第24話 ノエの聞きたいこと ディーウェザーの伝えたいこと

 この世界は大昔、人々の平和と安寧を十二柱の神々が守り、世界に破壊と恐怖をまき散らす魔族と戦い続けた歴史があった。

 魔族との戦いに決着をつけたのは黒の神だと言われている。

 魔王と一騎打ちの末に相討ちとなった。


 ノエにとっては今や母国である黒の国の神が殺された史実。

 それにより神話の時代は終わりを告げた。


 仰向けに横たわるディーウェザーの顔面に影が差す。うっすらと目を開けたディーウェザーは目の前に差し出された本物のチョコレートを見て跳び起きた。


「おやつ!!」


 銀紙をはがすと豪快にむしゃぶりつくディーウェザーの姿を見ながら、ノエはディーウェザーの隣に腰を下ろした。グーニーもノエの横で寝そべった。


「たくさんあるから慌てなくてもいいよ」


 くすくすと笑みを浮かべるノエの横におやつの詰め込まれた袋を見てディーウェザーはチョコレートを呑み込んだ。


「……僕から何か聞きたいの?」


「正解。だからこれは口滑らし料」


 おやつの袋をさも餌だと言わんばかりにがさがさと揺らすと、ディーウェザーは特に躊躇いなくチョコレートの板を三枚袋から取り出した。


「リディエンハルトの弱点が聞きたいの? 何を解放するのかで変わるけど、戦場に蔓延る殺意や憎しみなど負の感情を解放すると稲妻化できる。稲妻化して光速で移動する能力は細切れに使用しようが五分間が限界だよ。それ以上使えば自らの力でブラックホールを生み出して呑み込まれる。時間の調和を保つために再使用には十分間のインターバルが必要だ」


 ノエは話を聞きながらも口許に笑みを浮かべていた。


「いくらおやつが欲しいからって口を滑らし過ぎじゃない?」


「このくらいの情報、敵だって知ってるよ。五分おきに動かなくなったらバレバレでしょ」


 それもそうだとノエも納得した。


 バリバリと音を立ててチョコレートを頬張るディーウェザーにはもう少し踏み込んでもいいかもしれない。


「じゃあ、敵にも知られていない情報を教えて。例えば能力の原理とか」


 さすがにそこまでは教えてくれないかと思ったが、


「物体は一定の速度を超えると形を保てなくなりバラバラに砕ける。


 けれど、人間の肉体を構成している物質も光という性質も全て粒子の集まりで出来ている。


 リディエンハルトは移動中肉体をバラバラに砕けさせて粒子の状態になっていると考えられる。


そして稲妻の光は単なる明かりではなくプラズマという高エネルギーだ。

 物質はあまりにも高温になるとプラズマという状態になる。


 この温度と時間は密接な関係にあるんだ。相対性理論で言えば温度は低いほど時間の進みは遅くなり、温度は高くなるほど物体のスピードは速くなる。

 光速に近付くほど時間の進み方はゼロになる。


 さらに理論上、物体は光速を超えると時間は巻き戻る。

 つまり、移動中リディエンハルトは粒子となって肉体は消えているが、歩みを止めれば粒子になる前の状態まで時間が巻き戻って肉体を保っているのさ」


 開いた口が塞がらない。ディーウェザーは早口でべらべらと長々と詳細に教えてくれた。


「……あなた、リトの相棒じゃないの? このままじゃリトはあたしに殺されるわ」


 しかし、袋に手を伸ばして棒付きキャンディーを五本指の間に挟んだディーウェザーはあっけらかんと答えた。


「殺せば? それくらいで死ぬならそれまでの男だったということさ」


 止めてほしかったわけではないが、こうもあっさりと殺せばと言われると、お前には殺せないと言われているようで腹立たしい。


「ディーウェザーの能力の原理も教えて」


 ついでに仲良く殺してやろうかと考えた。しかし、


「無いよ。科学的根拠は何もない。そもそも僕は死人じゃなくて魔族だからね」


「……へ?」


 目を丸くしたのはノエの方だった。そんな馬鹿な、と思うがこの男の飄々とした態度が嘘じゃないぞと言っているような気がする。


 しかし、魔族。かつて神々と戦っていたという本物の化け物だというのか。


 今の時代、グーニーのように魔獣は度々見かけるが、人型の魔族は観測されていない。


 それもそのはず、黒の神は魔界に厳重な扉を設けて魔族を封印してから眠りについたと言われている。その話が嘘なら今こうして人間たちが呑気に人間同士で戦争などするはずがない。


