第22話 ディーウェザーの致命的な弱点
副団長様がルヴィの首根っこを掴まえてまで意気揚々と廊下に飛び出し、探索ができたのはわずか二分でした。
もちろん、グーニー准将という心強い相棒の背中に乗っているノエさんが根を上げたわけではありません。地面にばたりと倒れたのはディーウェザー副団長だったのです。
「……もう無理」
振り返ったリディエンハルト総団長はピクリと方眉を吊り上げます。
「ああ? なんの冗談だディーウェザー」
「……おやつ忘れた」
「一番大事なもん忘れてんじゃねぇよ!!」
ルヴィはもちろん、ノエさんも不思議そうに首を傾げました。
「リト、おやつってそんなに大事なの?」
「ディーウェザーにとってガソリンみたいなものだ。こいつは胃の中からおやつが消えると魔力そのものを失う。要は肉体すら動かせないゴミと化す」
納得したというようにノエさんは深く頷いていました。
「どおりでいつどの場面でもおやつを食べていると思ってた」
「参ったな。なぁルヴィ、団長権限でおやつとか持ち歩いてねぇか?」
ルヴィは思わず涙ぐみます。ルヴィの団長という階級なんてお飾りに過ぎないのです。
「申し訳ありません。最底辺の団長には許可された戦闘時以外の時間はパンドラボックスの中での待機を命じられているのです」
「黄の国は俺が灰も残らずぶっ潰してやるから泣くな」
「ねぇ、リト。ホントにルヴィちゃんを捕虜として利用するつもりなの?」
さすが世界的アイドルは優しさのレベルが聖母ですね。今の待遇でも捕虜には十分優しすぎるくらいですけど。
「ルヴィ、お前が鞍替えを望むなら俺の部隊で引き取ってやるぞ」
ドびっくりです。目玉が飛び出るかと思いました。
「あ、あああの、正気ですか? ルヴィは不幸をおかけするんですよ?」
「絶対に不運な結果になるとわかっていれば対処のしようはある。むしろ好都合で不幸を利用することも可能だ。今ならアイドルと同じ部隊にしてやるぞ。悪い話じゃないだろ?」
悪いどころか、死人として蘇ってから、こんなに幸運な話を聞かされたことはありません。
涙もろいルヴィはついつい嬉しすぎてリディエンハルト総団長様に抱き着いて泣いてしまいました。
「うええええん! 総団長さまぁあああ! 一生ルヴィをしあわせにしてくださいいぃ!!」
「いや、言い方。お前確認しなくても男運悪そうだな。まぁ悪い虫がつかねぇように見張り役くらいにはなってやるから泣くな」
嬉しいです。ルヴィは虫が嫌いだと総団長様は見抜いていらっしゃたのですね。
「うんうん♪ よかったねルヴィちゃん。これからもよろしくね!」
「はい! ノエさんと一緒の部隊嬉しいです! また一緒に踊ってください!」
「喜んで!」
嬉しさが弾けるルヴィの足首に不幸にも男の手が伸びてきて掴まれました。
「きゃああああああ!!!」
「アオハルはいいんだよ、おやつ」
切羽詰まった事情は分かりますが、足元から這い寄るのやめてください。
「仕方ねぇ、予定変更だ。いったん外に出るぞ」
「出られるんですか?」
あまりにもあっさりと総団長様が言うのでルヴィもノエさんも首を傾げてしまいます。
「一応、力技でも出られると前回で実証済みだからな。ここに見える窓を全部叩き割って外に出てみればいいだろ」
どこまでも続いていそうな距離感のバグる廊下には等間隔に雨の降りしきる窓が設置されておりました。
「了解しました。ルヴィは左側を破壊していきます」
「んじゃ、俺は右側だな。せーので一気に割れよ」
「はい!」
ルヴィは愛用のハルバードを出現させると、肉体から刀身まで重力の闇を纏っていきます。
「「せーの!」」
バリンッ!!
