第28話 リディエンハルトには押しに弱い面がある

「あああの、総団長様ぁ、こんなに隅っこで何をするのですか?」


「ルヴィもそろそろ俺のこと名前で呼んでくれないか」


 するとルヴィは顔を真っ赤にした。


「リ、リディエンハルト様……?」


「いや、フルネームで様付けされるとマジで黒の神と混同されるから、ノエと同じでリトでいいよ」


「リト様ですね!」


 どうしても様付けなのか。まぁ、呼びやすいならいいかと妥協した。


「ちゃんとルヴィには話しておこうと思ったんだ。俺は最初からメイベルと捕虜の交換をするつもりはなかった」


「……え?」


 ポカンとしている。これは完全に捕虜の交換がされるものだと信じ切っていたのだろう。


「ルヴィの怪奇を利用するつもりで、ルヴィの提案には乗ったんだ。ルヴィのあのとき、メイベルの危機が去ったら、残されるのはエントール港の怒り狂った敵兵士という危機だけだ。俺が戦えなかったらエントール港での戦いは敗戦が目に見えていた」


 ルヴィも敵の数や戦車の数を思い出しているのだろう。眉根を寄せて考え込んでいた。


「つまり、ルヴィの不幸は黒の国の主力艦隊にしたんだ。俺はメイベルの危機が去ればそうなるとわかりきっていたから、屋敷に引き戻されるわずかな秒数に全力を叩き込んだ。あれだけ支援してやって負けたらうちの主力艦隊はゴミだと笑ってくれ」


「で、でもメイベルさんが戻ってきたら……」


「黄の国が保護してねぇだろ。奴らはメイベルを殺せなかったし、捕まえもしなかった。捕虜の交換は成り立たねぇな。ルヴィもメイベルもうちが保護したんだから」


 うるうると、シャボン玉のように涙の揺れるルヴィの大きな瞳に見つめられ、覚悟はしていたが、やはり、一秒後には熱くきつくルヴィに抱き着かれた。


「リトしゃまぁああああぁ!!! ルヴィを! ルヴィをずっと守ってくださっていたのですね!! ルヴィを離さないと!! 一生離さないって!! このルヴィを、びえええええん!」


「うう~ん、その言い方がなぁ。確かに手放すつもりはねぇんだけど、俺はルヴィの一生を縛り付けるつもりはねぇから安心してくれ」


 しかし、胸の前でルヴィは嫌々と頭を振った。


「ルヴィは一生リト様のお傍に居たいです♡ リト様の好みの女性になります!」


 なんて爆弾発言を投下する美少女なんだろうか。

 蔑まされすぎて自分が美少女である自覚がないのか。


 改めて見ても、淡い水色の団長服がまるで舞踏会で着飾るきらびやかなドレスに見まがうほど、中身の少女が輝いていて美しい。


 ルヴィはいい子だ。自分にしては珍しく好意を抱いたからこそリディエンハルトはルヴィの体をべりっと引きはがして真正面から瞳を合わせた。


「よく覚えておけよルヴィ。優しいだけの男ならいくらでもいる。だけど、ルヴィにとって最高にイイ男っていうのはな、自分の幸せを差し出してもルヴィの幸せを考えてくれる男だ。お前がメイベルにそうであったように」


 大きな瞳をぱちくりとさせてルヴィはリディエンハルトの話を噛みしめるように聞いていた。


「エントール港でルヴィに問いかけた内容を覚えているか? 怪奇はなぜ俺たちの感情の隣にいつの間にか存在しているのかって話」


「はい。覚えております。ルヴィは悪い予感は大抵当たってしまうからと答えました」


 それも一つの答えなんだろう。だがリディエンハルトはもっと大きな枠組みで考えていた。


「こんな世の中だ。ちょっとしたことでも恨みや憎しみは芽生えるだろう。いってしまえば、世界は悪意に満ちている。ルヴィやノエはちょっとその悪意に影響されやすい体質なんだ」


 もちろん、単なるリディエンハルトの持論ではあるが、これまで怪奇と触れ合って、人々と関わり合いながら戦い続けた旅の中で見つけた一つの答えだった。


「人より悪意に晒される人生は困難の連続だろう。だからこそ、簡単に自分を委ねる男を決めたりするな。どんなつらい場面でもルヴィの笑顔を引き出せるような、ルヴィの幸福を心から願える男にだけルヴィのたった一つの大切な心を委ねろ」


 じーっとリディエンハルトの赤い相貌を見つめ返すルヴィはアクアブルーの瞳を揺らして、すっと人差し指をリディエンハルトの唇に当てた。


「今、目の前の男性がルヴィの未来まで考えて幸せになれと願ってくれました。この唇が嘘つきとは思えません。ルヴィを今受け入れられない理由を教えてください」


 細い指先は毅然とした言葉とは裏腹に震えていた。だからこそ、簡単には受け入れられないのだとルヴィの指先を掴む。


「俺は命を賭してもノエを守り抜くと誓った。今は全身全霊でノエの幸せを考えてやりたい」


 なぜかルヴィは全身を震わせて顔を赤く染めた。


「どうした?」


「やはり恐れ多くもルヴィの恋のライバルは世界的アイドル! わかっておりました! ルヴィに恋する相手が見つかるなんて幸運が訪れるのならばそれは即ち人生最大の不幸の訪れだと!!」


