第13話 リトとイルマールの日常会話

「まぁ、死人にとっては危険に直結するかもね。下手したら自分の能力に呑み込まれる」


 ディーウェザーの言うことも一理ある。そもそも原理のわからない死人の能力は、いつどこで暴発するかもわからない危険な能力だ。

 精神的に追い詰められた死人が自身の能力に呑まれて消えたケースは今までもいくつか報告されていた。


 こういったこともあるから怪奇現象の大本は早く突き止めた方が良いと思っている。


「ノエは戦場を知らない民間人だ。死人になってたまたまデカい武器を持たされただけだ。人によってはそれを特殊能力だとか、魔法だとか、あるいは才能と呼ぶのかもしれない」


 それを喜び、優越感に浸れるなら、大いに楽しめと言ってやれるが。


「才能があるから強者なのか。持たざる者だけが弱者なのか。馬鹿げている。死人の大半が持たざる者が武器を持ち殺された元弱者だよ」


 明らかに平和な日常で生きてきたノエが死人である事実こそ真実を物語っていると思えた。


「立場が一転して良かったじゃない。神ってやつは案外良い奴なのかもよ? 復讐が楽だ」


 どこまでも楽観的なディーウェザーに呆れた目を向けた。


「だからそれは元々俺たちみたいに好戦的な強者の意見だ。そう思えない優しい弱者を俺は守ってやりたい。何より、ノエの才能は人の生死に関わる未来を観測するんだぞ。ノエが自分が見てしまったから殺されてしまったなんて余計な責任を感じたらノエに救いがねぇよ」


 正義とは困っている人や自分を責めて傷付いてしまう優しい人を救い守ることだと考えていた。しかし、ディーウェザーはポツリと寂しそうに呟く。


「……だからって全ての責任をリディエンハルトが背負ってしまえば君は一人ぼっちになる」


「別に俺は一人でも潰されねぇし」


 脊髄反射的に即答してしまったが、ディーウェザーはこれでも心配してくれているのだろうか。そう考えると気持ちが落ち着かなくて、なんだか胸がもやもやしてしまう。


「……友達って、お前さ、もしかして俺が一人ぼっちにならねぇように隣にいてくれていることか?」


 肩をすくめるディーウェザーはそれ以上何も言わなかった。肯定も否定もしない。


 友達とは一体なんなんだ。なぜこんなにもわからない。自分の過去の歴史にあればわかりそうなのに、答えが見つからない。ディーウェザーも昔の話をしようとしない。

 まるでそれは自分で考えろと言っているかのように。ただの気まぐれかもしれないが。


 リディエンハルトも口を閉ざす。言っても言わなくてもノエの力を止める方法がわからない。 余計な責任を背負わせるなら何も言わない。それが正義と呼べるような生き方に近いと思えるから口を閉ざした。ハロルド小隊長の真実に口を閉ざしたように。


「そういえば、うさぎの着ぐるみはんだよな。でも人間だ」


 屋敷で遭遇した怪奇のように意思のない悪意ではなく、明確にノエを殺すという意思を宿した悪意で動いていたとディーウェザーに話した。


「それってさ、最近、紫の国から黄の国に鞍替えしたっていう英雄級インビジブルじゃないの? 誰も正体を知らないからなんてコード名がついたって聞いているよ」


 確か、透明という意味もあったなと思い出す。


「ルヴィなら何か知っているかもしれないな。後で聞いてみるか」


「そうすれば。女子トイレに入れるならね」


 ディーウェザーはおやつが食べたいと調理場へ向かった。リディエンハルトは自室に戻る。


休むためではない。先ほどから右耳にはまるインカムがビービーとやかましく急を要するだの任務だの知らせてきている。命令だけはやたらと飛ばすこの上の失策に唾を吐くためだ。


 今回、ノエ一名を除いて小隊の隊員三十九名を失ったことはリディエンハルトのこめかみに青筋を浮かばせる十分な理由となりえた。


 船の中の団長室。部屋の三分の一を占める四人掛けのソファーに足を組んで座るリディエンハルトは、空中に映し出されたモニターに向かって鋭い眼光を向けた。


「薄らはげイルマールよ、事故るのはてめぇの頭髪だけで十分なんだよ。なに脳みそまで事故らせてんだ。敵の罠にまんまとはまって俺のうさぎちゃんをイエローカレーの鍋の中にぶっ込むとは控えめに言って無能か産廃。誰がゲリラライブ開催なんて許可出したんだ」