無事に外へ出られました。なぜかルヴィは草原に立っております。隣には総団長様と、グーニー准将に乗ったノエさんのお姿。足元にはディーウェザー副団長が倒れておりました。
「ここってさっきまでいた戦場よね。他のみんなはどうしたのかしら?」
「外には出たと思うが、不幸にも揃わなかったな。まぁそれはいい。どうせあまり時間がねぇ。またいつ戻されるかわからねぇんだ。菓子を買いに行くぞ」
ルヴィは総団長様に抱えられて空を飛んでいきます。
聞かれなかったので答えていないのですが、ハルバードには浮遊力があるので、またがればルヴィも空を飛ぶことは可能です。
ですが、わざわざそれを打ち明けて総団長様に抱きしめてもらえる幸運を手放すなど、ありえないことです。
「よし。んじゃ俺たちは近くの街まで飛んでいく。ディーウェザー、襲われたらおやつだと思って食ってよし」
しかし、ディーウェザー副団長は指先だけ持ち上げると、ノエさんの方を指差しました。
「……待て、先に伝えておく。ノエがリディエンハルトの前に現れた意味を」
ノエさんの方を見ればあたふたと両手を動かしている。総団長様の方は首を傾げています。
「逆だろ。俺たちがノエの前に現れたんだ」
「……同じさ。大声を出せばリディエンハルトの耳に届く」
二人がなんの話をしているのかルヴィにはわからないですけど、総団長様もよくわからないといった風に首を傾げるだけでした。
「ノエがいつ大声なんか出したんだ?」
「……おやつ買ってきて」
「最後まで伝えろよボケ。わーってるよ。じじいを見つけたら生かしておけよ」
ぐっと親指を立てるディーウェザー副団長ですが、体は倒れたままでした。もう話す気力はないようです。
ここから先の近くの街となれば、それはもう緑の国の街であります。
リディエンハルト総団長は足元からバチバチと紫電を飛ばしながら噴射の勢いで飛行しておりまして、ノエさんを背中に乗せたグーニー准将とも並走できる速度で空を飛んでいました。
「総団長様は今回の任務を終えられたら、予言書を頂けますよね」
「いや、軍は俺とディーウェザーには絶対に渡さねぇよ。あれこれ難癖つけやがる」
「預言書ってなぁに?」
ノエさんは予言書のことを知らないようでした。
「世界各地に散らばっていると言われているマジックアイテムです。ルヴィたち死人は功績を挙げると軍から預言書を授与されることがあります。預言書には自分を殺した犯人に繋がるヒントが書かれているって話ですよ。だから、預言書があればリターンチャンスが叶うのです」
ちなみに誰が落としているのかもわからない。神からのお恵みだといわれていますが、マジックアイテムの大体が魔族の作り出したものだともいわれているのです。
「ノエの預言書は俺が見つけてきてやるからな」
「嬉しいですけど、リトはリターンチャンスを願っていないの?」
頭を振る総団長様は願っていると言いました。
「そりゃ最終的には俺だって返り咲きてぇよ。でも、戦時下に上官から消えるわけにはいかねぇだろ。リターンチャンスは部下たちの返り咲きを見届けた後だ」
恐ろしい人だと聞いていました。黄の国でも神騙りと呼ばれるリディエンハルト総団長様の噂は多く届いていたのです。しかし、実際は部下思いの上官です。
噂なんて当てにならないですね。それにすごくイケメンではありませんか。
キリリと鋭い眼差し、少し冷たい体温、背も高い、髪もサラサラ、なんだかルヴィの胸がドキドキとしてきました。
「リト、あたしね、もっと早くあなたに出会いたかった」
ノエさんは何かを吹っ切ったようなスッキリとした横顔でそういいました。
「さっきの話か? そりゃノエに詳細を確認しておけば防げた人災だと思うが、夢と変わらないような幻の話を詳細に教えろなんて聞かれても困るだろ」
がっくりとノエさんは肩を落とします。
「そうじゃなくて、それもそうだけど、どうして変なところで鈍感なんですか!」
「俺はノエに告白されていただと!?」
「してませんよ! 今度は飛躍しすぎです!」
びびびびっくりしました! ノエさんも総団長様のことが好きなのかと思いました。
いやいや、ルヴィは好きになるのが早すぎるのです。ノエさんほどのアイドルが恋のライバルなんて、そんな不幸なことなるわけないですよ。
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