第15話 正しく地獄絵図
ノエも廊下を歩き、出撃準備を終えた総団長の元へやって来た。鉄製の扉の前だ。 ディーウェザーの姿も当たり前のように総団長の隣にあった。
「ノエ? どうしたんだ?」
「総団長! あたしは前線を志願します! 殺された家族の分まであたしに前線で戦わせてください!」
きっちり敬礼して志願すると、総団長は目を丸くした。
しかし、足元で姿勢よくお座りするグーニーを見ると、うんうんと頷く。
「自己の権利を取り戻すのは当然のことだ。いいぞ。初の高機動力を誇る偵察兵の誕生だな。俺も言ってしまえば自己の権利を取り戻すために戦っている。そのための道の過程で最強を目指すのもいいかもしれないと思っているんだ」
最強だなんてまるで子供のような夢だと思った。しかし、リディエンハルト総団長が現時点で本当に最強と呼べるほど強かったら小隊を守ってくれたかもしれない。そう考えると馬鹿みたいだなんて笑い飛ばせない。
「ただし、俺がいいと言うまでグーニーから降りるな。それと、へこむから通常時はため口にしてくれ」
「ありがとうございます! あ、えと、ありがとうございます……?」
「うん、ため口でもありがとうはそれで合ってる。なんかごめんな」
あっさりと承諾してもらえて、ひとまず安心した。
目的地上空に着きハッチが開かれると、強風で髪が後ろに飛ばされる。それでも髪を押さえて覗き込めば眼下の様子が良く見えた。
第九独立空挺死人旅団第四擲弾兵死人大隊は旅団の船から降りて、徒歩での進軍で黒の国と緑の国の国境沿いを歩いていた。しかし、緑の国に入る前に黒の国内で、自らの国の国民により決起された反社会勢力、黒の国のレジスタンスと緑の国のレジスタンスに襲われた。
徒歩での進軍はとても隠密な行動だなと思う。ただ、総団長が上から確認したところ、大隊の人たちは旅団の制服を着たままだった。
「上が阿呆なら下も阿呆か。なんのために船を降りたんだよ。スカートはいたまま男の園の手前を忍んで進みますって忍べねぇよ!」
「もう、リトはお口が悪いですよ」
「あ、ごめんな」
ちょっと注意すると素直に謝っちゃう総団長はちょっと可愛くて困る。
ハッチが開かれた。グーニーに乗ったノエとディーウェザーが空へ飛び出す。
後から飛び降りたはずの総団長は落雷のように稲妻を体にまとって一瞬で地上に降り立った。
グーニーとは感覚を合わせられる。風の抵抗も反転の能力で常に弾き返すことが可能だ。
しかし、それでも速い。総団長ほどではないが、グーニーも弾丸の如き勢いで空を急降下していく。急速に近づく戦場を見下ろした。
戦車の他に国境沿いにはトーチカもある。さらに一個師団相当の砲兵、擲弾兵、機械化歩兵の輸送車には地対空ミサイルまで搭載されている。実際には兵士ではなくレジスタンスだが。
これは総団長が上官に怒っていたように、今回の作戦は全て黄の国にも緑の国にも筒抜けだったと考えていい。明らかに空中駆逐艦艇を使う旅団と戦う準備がなされていた。
これでは迂闊に空へ飛び出せばミサイルの餌食だ。飛行能力を持つ団員がいたとしても容易には制空権の確保に飛び立てない。
しかし、幸いにも第四擲弾兵死人大隊には正式な軍隊である戦車部隊と砲兵部隊が守りを固める形で配置についていた。
この場所は緑の国との国境沿いだ。黄の国との境目とは違い中立国との国境沿いは緊迫した前線というわけではない。だが、お互いの領地を守るだけに留めていたとはいえ、相手国を牽制するには十分な戦力を配置していた。
友軍がすぐに集まれるという好条件ではあったのだ。それでも仕掛けてきた緑の国に肩入れするレジスタンスは、短期戦で旅団の大隊を壊滅させられる優位性を自負していたのに違いない。
長期戦になればレジスタンスの部隊は押し込まれる。ここで大規模戦力を投入するつもりはないのか、あるいは予備戦力がそもそも無い可能性も高い。とはいえ、黒の国の航空部隊が到着する前に決着をつけようという気構えは見て取れた。
だが、第四擲弾兵死人大隊もただ蹂躙されるだけではない。得意な魔法弾を敵に投げ込み、負傷者はいるものの、反撃に努めていた。
それだけで十分だ。総団長が到着するわずか数十分間を持ちこたえられればそれでいい。
ノエは総団長の鬼神の如き強さをこの目で見たいと思っていたが、残念ながら、視力が人より数十倍良かろうが、その姿を、移動中の姿を捉えることは出来ない。
