第16話 デュオルギスとの邂逅
自己の権利を主張するのはそれこそ当然の権利と言えよう。だからこそ部下のリターンチャンスはつつがなく行われるように尽力してきた。
リディエンハルト自身のリターンチャンスはディーウェザーの力を超えることが前提だ。だが、その次は怪奇現象の発生源を突き止め、解決することが目標になる。道の途中でディーウェザーの力を超えられたら行幸である。
だからこそ、今回ノエが予言した未来はなんとしても覆したい。しかしこれが中々難しい。
ひとまずノエの予定されていたライブスケジュールは白紙に戻したが、軍がいつまでもノエを隔離している状況を許すとは思えない。インビジブルがその間に仕掛けてくる可能性も高い。そして情報を死人に提供しない軍はいつも余計な仕事を増やしてくれる。
第四擲弾兵死人大隊がかくまっていたのは、参謀本部の次席指揮官クローマー中将であった。
後方勤務のお偉いさんである。前線にのこのこ出てきたら真っ先に死ぬタイプの、ペンだこくらいしか傷跡の無い、白髪混じりのひょろい爺さんだ。
船で移動することは出来ないと言われたので、仕方なく、負傷者のみ船で収容した。
「作戦命令を書簡で手渡し? ハトでも飛ばせよ。てめえのせいでグーニーの腹が壊れたらどうしてくれるんだ」
「噂通りの男だな。しかし、グーニー准将ほど頭の切れるハトがいない。私が自ら緑の国で駐屯している北東前線司令部に届けるしかないのだ」
面倒な作戦だ。機密保持にようやく本腰を上げたのは評価できるが、書簡に書かれている作戦が始まる前に作戦内容を伝えに爺を届けねばならない。
ちらりと視線をクローマー中将の横で姿勢よく立つ中年未満の熟した成人に向けた。
「総団長殿、お会いできて光栄であります! 自分は第九空挺死人旅団第四擲弾兵死人大隊、大隊長、デュオルギスであります! これより作戦以下総団長殿の指揮下に入らせていただきます!」
その名前を聞いたとき、思わず渋面を浮かべてしまった。デュオルギスには恨まれても仕方のない事情があった。あれから一年が過ぎた。戦争中ということもあり中々会う機会を作れないでいたが、今がそのいい機会なんだろう。
「久しぶりだな。とはいえ、こうして会うのは初めてか。お前には申し訳ないことをしたと思っている。だが、組織という体面上、俺が謝罪をするわけにもいかない。ただし、俺個人の裁量で無かったことにできる些末な問題もある。お前の気持ち、俺に拳で返してくれねぇか」
それが、団長格を預かる総指揮官として出来る精一杯の謝罪の気持ちだった。
デュオルギスも軍令通り威勢よく敬礼していたが、思うところは多々あるのだろう。
しかし、黒髪をなびかせるデュオルギスはしばらく戦場に吹く風の中にリディエンハルトの知らない過去の光景を見ていたと思うが、やがて一度瞳を閉じ、再度目を開いたときには柔らかな笑みを浮かべていた。
「いいえ、総団長殿。自分はそのお気持ちだけで十分であります」
大隊長を務めるほどの男だ。軍の上層部は情報の精査に時間を割けず、前線の部隊ほど情報とは違った状況に立ち向かい、臨機応変な対応を求められるものだと理解しているのだろう。
理解だけで激情を抑え込める冷静さは軍人として優秀な証。今ここでリディエンハルトの方がそれでは自分の気が済まないと意地を張る方がデュオルギスの誠意を裏切ることになる。
「……そうか。だが今回は預かりとはいえ俺の部下として働くんだ。何かあったら殴りかかってこい。反撃しないとは言ってないけどな」
「留意いたします」
苦笑いでデュオルギスは答えた。今度は話を大人しく聞いていたクローマー中将が口を開く。
「話は済んだかね。しかし、大隊長だけで本当にいいのかね?」
第四擲弾兵死人大隊の隊員は大隊長を残して全てリディエンハルトの船に収容した。
戦線に加わっていた戦車部隊と砲兵部隊の負傷者も収容しているので船の中はひっ迫していることだろう。
「なんの心配だ? 俺には両腕しかねぇというのに、これ以上の荷物を抱えて楽しめるピクニックプランが浮かんだか?」
「君の噂は重々承知だが、私を抱えて稲妻にならないでくれよ。聞けば君の能力に耐えられる人間は君のところの副団長ただ一人だけだそうじゃないか」
さくっと移動したくても、ディーウェザー以外は肉体が木っ端みじんになる。
なぜディーウェザーは耐えられるのか知らないが、本人によると「僕は元素を扱う能力者だから」だと、答えになっていないような答えが返ってくるだけだった。
そのディーウェザーは現在、グーニーを褒め讃えてどうにか仲良くなれないかと奮闘していた。牙をむかれているが。
「しかし、参謀本部はよくやってくれた。君が来たということは本作戦は君の部隊に指揮権を移すということだ。予定通り、北東司令部までの案内を頼むよ。あくまでも安全にな」
既に当初、第四擲弾兵死人大隊に渡されたルートは安全を確保できないため白紙となっている。白紙の地図で安全に進めと爺様は寝言を吐く。不測の事態など考慮しない構えだ。
「一つ、じいさんに確認なんだが、黄の国が今回の作戦で怪奇を投入してくるという情報を掴んでいたか?」
クローマー中将は肩眉をピクリと持ち上げると、険しいまなざしをリディエンハルトに向けた。
「いや、知らん。だが、黄の国には三つのパンドラボックスがあるという話は聞いている」
怪奇保有者がルヴィを含めて三人もいるという事実。きわめて厄介である。