 魔族が現れたら人間は喰われている。だから、ありえない。……しかし、ありえる気もする。


(この人はあれだ。なんとかの猫だ。なんとかの部分が思い出せないけど、あるともいえるし無いともいえる猫……)


「猫はお好きですか?」

「大好き」


(やっぱりそうだ……!)


 ノエは謎の確信を得た。


 ぺろりと指先を舐めたディーウェザーはいつの間にか片手に丸っこい何かを持っていた。


「おやつのお礼にあげるよ」


 可愛らしいフォルムだったのでノエは素直に受け取った。


「これはなに?」


「手榴弾」


「っ!?」


 危うく触角のようなピンを抜くところだったノエは青ざめた。


「先に言ってくださいっ!!」


「じゃあ忠告してやる」


「それはもう結構です!!」


 だが立ち上がろうかと思ったのに、ディーウェザーはギリギリ聞こえるくらいの声で呟いた。


「……死人はみんな特殊能力という武器を持って蘇って来るんだ。だから死人はみんな最初は戦場で戦わせられる」


 また、大事な話をされている気がして、ノエは座り直すと聞き返していた。


「どういうことですか……?」


 ディーウェザーはノエの顔を見て笑みを浮かべる。優しく、諭すように。


「世界は子供なんだよ。武器を持った奴が目の前にいると怖いんだ。怖い大人に見えるんだよ」


 その言葉はノエにも理解できる人々に共通した思いだ。


「だから見定める。武器を持っていても危険ではない奴かどうか。街で一緒に暮らせる自分たちの友達かどうか」


 だからこそ、死人には『リターンチャンス』という制度があるとディーウェザーは言いたいのだろう。


「国民を守るために働き、功績を挙げたものにだけ軍は死人に預言書を与える。リターンチャンスに繋がる道を与えてくれる。だからこそ、あたしたちは自分の権利を取り戻すために戦場へ送られるんですね」


 死人が望んだわけじゃない。それこそ真っ先に忠告してほしかった。リディエンハルト総団長も含め、みんなどうしようもない戦場で必死に生きている優しい人たちなんだと。


「誰だって子供はみんな大人が怖いよ」


 世界も悪いわけじゃない。武器を持つ人間の前で臆病になるのは当然のことだ。


「だから、友達かどうか世界はあたしたちを試すの……?」


 納得できなかった。理解はできても、あんまりではないかと思えた。


「リディエンハルトは僕の友達なんだ。友達の友達は場合によっては友達だ」


 自分は今武器を持ちディーウェザーの友達を殺そうとしている。


 試すどころか、身勝手な復讐のために武器を使おうとするノエは世界と友達にはなれない。

 それでも、ノエの行動を知っていても何も言わず笑みを浮かべるディーウェザーも、やはり優しかった。





☆☆☆

 飛び立ってからわずか五分後。閃光と爆音を置き去りにしたリディエンハルトの目の前には海が広がっていた。


 ノエほど視力は良くないので、普通に見える範囲でだが、港での戦闘は一時休戦となっているらしかった。


 片腕に抱えたルヴィは重力操作のおかげか、それとも、こちらの方が可能性が高いがにもリディエンハルトのスピードに肉体が耐えられてしまい、これからも困難に巻き込まれることが確定している。