ただ目の前では見ていた光景がコマ送りのように過程を飛ばして様変わりしていく。先ほどまで視界に入っていたはずのトーチカがいつの間にか粉砕しており、地対空ミサイルは車両ごと花火の如く撃ち上がり、あらゆる爆発音が遅れて聞こえてきていた。
さらにノエの後方からディーウェザーの機関銃が連発して魔法弾を地上へ撃ち込んだ。
敵の戦車があった場所は爆発炎上。黒い雲が上空に浮かび上がる。
戦闘開始一分で、最早、空を憂う要因も無くなっていた。
味方だとこれほど心強い上官もいないだろうが、ノエにとってただ一度のリターンチャンスを誓った相手であり、復讐の対象者だと思うと、実現が困難に思えて気が遠くなる。
残るは機械に乗っていない人間たちになるわけだが、それはグーニーにとって生身の餌が転がっているのと同義であった。
地上にたどり着いたグーニーはライフルを構える歩兵の首を鋭い爪で引き裂く。
頭部が空中へ跳ねた。鮮血は噴火したように噴き上がる。
「っひ、、」
ノエが叫ばなかったのは最大限の理性を総動員させて復讐を果たすため、どんな過酷な戦場でも笑顔で乗り切ると決意したからに過ぎない。普段であれば泣いていた。
総団長ほどではないにしろ、グーニーのスピードは尋常じゃない。
「ひいいいい!! 魔獣だ!! 撃て撃て!!」
「い、嫌だ!! 来るなぁあああ!!!」
殺意を持った獣と対峙する人間はわかりやすい恐怖の前で照準の定まらない銃弾を連射する。あるいは、照準を定めようと腰をかがめて冷静さを保とうとするが、その場に少しでも留まればグーニーが突っ込んでいき、一トン近い強靭な肉体で体当たりする。
「うわああああああああああああ!!!?」
仰向けに倒れた男の頭に噛り付き、ねじるように頭を引きちぎった。
落ちたザクロのように脳漿が零れ落ちる男の頭をかみ砕くと、次の獲物に狙いを定めたグーニーは盤上のピンポン玉のようにレジスタンスを跳ねては喰らい付く、まさに獣であった。
人間が武器を持って戦う姿など児戯だとでも言いたげに、自然と共にある圧倒的な肉体のポテンシャルだけで人間を蹂躙していく。グーニーのその姿は敵レジスタンス部隊の戦意を喪失させるのに十分な姿だった。
というより地獄絵図だった。惨状というか、惨劇ともまた違う、魔獣の巣の中に人間が入り込んだらこうなるという見本のような肉食獣の餌場と呼ぶのに相応しい。
ノエの反転の能力など最初のうちだけ銃弾から身を守る盾の役割を果たしただけだ。
あとはもうグーニーに向かってくる銃弾などありはしない。
戦場に残されたのは、ただひたすらの混乱と敗走であった。
なぜかと言えば、総団長が指揮官クラスを真っ先に殺して飛び回ったからである。
指示を飛ばす上官がいなくなると、部隊は逃げる行く先もわからず、立ち向かうには戦力の差が火を見るよりも明らか。一瞬、銃を構えるが、構えた先からグーニーに食われる。立ち止まるからだ。立ち止まっては殺されると判断できた者は銃を捨てて身軽に逃げていく。しかし、逃げた先々ではディーウェザーの魔法弾が雨嵐となって降り注ぐ。
さらに並走していた仲間が忽然と姿を消す。三秒後に散り散りの死体となって消えた仲間が空から降ってくる。唖然と空を見上げて足を止めるとグーニーが食べに行った。
『どうだ、ノエ。私は強い。頼もしい』
「う、うん。これ以上の地獄をあたしは知らないほど……」
最早、この二人と一匹だけで戦争は終わるのではないかと本気で思ったほどだ。
しかし、混乱というのはたちが悪い。自暴自棄になったレジスタンスたちは逃げるのをやめてところ構わず銃弾を撃ちまくり、手持ちの手榴弾を投げつける。
ノエの目は負傷した大隊の兵士の元へ駆け寄る子供の姿を捉えていた。
(どうして子供がこんなところへ!?)
そこへ、駆け寄ることに夢中になり、周りが見えていない少年の元へ手榴弾の一つが投げ込まれる。
「グーニー!!」
『っ!!』
言葉よりも早く、感覚で理解したグーニーは少年の元へ駆ける。
そして、ノエが手を伸ばす。反転の能力で飛んできた手榴弾は、勢いが逆ベクトルで噴射し、投げたレジスタンスの方へ飛んで返っていく。
時限式だったのか、空中で手榴弾は爆発した。
「……え、ぼく、もしかして死ぬところだった……?」
ノエの指示でそのままグーニーは自暴自棄になったレジスタンスを喰らいに行った。
呆然とした少年の視線は、ずっとノエを追いかけていた。
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