「まさか、パンドラボックスが開いたのか?」
「今は気にするな。捕虜にするつもりで船の中。というか女子トイレから出てこねぇんだよ」
クローマー中将は、よくやったと頷いた。
「良い交渉道具が手に入ったな。風は我らに吹いている。追い風に乗っているうちに作戦を遂行するとしよう」
追い風ねぇ。捕まえたのは不幸感染少女である。とてもラッキーガールとは思えない。
とはいえ、ルヴィに悪気があってそうさせているわけではないのだ。
怪奇とはノエの予言と同様に本人の意思とは関係なく発動する。
「とりあえず、さっさと旅行者気取りで緑の国に入るか」
ちなみに制服は脱いでいない。聞けば制服は絶対に脱ぐなと上からの命令だったらしい。作戦が頓挫しようが、『死人』に話しかける一般人を警戒している。
よほどリターンチャンスに繋がる情報を与えたくないのだろう。まぁどの道、待ち受けるのは不測の事態だ。
「ああ君、車両は積んでおらんのかね? 徒歩で行軍はおいぼれにはこたえるよ。安全に配慮してくれたまえ」
「空を飛ぶ隊員に丸い足を用意するほど黒の国に潤沢な資金が残っているなら、迂回せずにひよこを丸焼きしに行くか」
遠い目をしたクローマー中将は、賑やかなノエの方へ目を向けた。
「もう! 腕を見せなさいよ! 怪我をしているじゃない!」
「だから違うんだってば! 怪我なんてしていないよ!」
随分と高い声が聞こえるなと思えば、ノエはどう見ても十二、三歳の少年と話していた。
「あれは……! ニア! ニアだろう!」
デュオルギスが少年の元へ駆け出す。少年の方もデュオルギスの声に気が付いたようで、顔を上げるとデュオルギスのところへ笑顔で駆け寄った。
「デュオルギスさん!! 良かった! こんなに早く会えるなんて奇跡だよ!!」
少年の体を受け止めたデュオルギスは驚きの中に確かな喜びの表情を見せた。
「一年ぶりだな。また背が伸びて、危ない遊びはしてないだろうな?」
「子供扱いは心外だよ。今じゃ少年団なんて遊びはやめた。最近じゃ情報屋で稼いでいるんだ」
ごつんとデュオルギスの拳がニア少年の頭に叩き落される。
「まさかその情報を頼りにこんな戦場まで来たんじゃないだろうな!」
「へへ、怒らないでよ。でもそのまさかさ。ここでレジスタンスが旅団の大隊を待ち構えている情報を掴んだんだ。旅団の人に会えたらデュオルギスさんと連絡を取れると思った」
深くため息をつくデュオルギスの気持ちもわかる。ここは先ほどまで戦場だったのだ。
「大丈夫さ! ぼくは悪運が強いんだ! さっきも死ぬところをあのお姉さんが助けてくれた!」
ノエの方へ振り返ったデュオルギスは今さらノエの存在に気付いたのかぎょっとしている。
「君は、アイドルの……?」
「アイドルですけど、今はデュオルギス大隊長と同じでリディエンハルト総団長のところで預かってもらっているんです。その子とはお知り合いですか?」
リディエンハルトもデュオルギスの方へ歩み寄った。
「俺にも紹介しろよデュオルギス。まさかお前の息子じゃないだろ?」
デュオルギスはどう見ても三十代前半といったところだ。十二、三歳の息子では無くはないがデカすぎる。
大体、死人は殺される前の家族の情報を持っていない。軍は死人を確認すると速やかに軍の施設へ連れて行く。その際、元の家族が判明している場合は、どこで見かけても絶対に話しかけてはいけない決まりを誓約書に書かせる。違反すれば銃殺だ。
他にも旅団の制服を着ている死人に一般人は声をかけてはならないなど、死人をリターンチャンスという餌で働かせたい政府の決まりごとは徹底している。本来であればニアがここで死人に話しかけているのもグレーゾーンだ。ノエが戦場で助けたと言っているから、負傷者という名目なら目をつぶれる範囲。
あとは子供なのでクローマー中将も成り行きを見守っているのだろう。
デュオルギスはニアの頭を撫でながら言いずらそうに口を開いた。
「その、ニアとはあの一件で出会いまして……補給地が近くに無かったものですから、強襲前に立ち寄った村落で補給を。ニアは村で生き残りの子供たちを集めて食べるものや武器を調達する少年団のリーダーだったんです」
状況を聞いてニアがどのような環境で生き抜いてきたのかもある程度想像できた。
ニアの髪は色素の薄い茶髪だ。黒と白、あるいは他の国も血筋の中に居たのかもしれない。
混じり合う各国の血筋。純血を誇りに思う国民たちとは馬が合わない。と言えば、優しすぎる言い方だろう。現実は迫害対象だ。それでもまだ、ニアは茶髪なだけマシだ。村落にいたという他の子どもたちはどうだろう。もしも、黄色やオレンジが混ざり合っていたら、今の情勢、子供だからといって手を差し伸べる大人も少なかったはずだ。
「あの一件ってなんですか?」
ノエの質問にリディエンハルトとデュオルギスは気まずそうに顔を逸らした。
こうなるとノエが当然のように視線で答えを求めるのは、ぼんやりと立ち尽くしていたディーウェザーである。
☆☆☆
同じタイトルでも、ちょこちょこルヴィに関する新エピソードが盛り込まれていますので、お時間あるときにでも、じっくりとプロローグから読み直していただけますとより楽しめるかと思います( *´艸`)
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