第26話 怪談話も二度目がある

 もう慣れたもので、きゃああああとか、いやああああああとか、悲鳴を上げるノエとルヴィを両脇に抱えて屋敷の中を駆けずり回る。


 真っ赤な血の付いた包丁が無数に飛んでくるキッチンを通り抜け、ゲラゲラ笑いながら猛スピードで追いかけてくるブリッジした状態の少年に付きまとわられながら、今にも崩れ落ちそうな梯子を見つけて駆け上がった。


 天井に観音開きの鉄製の扉を見つけ、赤い手形が無数に跡を残す札だらけの扉を飛び蹴りでぶち破ると、ようやくリビングにたどり着いたのだった。


「総団長殿! ご無事で何よりです!」


「デュオルギス、このやり取りも二度目だと嬉しくねぇな」


「まぁ、そうですね。ただ、大変面目ないのですが、こちらの状況は芳しくないもので……」


「何があった?」


 うつむくデュオルギスに聞いたのだが、答えたのはハスラーだった。


「うちのメイベルがトイレに行ったっきり帰ってこねぇんだよ!」


「ちょっと待て。お前らまさか、ずっとここに居たのか?」


「居たけど、お兄ちゃんたちどっか行ってたの?」


 ニアがあっけらかんと答えたので一つ謎が解けた。


 屋敷の中で外に出たものがいても、リビングの中は怪奇にとってもリディエンハルトたちにとっても干渉のできない結界の中ということになる。


 つまり、リビングにいる限り安全ではあるが、外に出るためにはリビングからも出るしかない。


「メイベルはたぶん俺たちと一緒に屋敷に呑まれて戻ってきているはずだ。ただ、ディーウェザーもグーニーも屋敷のどこかに飛ばされている。探しに行っても徒労になる可能性も高い」


「そんな、無駄ってことはないでしょう!」


 ノエはそういうが、リディエンハルトは疲れた様子で椅子に腰かけた。


「ディーウェザーとにも合流していれば、リビングに戻ってくる。グーニーも同様だ。忘れているかもしれねぇが、グーニーは基本的に目の前の獲物を食う魔獣だぞ。にも合流したとして、メイベルがグーニーを恐れずについて行けばリビングにたどり着ける。つまりだな、どっちと合流することもには違いないから合流している可能性が高いんだ」


 ノエはそれで納得したようだ。ただ心配なのは変わらないらしく、こちらは憔悴しきって椅子に腰かけた。


「あの~、ルヴィにはディーウェザー副団長と合流することがどうしてなのか、わからないのですが、あのお方には何かあるのでしょうか?」


「下手したらメイベルはもう一度、外に出される。ディーウェザーは怪奇に襲われたら迷わず屋敷ごと破壊するだろう。うちの副団長は加減を知らないんだ」


 ルヴィはようやくディーウェザーのヤバさを理解したらしい。


「でも、それじゃあ、もう一度外に出されたメイベルさんをどうお救いすればいいですか?」


「ああ、問題ない。ディーウェザーは厄介ごとが大嫌いだ。外でメイベルと二人きりになれば面倒ごとを俺に押し付けるためにメイベルの無線機を使って連絡してくるさ」


 それを聞いてルヴィは安心したようでリディエンハルトの隣の椅子に腰かけた。


「総団長殿、メイベルの無線機とはなんの話でありましょうか?」


 なぜそんなことを聞いてくるのかわからないリディエンハルトは、ルヴィの無線に通信が入った話を聞かせた。


 ところが、話を聞いたデュオルギスたちは顔を見合わせて戸惑いの表情を見せた。


「なんだよ? 俺はおかしなことを言ったか?」


 ちなみにルヴィと捕虜交換の話はしていない。話さなかったことでルヴィからはどうしてその話をしないんだろうと不思議そうな眼差しで見つめられていた。


「実は……」


 デュオルギスはリディエンハルトたちが探索に出た後でリビングで起こった話を聞かせた。


 そしてリディエンハルトはテーブルの上に積まれた無線機たちを眺めて唸ることになる。


「どういうことだ? じゃあ、メイベルの奴は誰の無線機でルヴィに連絡をしてきたと、……いや待て。ルヴィ、そもそもメイベルにお前の個人チャンネルを教えたか?」


 涙目のルヴィはリディエンハルトの腕にしがみついて訴えた。


「ぴえん! 総団長様あああ! 確かに教えていませんけど怖いこと言わないでくださいいい!!  メイベルさんはおおおお化けじゃありませんよお!! きっと黄の国の無線機を拾って、それで、きっとルヴィの部隊の隊員が落とした無線機だったのです!!」


「おいおいにもそんなことがあり得るのか?」


 ルヴィに感染しているメイベルに限ってそんなはずがないと、ルヴィが一番よくわかっているだろう。


 だが、ここで居ない人間の存在証明など話し合っても仕方ない。


「メイベルに直接会えば真相がわかるだろ。それより怪談話をヒントにするのは良い案だな」


 発案者がここに居ないのが残念だ。部下の功績はしっかりと褒めてやりたかった。


 そして、作戦の頓挫、失策、怠慢、不測の事態をすべて部下の責任と言い切るこの場での最高責任者、クローマー中将が徐に咳ばらいをしながらぎしりと椅子を鳴らして話し始めた。


「では、怪談を知る者として、今度はわしの番であろうな」


「じじい、怪談話なんて知っているのか」


「長く生きていると知らない話の方が少ないものだ。それに子供の怪談話は最近出来たばかりの歴史の浅いものであろう。こういうものは古い話の中にこそヒントがある。どれ、とっておきの怪談話を聞かせてやるか」


 そういってクローマー中将が語り始めたのはこんな話だった。



 戦争ではとにかく情報が必要になってくる。それは相手国の情報を掴むことも大事だが、時には嘘の情報を流して戦争を有利にする場合にも使われるものだ。


 重要なのは掴む情報の正確性はもちろんのこと、偽の情報で相手国を翻弄するのであれば、情報の伝達速度、またその範囲や広がり方も調べる必要があった。


 つまり、どこにどんな情報を流せば相手がどのくらいの時期にそれを知り、真偽を確かめようと動き出すのか、実験である程度の時期が予測できれば、実際の作戦でも使えると考えられたのだ。


 相手国の軍人を怯えさせれば一石二鳥くらいで考え出した噂話は怪談話だった。


 それはこのような怪談話だ。


☆☆☆

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