「……まず、怪奇を解消してから恋愛しようか」


「いいえ! 打ち勝って見せます!! 今はノエさんのために戦ってください!! ですがいつかきっとルヴィのターンが来ると祈って! いえ、呼び寄せて見せますから!!」


 まるで呪いのような恋愛が始まりそうだ。好意を向けるときは怪奇の始まりなのか。


「とりあえず今は目の前の怪奇の対処に戻ろうか」


「はい! 終わったらお食事に行きましょう!」


「めげない女子はそこそこ好きだ」


 ルヴィとひと段落したら美味しいディナーをごちそうすると約束してみんなのところに戻っていく。


 リビングの中央の方へ戻ると何やらノエを中心に小隊の隊員同士がもめていた。


「どうした?」


 声に気付いたノエが振り返った。


「総団長! ただ黙って待っていることなんて出来ません!! メイベルを探しに行かせてください!!」


 仲間想いのノエらしい行動力だなと思う。人一倍怖がりのくせに自ら屋敷の探索に願い出るのか。


「ダメだって! おっちゃんたちが行ってくるからノエはここで待っていろ!」


「どうしてよヒッポ! あたしだってメイベルが心配なのよ!」


 ノエの気迫にたじろぐヒッポに代わりハスラーがノエの説得を試みた。


「いくら心配でもオレたちだってノエも心配だ。気絶されたらたまんねぇのよ」


「そんな臆病じゃないもん!!」


 相変わらず小隊の隊員はノエが気を失うことを危惧している。


「いやいや、マジでいうこと聞いてくれよ、お姫様。意識を失えばメイベルも悲しむんだぜ」


 リリエルもこの反応だ。最初のころにも思ったことだが、リディエンハルトはこれだけ小隊の隊員がノエの意識喪失を恐れている以上、百パーセント、この屋敷の中で意識を失うと確信していた。


 それこそここにいる全員にとってな結果だとわかりきっているからだ。


 ならば、今ノエを動かすのは確かに得策といえる。

 不幸と不幸の重ね掛けはあまり効果を発揮しないと実証済みだ。


 メイベルの不幸の対処をすれば、同時期に発生していた不幸に追い打ちをかける方法がなく、リディエンハルトたちを屋敷の中に戻すしかなかった。


 だが、冷静に考えればそれこそメイベルの不幸を打ち消す方法となってしまう。

 屋敷の中へ強制的に戻せばメイベルの不幸は終わるのだ。


 まぁ怪奇に人のような意思があるのかはわからないが、あまり臨機応変には対応できないのだろう。


 少なくともルヴィに宿るにはそのような対応力はない。


 ならば、よりな結果を選び取る可能性が高い。


「よし、それじゃあ俺とルヴィと一緒にまずは女子トイレの様子を見に行かねぇか? メイベルはそこで襲われたんだろう? また同じ場所で襲われてしまうに見舞われている可能性は高いよな」


 そう提案すればノエは嬉しそうに顔をほころばせた。


「さすがです!! 総団長!! その可能性は高いわ!! それに現場の調査もできますね!」


「おう。それに入れるのはさすがに女子に限られてくるもんな」


 チラッと小隊の隊員を見ると渋々といった感じで同行を諦めていた。


「本当はグーニーがいれば心強かったんだが、今はグーニーより心強いルヴィがいるしな」


 ポンとルヴィの肩に手を置けばルヴィも頼りにされたのが嬉しかったのか、笑顔を弾けさせた。


「はい! ノエさんのことはお任せください!! 伊達に団長格の肩章エポレットを背負っていませんよ!」


 無論、ルヴィの実力は本気で認めている。怪奇と合わせれば十分、英雄級と呼べる強さだ。


「あ、あの、ルヴィちゃん、手を繋いでもらってもいい?」


「光栄です!! 一生手を洗いません!!」


「あはは、いつでも手を繋いでもらうし、なんなら一緒にお風呂にも入ろうね」


「はわわ! ルヴィのぼせちゃいそうです!」


 実に楽しそうに女子たちは和気あいあいと女子トイレへ向かっていった。


 ちなみにトイレに行くのに廊下へ出る必要はない。

 広いリビングからさらに奥の方へほんの少しの距離の細い廊下の先に男子トイレと女子トイレがある。


 細い廊下の奥なのと、廊下が婉曲になっているのでリビングからは見えないだけだ。


 さて、右側が男子トイレ、左側が女子トイレの分岐点にたどり着いた。


「んじゃあ、俺はこの中央に立っているから、何かあったら大声で叫べ」


「りょ、了解でしゅ!!」

「はい! 行ってきます!」


 ノエ、噛んでいるけど、マジで大丈夫なのか。パッと見たところ女子トイレの明かりは消えているようだけど、明かりをつければさすがに普通のトイレだろう。


 なんて思ったのは大間違いだったらしい。


 パッと女子トイレに明かりがついた。



「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 響く女子二名の悲鳴。慌てて女子トイレに駆け込むと、そこには血まみれで臓物をかぶったメイベルの姿があった。


「メイベル!? ここにいたのか!?」


「あ! 総団長!! 今明かりがついたら怪物が消えて!! 目の前にノエ先輩が!!」


 そのノエは見事に不意打ちを食らって悲しいことに気を失って倒れていた。

 しかし、もっと悲しいのはルヴィである。


「……ルヴィ、お前なぁ、悲鳴も上げずに気を失うなよ……」


 団長の名誉は保てなかったらしい。しかし、とても仲良く二人並んで気を失って倒れているのだから、もしかしたら本望かもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る