されなくなってファンもいなくなって、聴く人がいなくなればアーティストは殺されたも同然じゃん。だから代わりに音楽を殺した」


「誰にも悪気はないのにね。それって人に置き換えたらやばい怖くない?」


「殺人事件に置き換えようって発想が出てくるミステリーオタクの方が怖いよ」


「普通の発想だよ。それにこれこそ不可能犯罪の完成形だと思わない? 事件には殺人者と死体が転がっているけれど、殺人者は善意であり、かつ無過失だったの」


「過失もないの? 凶器はどうするの? 言葉で殺しちゃうってこと?」


「あ、いいね。言霊で殺すっていうのも面白そうだよ。言葉にはある程度の強制力があるし、特別な能力がなくても親や上司のいうことに逆らえない、そういう力はあるでしょ」


「まぁね。何年も従うことが習慣づいていれば、善意で言葉に従うだけということはありそうだ。でもそうなると、親や上司が指示役で当人は実行犯でしかない。指示役は犯人じゃん」


「そりゃそんな身近で故意に言葉で操れば単なる依頼殺人だよ。そうじゃない、もっと遠くから、さらに広範囲で、全員が関わりのない人間たちの故意に仕掛けたシナリオの中で故意に用意された舞台、故意に用意された役者、そして観客。あるのは周囲の悪意と死体という結末だけ」


「でもそれ事故じゃないの? どうやって善意で無過失の人を犯人に仕立て上げるのよ」


「予告しとくんだよ。こいつが犯人だ。こいつが死ぬって。そしてその通りに死体が転がる」


「でも、犯人は別にいるんだよね?」


「ううん、予告通りに犯人はそいつだよ。いったじゃない。これは故意に仕組まれた殺人事件だって。当人は無害だとしても、周囲の同調圧力とか強制力によって引き金を引くことになるんだ。だけど、犯人は捕まえようがない。いってしまえば世界中が共犯だから」


「ふぅう、ノエ。それ予告じゃなくて予言でしょ。そんな絶対に覆らないような未来を予言したら、自分に予言が降りかかってきたとき最悪よ。逃げ道ないじゃない」


「そこはほら、言い出しっぺは責任取らないと」


「ボツ! 売れないと思いまーす!」


「ええ、なんでよー」


「だって予言者はただの窓口でしょ。予言者も無過失だったらどうするの。それでも言い出しっぺだから断罪するなんて言い出す世界観に異議を唱える」


「じゃあ予言者は存在しないものを見つけるしかないね。自分が殺されないために」


「待って。存在していないわ」


「今はいないんだから、作り出せばいいんじゃないの?」


「存在しちゃうじゃない」


「存在した途端殺されるね」


「自分で自分を殺す殺人者を作ってどうするのよ」


「なら故意に故意を捻じ曲げる存在とか」


「もう透明人間と戦っている気分よ。大体被害者が予言者に固定されちゃったじゃない」


「だってよく考えたら一番の被害者はそれを知らせなければ事故で済んだはずの事件の真実を明るみに出す予言者じゃない。口は禍の元ってね。しかも本人の意思じゃない」


「ううん、確かにこれは難事件ね。でもなんで存在しない人は予言者を助けられるの?」


「誰にもそいつの行動を故意に動かすことも支配することもできないからだよ。そいつの未来だけは誰にも予言できない。つまり、予言者とも周囲とも完全に無関係だ。犯人にならない」


「予言者というより、世界と無関係よね。でも、残念だわ。せっかく助けてくれそうだけど、その人、存在しないもの」


「案外いるかもよ。存在しないはずのもの。この世で最も最悪の怪奇が」


「確かに、いるはずがないのにそこにいるものって怪奇現象よね」


「恋みたいにね」


「故意の話?」


「違うよ。伝えないから知られないし、知るはずもないのに断られている。存在しない告白の実らない恋の話」


「それこそ予言者が必要よ。結ばれると予言してもらえばいいわ」


「……予言者が変わらないというんだ。未来は変わらないと」


 その瞬間、ノエの声色がひと際明るく鮮明なものに変わった。


「ほらね、ノエのいうとおりになった」


 そして、ノエの寝言は終わり、穏やかな寝息を立ててノエは寝てしまう。


 この話はおそらく死人になる前の生前のノエと友人の会話だろう。


 死人が呑気にミュージシャンを目指せないし、バイトもできない。


 一見、他愛ない与太話にも聞こえたが、さすがはノエの怪奇。話を統括すると今回の怪奇現象を見事に表している気がする。


そう考えていたら、いつの間にか目を覚ましていたのか、ルヴィが上半身を起こしてリディエンハルトの赤い瞳を見つめながら告げた。


「言葉の力って強制力もあるし、支配力もあるし、弱っている心にとっては呪いみたいに強く影響しちゃう力なんじゃないかなって思います。それで、そういう力のことを言霊っていうんだと思う」


 言葉に魂が宿る。確かにルヴィの仮説が正しいような気がした。


 膨大な無意識は言霊となり、やがて怪奇に至る。


 そう考えるとルヴィの能力も言霊の力だといえるだろう。


 多くの人間がこうはなりたくないと恐怖する。その無意識の恐怖心が実際に不幸を呼び、周囲にも感染していく。


 そして、ようやくリディエンハルトは怪奇の正体にたどり着く。


「なるほどなぁ。ようやくこの怪奇の正体がわかった。ノエかもしくはメイベルの作り出したありもしない怪奇。それがこの屋敷の正体だ」


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