第25話 ルヴィの純真
これはまたとんでもない不幸に感染したのかと考えたリディエンハルトは素早くルヴィに歩み寄ると無線機を掴む。
「俺だ。状況を簡潔に説明しろ」
『トイレに行ったら誰かに手を引かれて急に戦場に!! 気付いたら戦場のど真ん中で!! 戦っているのは緑と黄色で!!』
これは考え得る限り最悪の状況だ。戦場に黒の兵士がいればまだ助けを求められた。
だが、緑と黄色の戦闘ではどちらに見つかってもメイベルはハチの巣だ。
「武器を捨て、投降を!」
「無駄だ。お前は特別なんだよ。パンドラの死人なら捕虜の価値がある。だが、単なる死人は相手にとって生かしておいても脅威でしかない。異能力を使えるからな。能力は放棄できないだろ。だから投降も無駄だ。見つかれば殺される」
「そんな……!」
『助けて……! お願い……します……!』
メイベルの声は震えていた。もはや極限状態なのだろう。しかし、なんだって今日は救援要請が毎回重なるんだ。俺は分身出来ねぇって……ああ、不幸だからか。
ルヴィの青ざめた顔を見て納得した。さてどうするか。時間がない。
「メイベル、一応聞くがその場所に心当たりはあるか?」
『ありません! 他国と思われます!』
まぁそうだろうな。おそらく攻め込んでいるのは黄の国。つまり戦場は緑の国だ。
「無線のGPSからおおよその位置を特定するしか」
「間に合いません!!」
驚いた。ルヴィが声を荒らげてこちらに反論してきたことなど、これが初めてだろう。
「今メイベルさんがかろうじて見つかっていないのであれば戦場は森の中だと推測できます! ある程度の兵士を撃ち殺したら森に火を放つのが黄の国の常套手段です! 他国であればなおさら躊躇いもないでしょう! 森から出られず一酸化炭素中毒でメイベルさんが死んでしまいます!!」
しかも、的を得た正論と来ている。そもそもルヴィは黄の国の死人旅団で団長を務めるほどの戦士だ。
他の女子たちと並べたのが間違いだった。戦い方も死に方も殺し方も熟知している。
「なら、今度は幸運にも屋敷に呑まれるか?」
ルヴィには興味ないはずだったのにな、と考えながら頭をかく。
だが、不幸なことにルヴィの口から次に出る言葉を、指揮官であれば当然部下のためにそうするであろう言葉を、捕虜の口から聞かされるのだと確信してしまう。
「黄の国の司令部に無線を繋ぎます。ルヴィはパンドラの死人です。黒の国に奪われたままでは痛手でしょう。捕虜の交換を要求してください」
なんでだよ。あんなに喜んでいたじゃねぇか。ノエと同じ部隊でまた一緒に踊れるって。
ルヴィは泣いていなかった。涙を浮かべず、真剣な表情で、チャンネルを司令部に合わせた無線機をリディエンハルトに渡してくる。
「ルヴィ、なんで怪奇は存在するはずがないのに、いつの間にか、俺たちの感情の隣でそこに存在するんだと思う?」
「……え、と、その……悪い予感って大体当たるから、とか」
ルヴィは一生懸命に答えを考えて笑って見せた。
その笑顔で十分だ。リディエンハルトは通信のスイッチを入れる。
「聴こえるか黄の国の司令部。俺は黒の国の神騙りリディエンハルトだ。お前らのパンドラボックス、ルヴィは俺が捕まえた」
『……手に余るから返却しようって話かね?』
「手に余る? バカ言うなよ、とんだお宝だぜ。何もしなくても戦場に置いておくだけで、敵は自動的に皆殺しだ。おまけに用意周到に準備した敵の作戦すら狂わせる。まったく怪奇ほど使える武器はねぇ」
『……我々の武器を誉めていただき大変結構。だが、自慢話をしにわざわざ通信したわけじゃあるまい。ルヴィの価値は認めよう。何と取引するつもりだ?』
「話が早くて助かる。うちの子ウサギがおたくらがドンパチやっている戦場に不幸にも紛れ込んだ。相手は緑の国だ。生きているうちに無傷で返すならルヴィと交換だ」
『早く特徴を言え!! 全兵士に無線で伝える!!』
メイベルの身長から体形、容姿の特徴、髪色に髪型、雰囲気まで、絵心のある奴ならメイベルの似顔絵を描けるほど詳細にメイベルの特徴を伝えて通信を切った。
ルヴィはメイベルを心配しているのだろう。眉根を寄せて俯いたまま、手はスカートを握りしめている。
リディエンハルトはメイベルにとりあえず生き残る可能性が高いことを伝えて安心させようと思ったが、何度無線で連絡してもメイベルには繋がらなかった。
それが余計ルヴィを不安にさせたようで、もはや親の仇のように無線機を睨んでいる。
しかし、時間というのはいつの間にか過ぎ去るもの。控えめにドアがノックされた。
「失礼します。リディエンハルト総団長殿、時間です」
「ああ、今行く」
ルヴィの方は振り返らずにリディエンハルトは窓から外に飛び出し、戦場へと躍り出た。
一秒、戦車をすべて薙ぎ払う。わかっていたことだ。これはとても不幸な結果になる。
二秒、戦場をすべて灰にする勢いで斬撃を放つ。昏い闇は眼下に迫っていた。
三秒、力のすべてを地面にたたきつけた。ひび割れた地面に稲妻が走った、と同時にリディエンハルトの体は無数の手に捕まり屋敷の中へと引き戻された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます