第19話 デュオルギスとアイシャ

 稲穂のような黄金色の髪をしたデュオルギスの相棒で、名を『アイシャ』といった。

 女性の名前だが、デュオルギスと見た目の年も変わらない筋骨隆々な男だ。


『女に殺されたとは情けない。きっと前世は女癖が悪かったんだろう』それがアイシャの口癖だった。


 第四擲弾兵死人大隊の副隊長アイシャは、とても強く、若い隊員にとって兄貴分のような存在だ。それは大隊長であるデュオルギスにとっても同じことで、アイシャは部下でありながら、デュオルギスの頼れる兄であり、親友でもあった。


 しかし、『死人』の部隊の中でも、戦闘力が高い第四擲弾兵死人大隊は英雄級がいないのにも関わらず、苛烈な戦闘を繰り広げている前線に配置されることが多かった。


 軍の部隊に比べれば死傷者は少ない。されど、ゼロというわけではない。

『死人』は何も知らされない。何も知らずに死んでいく。


 アイシャは死にゆく最期まで生き返った意味を考えていた。


『……なぁ、デュオルギス。俺たち、生き返った、意味、あったのかな』


 デュオルギスは答えられなかった。アイシャの疑問である生き返った意味よりも、なぜ自分は戦況を聞くことすらできず、上官の言いなりに勝機の低い戦場へアイシャたち部下を引き連れてきてしまったのか。後悔と軍に対する不満、不信感、怒り、憎しみが胸に渦巻いていた。


『……前世は、女癖の、悪さ、だと思ったよ。だが、今回はなんだ……?』


 兵士に撃たれた。それも、戦車から砲弾の集中砲火を浴びせられた上で、歩兵部隊に包囲されての銃撃だった。


 それほどまでの戦力差だ。いや、圧倒的な数の暴力だ。『死人』の大隊は当時二百名弱の隊員で構成されていた。相手の勢力は一千名を超えていた。失った隊員は六十名超えだ。抜けた隊員の穴は容易に埋まらない。仲間を失った心の穴も埋まるわけないだろう。


『今回はおれのミスだ。隊長でありながら戦局を見誤った。全ておれの責任だ』


 だが、アイシャはデュオルギスを責めなかった。責めるような男じゃないとわかっていたが、穏やかな顔で逝かれるより、責めてほしいと思う。悔いが無いと言われたらアイシャがこの世から完全に消えてしまうと思った。


 だが、ドッグプレートもなく、言伝を伝える家族もいないアイシャは、ただ一人の親友に生きる目的を残してくれた。


『見つけて、くれよ。約束、だ。俺たちが、生き返った、意味。見つけ……』


 それがアイシャの最期の言葉だった。『死人』も死ぬときは普通の人間だ。体は冷たくなり、煙となって消えるわけでもない。デュオルギスの腕の中で去った友は、戦地に埋められた。


 墓石もなく、刻む名もない。だからこそアイシャの残した約束はデュオルギスにとって重要だった。アイシャが生きた痕跡は自分の胸の中にしか残っていない。

 

そしていつか、自分も何も知らずに、何も残せず死ぬのなら、せめて約束を果たしたい。いや、それこそデュオルギス自身知りたいのだ。自分たちがなぜ生き返ったのか。その意味を。


『必ず見つけ出す。そして見せよう。お前の前で』


 アイシャとは呼ばなかった。死んでいった親友の名前をデュオルギスは知らない。

 自分の名前でさえも。


「──デュオルギスさん、ボーっとしてどうしたのさ?」


 ハッとして我に返った。


 そうだった。ここはあの日の戦場ではない。それに、自分の隣にはもう一人、アイシャが残した大切な子供がいた。


「すまない。怪奇に有効な手段を話し合えといわれても、なにを話せばいいのか皆目見当もつかなくてな」


 嘘ではなかった。空想の始まりは、居残り組でテーブルを囲んだのはいいが、何を話せばいいのか議題について最初は悩んでいたのだ。


 しかし、思わぬところから助け舟が出された。手を挙げたのはメイベルだ。


「こういうのって結構有名な怪談話とか都市伝説とかになっていませんかね? ほら、どこの墓地にも幽霊出るぞって話はあるじゃないですか。あんな感じで、怖いからこそ色んな派生バージョンとかも語られてたり、そこに脱出のヒントとかないでしょうか」


 メイベルのいうことはなかなか理にかなった話に感じた。怪奇に対抗する話は怪談話から見つけた方が早そうだ。


 少なくとも、現実のを対象とした作戦を参考にするより、よほどで今の状況には合っている。


「メイベルくんの作戦はとてもいいと思う。しかし、問題はここにいる大半が『死人』である現実だ。我々は過去の記憶を持たない。つまり、誰も怪談話を知らないんじゃないか?」


 懸念は当たっていたようで第三十一偵察死人小隊のメンバーは黙ってうつむいてしまう。


「んじゃ、ここで役に立つのはぼくとクーローマーのおじいちゃんだね! 怪談話なら任せてよ!」


 そうか、ニアは情報屋でもあるし、子供ならではの好奇心も強そうだ。


「頼もしいなニア。それじゃあ、この屋敷に対抗できそうな、とびきり怖い話で頼むよ」


「ええええええ! わ、私は耳を塞いでいてもいいですか!」


「ぶははははは! メイベルはガキんちょより怖がりかぁ!」


「想像してみろ。全財産を一夜でスッたと思えば、すべてを平常心で受け入れられるだろ」


「ハスラー先輩は黙っててくださいよ!」


「んじゃおれが抱きしめといてやろうか」


「リリエル先輩最低です。もういいです、聞きますから近づかないでください」


「ぶはははははは! リリエルまたフラれたなぁ!」


「うるせぇヒッポ!」


 なんとも賑やかな小隊のメンバーである。これから怪談話が始まるとはとても思えない。


 とはいえ、デュオルギス自身、子供の話す怪談話がそこまで怖いはずないと思っていた。


「じゃあ、話すね。これはぼくが少年団を束ねていた時に、別のグループから聞いた実話なんだけどさ」


 そういって、不意打ちに、ニアは実話だと前置きをした上で話し始めた。


 それはこんな話だった。

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