 モニターの向こうで同じく頭部のてっぺんまで青筋を浮かばせるイルマールは吠えた。


「だから貴様と話したくなかったんだ!! 私の頭髪が薄くなったのは貴様のせいだろう!!」


 子供のような言い分で仲間を死地に送り込んだとあっては笑えない冗談である。


「参謀本部の人間は全員かかしか? 脳みそに藁しか詰まってねぇんだろう。敵にダダ洩れの作戦を企図する前にドロシーちゃんを探し出して失っている大事なもんを取り戻せ」


「嫌味しか言えんのか貴様は!!」


 深いため息を零すリディエンハルトは小皿に盛られたナッツに手を伸ばし、しばらくポリポリと食感を味わっていた。


「ナッツを食っている場合か!! 急を要する任務があると言っただろう!!」


「お前の前で食うのはナッツしかあり得んだろう。緑の国へ進軍。ようは中立国への侵略作戦は黄の国に既に伝わっている。俺すら知らない作戦だったが、二年間で背負った負債をカバーしつつ、黄の国へ侵攻する拠点になり得るのは黒の国と黄の国の間に挟まれた緑の国が適所だからな。だが、それは敵にとっても同じことが言える」


 歯ぎしりするイルマールには反論する材料がないのだろう。つまり肯定である。

 むしろ今まで中立国を攻めなかったことが不思議に思えるほど遅すぎるくらいだ。


「作戦が始まる前から作戦が破綻しているのに、何の作戦のために俺は急を要されてひよこたちの乱痴気パーティーに参加しなきゃいけねぇんだよ」


 そろそろ噴火しそうな勢いで顔を赤くするイルマールは怒声を発した。


「第九独立空挺死人旅団第四擲弾兵死人大隊の救助要請だ!! 今度こそ全滅を阻止しろ!!」


「あ、ほ、か。第九独立空挺死人旅団の団長に言えよ。うちは第一だぞ。親戚より遠いわ」


「貴様は旅団の総団長だろうが!! 大体貴様に仲間を助けようという善意は無いのか!!」


「あるわボケ。かわいそうに一人残された俺のストライクゾーンど真ん中の可愛いうさぎちゃんの心のケアに十分で過分なほど、恩義が恋心に変わるまでたっぷりと時間を注ぎたい善意が」


 そもそも急ぎたくても今回は船で救助に向かえと言われているのだ。単騎ならともかく、大隊の船までかついで稲妻なんか走らせられない。救助要請を出している大隊も色々な意味で救いたいが、リディエンハルトには自身の大隊も守る役目がある。


 戦場に船を向かわせながら、おいそれと留守にはできない。留守の隙をついて攻撃をされたら目も当てられない事態になる。しかし、そういう状況も理解できないのか、机を叩いてモニターが顔の面積で全て埋まるほど前のめりになったイルマールは唾を飛ばした。


「それは下心だ馬鹿者!! いらんこと言ってないでさっさと飛べ!! 時を飛ばせ!!」


「下だろうが上だろうが俺の丸くて球体のような心はどこから見ても真心だろうが」


「いいから行けって言ってるんだ!! ことの重大さは行けばわかる!! それ以上ここでは言えないと察しろ!!」


 通信の傍受、さらに暗号の解読も黄の国で行われているのだろう。


 そうなると、今ここでルヴィの存在をこの船でかくまっている情報もおいそれとは口にできない。


 面倒だが、直接ルヴィを連れてイルマールに引き合わせるしかなかった。



「俺を動かしたいのならそれなりの土産が必要になるな。ノエを襲ったウサギの着ぐるみは最近紫の国から黄の国鞍替えしたと噂されるインビジブルではないかと副団長から報告が上がっている。ラスクール飛行場に居たのは偶然ではないだろう」


 ごねているように見せかけたのはイルマールを動かすためだ。はいはいと言うことを聞いてやるばかりでは軍という組織は手の内を明かそうとしない。


「……調査中だ。それ以上のことは言えん」


 唾を吐くのではなく、静かに答える。この様子はどうもノエとインビジブルの関係に何かあることを察しているが、イルマールの権限で得られる情報ではないということだろう。


「良いだろう。調査を続行しろ。インビジブルは必ずノエを再び狙ってくる。奴の動きに気が付いたら走ってでも情報を届けに来い」


「貴様が命令するな!! しかし了承してやるからインカムは外してさっさと行け!!」


 通信が切られたところで作戦の開始となった。

 既に船は第九独立空挺死人旅団第四擲弾兵死人大隊の居場所を確認して向かっているが、操縦室にあと何分で到着するのか確認して急がせた。




☆☆☆

ドイツ語で「ナッツ!!」と発音すると、「地獄に落ちろ、クソが」というスラングになるそうです笑


リトはドイツ人ではないでしょうけど、死人旅団ではミリタリーネタがちょいちょい入っております。



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