第27話 一人揃わなかった村

 とある小隊が行軍の途中で補給ポイントとして指定されていた村へ行ってみれば誰一人として道を歩いていない。戸を叩いても誰も出てこない。


 さらに、無線を使っても繋がらない。上官に指示を仰げない場合は現場での対応が求められる。

 当然、この場で上官に代わり現場を指揮するのは部隊を預かる小隊長だ。


 小隊長はここで補給しなければ目的地の戦場で空腹と喉の渇きとも戦いながら戦闘することになり、勝利を目指すのは困難だと考えた。


 言わずもがな、戦場に送られる兵士の役目は勝利を祖国に捧げることだ。


 小隊長は部下たちと散開しながら村をぐるりと一回りして本当に誰もいなければ自国の村といえども緊急事態ということで、家屋に押し入り水と食料を頂く作戦を立てた。


 ところが、村の反対側の林の中を探っていた隊員から悲鳴が上がる。


 見に行くとおびただしい量のわっかを作った縄が木にくくりつけられていた。

 どう見てもここで首をくくって自殺しようという準備にしか思えない。


 あるいは既に実行された後で死体は朽ちて動物に食べられたのか。

 悲鳴を上げた兵士も、集まってきた兵士も村の様子から後者を想像して肝を冷やした。


 さらに奥へと進むと木陰の間に揺れる人影を発見する。


 林を抜けた先には川があり、小さな祠が建っていたという。


 まるで祠にお辞儀をするように男女の首吊り死体は腐りかけた状態で風に揺れていた。


 しかし、首を吊った後で嵐でも来たのか、男女の隣の大木は倒れており、わっかの作られた縄が一本だけ地面に落とされていた。


 小隊長は男女の遺体を丁重に葬ってやり、村に戻りながら推測を述べた。


 長引く戦争と悪天候続きが村の不作を助長させ、一家心中ならぬ村心中したのではないかと。


 だが、そう話しながら村に戻ると、どうしたことか。村には人があふれ活気が戻っている。


 先ほどまでのゴーストタウンは夢かと思うほど、村人たちは元気に生活していたのだ。


 小隊長が補給させてほしいというと村人たちは快く水や食料を分け与えてくれた。


 気をよくした小隊長が世間話のつもりで先ほど見た林の中の出来事を話していると、子供が長い縄を腕に何重にも巻いて急いだ様子で駆け足で通り過ぎようとするので小隊長が少年を捕まえた。


 この縄でイタズラをしていたのはお前か? と尋ねると少年は急がないといけないから放してくれと懇願する。


 自分だけミスをして地面に落ちたせいで、みんなも行けなかったのだと話す。


 なんの話だかわからないが、村人が行かせてあげてください、一人で残されてもかわいそうですから、そういうので子供たちの遊びに出遅れたのだろうと思い、解放してやった。


 小隊は食事を済ませると村の中でテントを張り一晩眠りにつく。


 そして起きてみると、またしても異変に気付く。昨日は汲めたはずの井戸の水が枯れていた。


 仕方なく川まで水を汲みに行こうと林の中に足を踏み入れれば、村人たちが全員首をつって死んでいた。それも腐った状態で。祠の見渡せる木には真新しい縄がくくられており、昨日の少年が事切れていたのだ。


 自分だけミスをしたというのは死に損ねて神のもとに行けなかったということだろう。


 全員がそろったところで仲良く天国に行けた話だと思うが、謎が残る。


 最初に小隊長が手厚く葬った男女の躯はなぜ先に行けたのか。


 隊員の一人がいった。「そいつらは村人じゃなかったから、ただの道連れで、おれたちみたいに村に立ち寄っただけの夫婦だったんじゃ……」


 小隊長は今度こそ遺体を埋葬する気になれず、道連れになる前に先を急いだという。




 クローマー中将の話を聞き終わると、みんな震え上がっていた。


 特にルヴィは恐ろしさのあまりか、リディエンハルトの腕に絡みついて離さない。


 悪い気はしないのだが、チラッとノエの方を見る。パチッと目が合った。

 しかし、ノエはパッと顔をそらして暗い表情で、うつむいてしまう。

 どうしたものかと、リディエンハルトはため息を吐き出しながら、一応話にツッコんだ。


「いやいや、噂話の広がり方を調べるための作り話だろ」


 しかし、クローマー中将は「ここまではな」と意味深に含み笑いをこぼす。


「総団長、わしは怪談話をしてやるといったんだ」


 クローマー中将の話には後日談があった。


 それはこんな話だ。


 実験自体は成功した。怪談話は子供中心に広まっていき、やがて家庭で話すことから大人たちにも伝播していき、わずか一か月で噂の出どころもわからなくなるほど、南の地方一帯に広がったという。


 ところが、実験の最中、つまり国全体に広がるにはどれくらいかかるのか計測している段階で不可思議なことが起きた。


 作戦中にとある小隊だけが戦地から急に姿を消し、連絡も途絶えた。


 敵前逃亡も疑ったが、目撃証言があがっているのだ。確かに隣で銃を撃っていた。だが、煙のように、ふっと姿を消したと。


 混乱する作戦本部は小隊の穴埋めを考えながら小隊の行方を探していた。


 それから三日後、急に通信が回復し、小隊から連絡が入る。自分たちがどこにいるのかわからない。持ち場に戻りたいが、ここはどこなのかと。


 いったい今まで何していたのかと聞いてみれば、軍が実験用に作った怪談話をそのまま話し出す。その話は軍の上層部しか知らないはず。小隊の隊長ごときが知っているはずがない。


 それに戦地は噂の広まっていない北部だったため、おかしいと思ったが、作戦本部の責任者はそんなバカな話があるわけない、どこかで噂話を耳にして勝手に戦線離脱したことを咎められないように嘘をついているんだと思った。


 陸の孤島じゃあるまいし、歩いていれば列車の走る街に立ち寄れるだろう。

 そういって早々に作戦本部に戻ってくるように伝え通信を切った。


 ところが、それ以降通信は繋がらず小隊の隊員29名は今も行方不明のままだという。


 さらにこの話は一件で収まらず、先の戦時中、合計18もの部隊が同じ理由で姿を消したというのだ。



 じじいは話を締めくくった。怪奇に呼ばれることはあるだろう。だが、人の手で怪奇を作り出すケースもあると考えさせられる話だった。自ら怪奇を生み出し、その怪奇が現実に現れる、そういう怪奇だと。


 リディエンハルトはノエの悲しみの浮かぶ表情を見ながら予言の原理と似ていると思った。


 大多数の人間の無意識の力が怪奇を生み、呼び寄せ、死へ誘う。


 隣で震えながらリディエンハルトに抱き着くルヴィも同じだ。


 不幸はルヴィ自身の悪意ではない。メイベルを救う、そのためだけに自分の幸福をあっさりと手放せる少女だ。


 なぜ、これほどまでに他者の無意識の感情や思想が有象無象に集まるだけで、異能力すら超える力となるのか。


 そして怪奇は多くの場合、善良としか思えない少女に宿るのか。

 ニアに発現している怪奇はニア自身に宿っている怪奇とは思えない。


 あれは単なるアイシャの言葉を届けるためのメッセンジャーとしての役目しか果たしていない。


 となると、言霊を宿す少女がいるのだろう。なぜかはわからないが、リディエンハルトには、怪奇を宿すのは少女だけに思えるのだ。


 この力の正体はなんなのか。怪奇とは、少女たちの善良な心と無関係ではないような気がして、ルヴィの震えた手を掴むと、そっと部屋の隅へと導いた。


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