第20話 『眼下岬』

 当時の子供たちの間では『眼下岬』という架空の駅名がそれこそ他国の子供たちにも知られるほど有名な怪談話として浸透していた。


 その話は今回の本題ではないのだが、ざっくりと『眼下岬』の概要を説明すると、列車に乗っていると、いつの間にか終点の『眼下岬』という駅に着くというものだ。


 うたた寝をしていたケースもあれば、しっかりと起きていたのに、いつの間にか車内に乗客が居なくなり、一人になると連れて行かれるケースもあった。


 その駅で降りたものは、この屋敷で遭遇したような怪奇現象に次々と襲われて最後には化け物に食われて帰ってこられなくなるという話だった。


 当時の子供たちは真剣に怯えて、列車での移動を本気で嫌がり、両親を困らせるケースもあったほどだという。


 そんな中、ニアが出会った少年団の別グループ。ようは、メイベルたちにはあまり詳しく話したくはないが、ほとんどの子供が戦争孤児であり、子供同士で助け合い、生きていくしか手段の無かったストリートチルドレンの集まりだ。


 そこには髪色の混色が原因など、迫害の対象であったり、様々な要因で大人たちからまともな扱いを受けていない状況が存在した。


 少年たちは身を守るために、大人たちと同様に武器を持ち、自分たちの身は自分で守る。


 そして、彼らもまた連絡の手段として兵士の落とした無線機を改造して自分たちのチャンネルを持ち、遠くに出かけるときは無線で連絡を取り合っていた。


 さて、登場人物は三人だ。仮に名前をカイン、エリック、ミハエルとしよう。


 彼らのホームでもある今は廃墟と化した街で食材を倉庫に集め、倉庫の管理をしていたカインと、少し離れた森で狩猟をし、肉を確保していたミハエルは同時にエリックから無線で連絡を受けた。


「なんだよエリック。こっちは倉庫の管理で忙しいんだ」


「いや、それがさ、オレの作ったタバコが思いのほか好評で、結構な高額で売れたんだよ」


「マジか! 冷蔵庫買える!?」


 ミハエルのハイテンションにはカインがため息で答えた。


「あのね、買えたとしても、電気をどこから引いてくるのさ。自家発電で冷蔵庫を一日中稼働させるなんて、24時間交代制で電気を生み出す必要があるよ」


「期待させるなよエリック」


「干し肉うまいじゃん。それよりさ、馬車だとそっち帰るのに二日もかかるから、列車に乗ったんだよね」


「早速、贅沢をするな!」


「でもさ、なんか知らない駅に着いちゃった。これってオレ迷子?」


「うわぁバカだエリック。無駄な贅沢をした上に乗る列車間違えるとか、下手したら切符代で稼ぎは消えるぞ」


「そんなバカは俺が消してやろう」


「やば、カインが本気で怒ってるじゃん。まず謝れよエリック」


「ごめん。でもマジここどこ? オレちゃんとケイセン行きの列車に乗ったけど、切符もあるし」


「どこってまず駅名を言えよ」


「えっと、なんか古びた看板には『眼下岬』って書いてある」


「…………」

「…………」


「ねぇ、おーい! 聞いてる? あれ? 無線届いてない? ねぇってばぁ!」


「ヤバいまずい一刻も早く逃げ出せエリック!」


「は?」


「バカお前知らねぇの!? ガチでやべえから早く逃げろ!!」


「どこへ?」


「走れよ!! どこでもいいから走れ! その駅はまずい!!」


「ええ? なに? 列車も行っちゃったし、ここ無人駅? 誰もいないんだけど」


「誰かいた方がまずいんだよ!! 見つかる前に逃げ出せって! 早くしろ!!」


 ミハエルとカインは必死に逃げろと警告を飛ばすが、どうやらエリックは『眼下岬』の怪談話を知らない稀有な存在らしかった。


「いやいや、それが改札もないんよ。参っちゃうよね。なんかずっと鉄のフェンスが続いてる」


「もう取り囲まれてねぇ!?」


「あ! 線路に降りて前の駅まで戻るか」



「「それはダメだ!!」」



 綺麗に二人の声は重なった。


「線路には絶対に降りるな!! 列車が来て轢かれる!!」


「来てないけど」


「来るんだよ!! 絶対に来るから降りるなよ!!」


「もうなに。どうしろっていうの。じゃあ迎えに来てよ」


「断るに決まってるだろ」


「行き方を知っていても行かねぇわ」


「あー疲れた。ベンチ無いかな。自販機でジュース買いたい」


「おいおい、こいつ地雷しか踏まないタイプか!?」


「その駅で休憩するな! 話しかけられる!!! そこの食い物や飲み物を口に入れるな!!」


「どういうことですか。オレもう人肌求めてますけど、話しかけられたいですけど、帰り道を聞きたいんですけど~」


「ダメだこいつ!! 帰り道まで聞くつもりかよ!! 何で知らないくせに全部網羅しようとするんだよ!!」


「つかさ、始発ってあと何分で出るか調べられない?」


「出たら終わっとるわ!! お前がな!!」


「ええもうマジそういうのいいって。ホント疲れた。ジープで迎えに来てよ」


「ちょいまち。なぁこれどうする? 列車以外で入ればギリセーフ?」


「うわぁ、博打じゃん。それ噂の中にないし、大体どこだよ『眼下岬』」


「一応、無線の場所をGPSで拾うことはできるけど」


「あ、カイン、ミハエル、今向こうの方で人影が見えた! ちょっと行ってくる!」


「行くな! 行くな! 今迎えに行くからそこから動くな!!」


「いや、ちょっと待て。カイン、お前今倉庫か?」


「そうだよ! 車のカギを取りに一度事務所まで行かねぇと!」


「じゃなくて、俺今宿舎に戻ってきたんだけど、エリック、ここで爆睡してる」



「は?」



「や、だから、エリックここに居るし、無線も使ってねぇ……」


「じゃあ、え? こいつは?」



「──あと少しだったのに」ブツンッ!



 

 という、無線が切られた話で終わった。


 終始無言でニアの話を聞いていた小隊のメンバーだが、いち早くメイベルが動いた。


 腰ベルトから無線機を抜き取り、テーブルの中央に置いたのだ。

 間を置かずにヒッポ、リリエル、ハスラーも無線機を無言でテーブルの上に乗せる。


「どう? なにか参考になった?」


 ニアが無邪気に聞く。



「ああああああと少しであの世に連れて行かれるところだったじゃないですかあああああ!!」



 メイベルの絶叫がリビングに響く。


 正直、デュオルギスも子供の怪談話だと甘く見ていたかもしれないと思った。


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