 とはいえ、現在は目を回して気絶中だ。視線は再び港の方へ向けられた。


港に積み上げられていたコンテナはいくつも破壊され、至る所で煙や火の手が上がっている。

 戦場を遠巻きに囲む戦車の軍勢。歩兵隊もライフルを構えて陣地を守っているが、今のところ緑頭が発砲する様子はない。


 ひとまず、味方が司令部として拠点を立てている港のコンテナターミナル中央に位置する四角四面な白い建物の前に着地した。


 扉の前で警備を務めていた兵士二人はリディエンハルトの姿を見て、すぐさま敬礼した。


「リディエンハルト総団長殿、御助力感謝いたします! 艦隊長の元へご案内いたします!」


「そうしてくれ」


 兵士の案内で建物内へ入っていった。黒の国の兵士たちは白の国の兵士たちと違って表立って神騙りなどと罵倒を飛ばし渋面を浮かべたりしない。

 正確にリディエンハルトの功績が伝わっているのと、逆らえば窮地で助けてもらえない恐怖の方が勝っているからだ。


 廊下を歩きながら内部の様子を観察した。コンテナで囲まれているこの中央施設までは攻撃も届いていなかったのだろう。書類やら、慌てて基地にした名残から雑多なものは床に散らばっているが、壁に穴などは空いていない。


 しばらく廊下を進み、一番奥の茶色い扉の前へ案内された。


「艦隊長! リディエンハルト総団長殿がご到着です!」


 がたたっと椅子から立ち上がるような音を響かせて、慌てた様子で扉が開かれた。


 顔を出したのはデュオルギスとそう年齢も変わらなさそうな男性である。


「お待ちしておりました! どうぞこちらへ!」


 現在は司令部になっていると思われる部屋の中へ歩みを進めながら、年若い艦隊長へ聞いた。


「停戦の合意を取り付けたのか?」


「いえ、それがその、こちらを……」


 苦渋の表情を浮かばせる艦隊長は、デスクの上に置かれた一枚の紙をリディエンハルトに差し出した。


 内容は、緑の国の言葉で書かれており、全く読めない。


「なんて書いてあるんだ?」


「通訳の話によりますと、今から二十分ほど前に届けられ、三十分以内に全面降伏を受け入れろと書いてあるそうです」


「そうか」


 リディエンハルトはデスク上を漁り、ペンを掴むと、使われていない用紙に走り書きした。


「届けて来い」


 艦隊長は丁寧に受け取った用紙に目を落とす。紙には『三十分後に攻撃を開始する。てめぇらの汚ねぇケツには用がねぇ。地獄でケツを振ってろ』と書かれていた。


 冷や汗を流す艦隊長はおそるおそるリディエンハルトに確かめる。


「……本当に届けるのでしょうか?」


「クソが、とでも付け足すか?」


「……いえ。素晴らしい文面かと思います」


 そう言ったきり、黙った艦隊長は肩を落として部屋を出て行った。


 リディエンハルトは窓辺に座って時間を確かめる。

 きっちり三十分間待つつもりで頭の中はノエの予言をどう覆すか、それだけでいっぱいだった。


 伝えておくとディーウェザーは言っていたが、どう考えてもノエがリディエンハルトの前に現れたわけではない。しかし、声が大きいというのはあながち間違いでもない。


 アイドルの声。歌の歌詞、予言、そのどれもが大多数の人間の耳に入る。

 ノエの言葉に影響力があるのは確かだ。だがそれが、今回の事件となんの関りがあるのかわからなかった。


そんなことを考えていると、ピー! ピー! それは唐突に、ルヴィが眠っているソファーから、ひよこの鳴き声のような音が響く。


 ガバッと起き上がったルヴィは腰から無線機を取り出して応答した。


 そういえば、捕虜にしたのに時間がなくてルヴィの持ち物を何も没収していなかったなと思い出す。


「は、はい!! 第八死人」



『助けてくださいっ!!! メイベルです!!! お願いします!! 助けて!!』



 そのバカでかい声はリディエンハルトの耳にも届いていた。


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